第4話

屈服

 佳央理は、牢屋の中で後ろの壁に身体を寄せて膝を抱えて縮こまっていた。

(ああ、もう耐えられない、こんなところ)

 酷い仕打ちが続き、そしてこれから、どんなことを惣一は佳央理に強いてくるのか。考えると辛くてならなかった。一時も、ここに居たくなかった。

(スカウトに声をかけられなかったら、のこのこついて行かなければ、話を聞くだけで断っていたら……。ああ、なんとかここから出られたら)

 始まりは、芸能プロダクションのスカウトにあったが、もう、どうにもならない。

 佳央理は、角材の木格子に近づき、鍵のかかった扉を開けようと試みた。でも、びくともしない。けして開くことはなかった。格子の間から手を伸ばしたが鍵に届かない。諦めるよりなかった。そして、嘆いた。

(私って、なんてバカなのかしら)

 格子を握ったまま、肩を震わせ泣き出した。

「出して。ここから出してよう!」

 泣きながら叫んだ。そこへ、

「何を騒いでいる」

 と、惣一と婆やが姿を見せた。佳央理は、すがりつくように訴えかけた。

「お願いです。ここから出してください。家に帰してください」

 でも、

「帰れるわけがないでしょ。いい加減に諦めたらいいですのに」

 婆やに言われ、望みが断ち切られた。佳央理は諦めきれなかった。

「私、騙されたんです。こんなことになるなんて。お願いです。家に帰してください」

 訴え続けた。

「あらあら。身分をわきまえずになんでしょうね。いずれ諦めがつくのでしょうが。これまで連れて来られた女たちは皆、逃げられないことを知り、現実を受け止めて行きました」

「そうだな。佳央理も自分でそれを悟るときが来るだろう」

 言うと、その時が楽しみと言うように、惣一はほくそえんだ。そして、「婆や、鍵を解いてくれ」と、婆やに目を向けた。

「はい、だんな様」

 婆やは鍵を解いて扉を開けた。

「出ておいで」

 咄嗟に、佳央理は怯えて後ずさった。

「聞こえないのですか?出ていらっしゃい」

 婆やの苛立った声がした。

「今度は何をしようと言うの?酷いことはしないで」

 惣一を見、訴えかけた。それを見た婆やは顔色を変えてきつく言葉を吐いた。

「まあ、なんて口を利くのですか。だんな様に謝りなさい!」

 惣一は何も言わずに黙っていた。

 佳央理は、惣一に目を向けたまま動かない。従う気などなかった。

「だんな様。縄をかけて引きずり出しましょう。私に縄をください」

 惣一は答えない。

「だんな様!」

 業を煮やして、婆やは苛立ちを惣一にぶつけた。

「よし、引きずり出すんだ」

 惣一から縄を受け取った婆やは、勢いよく牢屋の中に入っていった。そして、後ろの壁を背負い、右に左にと逃げ惑う佳央理を捕まえようとした。

「おとなしく縄を受けるのです」

「いや!近寄らないで!」

「それなら、仕方ありません」

 言うと婆やは、佳央理に挑みかかった。佳央理は応戦したものの、婆やにいとも簡単に床に組み敷かれてしまった。そうして、腕を掴まれ捻じあげられてしまった。背中でびくとも腕が動かない。痛んだ。顔を歪めた。

「あうっ!い、いたい!」

 婆やは、素早く縄を手首に絡め一つに縛ってしまった。両手の自由を失った佳央理は、しばらくは抗っていたが、縄が胸に回され、その縄が引き絞られ更に自由を失うと抗いを諦めた。

 婆やは、きっちり縛り終えた佳央理を起こして牢屋の外に引っ張り出した。嫌がり止まろうとする佳央理だったが、縄の締めつけに遭い、ずるずると引きずられた。

 外で待っていた惣一の前で、佳央理は無理やり膝を折られ頭を押さえ込まれて額づかされた。

「ううう」

 苦しい。でも、どうにもならなかった。惣一が口を開いた。

「どうだね、婆やの縄さばきは。見事なものだろう。それに、婆やは合気道三段の腕前でな。年は取ってはいても、若いおまえなど赤子を捻るようなものだ」

「さあ、だんな様に謝りなさい。無礼を恥じ、許しを請いなさい」

 更に強く、頭を床に押さえつけられ、おまけに擦り付けられた。

「ううう」

 呻いて、言葉など利けなかった。すると、婆やに一喝された。

「謝らんか!」

 佳央理は、男のような一喝に驚いた。

「謝るのです。そして、二度と口答えしないと誓いなさい」

 怖く、言う通りにするしかなかった。

「ごめんなさい」

 謝った。すると、

「何です?その気のない謝り方は。だんな様は、お許しになりませんよ」

 どうすればいいの?

 分からず、黙っていると、

「どうしました?分からないのですか?最近の奴隷は、ご主人さまに対する礼儀も知らないのですかね」

 まったく。

「復唱しなさい。私の言う通りに言いなさい‘ご主人さま’」

 く、苦しい。苦しいが、復唱しなければ、いつまでもこのまま、許してはくれないだろう。佳央理は、繰り返した。

…ご、ご主人さま。

「身の程をわきまえず、勝手なことを申し上げてすみませんでした」

…み、身の程をわきまえずに、勝手なことを申し上げてすみませんでした。

「これからは、従順な奴隷となってお仕え申し上げます。私の粗相をお許しください」

 佳央理は、言葉を継ぐことができなかった。

「どうしたのですか?」

 佳央理は、自分が奴隷と認めたくなかった。

「復唱なさい」

 婆やは、佳央理の頭を押さえつけた手にぐっと力を入れた。佳央理は我慢ができなかった。痛く、心が折れた。口ごもりながら、一言ひとこと復唱した。

「もごもご、何を言っているのかわかりませんよ。謝る気があるのですか?そんな謝り方では、だんな様はお許しになりませんよ」

 もう一度、繰り返しなさい。

 婆やに言われた。それだけではない。床につけたままの額をこねるようにされた。佳央理は悲鳴をあげた。

「ひ、ひいっ!」

 するとそこに、惣一が割って入った。

「もういい、婆や。許してやれ」

「だんな様」

 婆やは、虚を突かれたようにぽかんとして惣一を見た。彼は、婆やをまっすぐに見て言った。

「婆や、また、おまえのいじめ癖が出たな。もう、この辺りでやめておけ」

 婆やは我れに返り、

「私は何も、いじめようなんて思っていませんわ」

 言うと、ようやく佳央理を解放した。

「よかったですね。お許しが出ましたよ。でも、これからは、従順な奴隷となってお仕えなさい。忘れてはなりませんよ」

 と、釘を刺された。

 佳央理は、「はい」と返すしかなかった。と、惣一が口にした。

「さて、始めるか」

 佳央理に、おぞましい仕打ちが待っていた。

 


 

 




 

 

 


 

 

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