第2話

言い知れぬ孤独

 佳央理は、自分の部屋に戻されるために廊下を歩かされた。裸の身を厳しく麻縄で縛られ、縄尻を、惣一に呼ばれた婆やに握られていた。佳央理は一切を諦め従ったが、廊下の板の継ぎ目を見て歩き、彼女と目を合わせないようにした。婆やに裸を見られていることがとても惨めだった。曳かれる相手が惣一である以上に何倍も嫌だった。

 よろよろとした足取りで、やがて屋敷の奥まった突き当たりまで来た。ここまで来ると、広い屋敷の離れに来たように感じられた。惣一と婆やの二人で暮らすこの屋敷には、使われていない部屋が幾つもあった。

 廊下はそこで途切れていて、婆やは正面の壁を押した。すると、壁が動いて開いた。どんでん返しの仕組みになった扉。その中に入り、通路を更に少し歩いた先の引き戸を開けると、そこに佳央理の部屋があった。天井に吊るされた古びた裸電球だけが明かりの、どんよりとして薄暗い牢舎、二つあるうちの一つに、縄を解かれて自ら入った。板敷きの床に縮み込むと、目の前で南京錠がかけられるのを悲しい目をして見つめた。

「ご気分が優れないとお聞きしましたが、どうされましたか?」

 婆やは、木格子から中を覗き聞いた。冷たいその視線に、佳央理は一層気分が悪くなりそうだった。婆やを見ないようにした。

「あの、少し眠れば治ると思います。行ってください」

 本当は、誰かに居て欲しい佳央理だったが、婆やは嫌だった。言葉は丁寧で、よく気がついた。でも、何を考えているのか分からない冷たい目をしていた。ここに連れて来られて間もない佳央理だが、婆やの優しい笑顔を見ていなかった。

「そうですか?」

 婆やは言うと、きびすを返し出ていこうとした。佳央理は、その背中に向かって、

「あの、毛布を一枚いただけませんか?」

 言った。裸で居るには、ここは寒くてならなかった。婆やが振り返り言った。

「それは、だんな様に聞いてみなければ。私の一存では決められません。他には何かありますか?」

「いえ」

 佳央理は短く返事を返した。用がなければ見ていたくない顔だった。

「そうですか。後で食事をお持ちしますので、少しお休みください。では、失礼します」

 婆やは出て行った。ほっとする佳央理だったが、心細くにもなった。急に静まり返って強い孤独感が襲うのだった。佳央理は、静かに身を横たえた。冷たい。温かな布団にくるまりたかった。横たわる目の先には、太い角材の格子が見えた。

(私は、一生このまま?囚われの身で終えるの?)

 思い、言い知れない不安が胸を締め付けた。すると、涙が溢れて目尻を伝った。そして、幸せだった自由な日々が、両親が、友人のことが思われた。

(ああ、誰か助けて。私はここよ)

 誰にも届くことのない思いを抱いて、昨晩一睡もさせてもらえなかった佳央理は、やがて深い眠りに落ちていった。







     

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