飼われて
川上雄二
第1話
奴隷
そろそろ夜の闇から、空が白み始めていた。佳央理は、夜の間に辱しめられ疲れきった身体を、素肌をあらわに布団に横たえていた。
彼女の手首には縄痕がくっきりついていて、つい今しがたまで縛られていたことを物語っていた。二の腕にもはっきりと見てとれた。
何本もの縄が、役目を終えて力なく萎えた姿を畳の間のそこ、ここに横たえていた。
書斎机の前では、惣一が佳央理に背を向けてゆっくりと煙草の煙をくゆらせ、心地よい疲れが彼を包んでいた。くゆる煙に、昨夜の凌辱映像の数々を映し出して愉しんでいるようだった。
そうして余韻に浸る惣一は、やがて灰皿に短くなった煙草を揉み消し、おもむろに振り返った。そうして、彼に背を向けて動かないでいる佳央理に言った。
「さあ、おまえの部屋に戻るんだ」
惣一の言葉に、佳央理の肩がびくりと動いた。一睡もさせてもらえなかった佳央理は、布団の温もりにまどろんでいた。散々に縛られ責められて、やっと解放された身体。まだしばらくは、こうして布団に横たわっていたかった。
「お願いです。もう少しだけ休ませてください」
部屋に戻されたら、冷たい床に身を震わせなければならない。
「わがままを言うんじゃないよ」
「少し、気分が優れないんです」
それには、
「部屋に戻ってゆっくり休むがいい。私も少し眠りたいんだ」
言われてしまった。惣一は、少し苛立った。
「早くそこに直るんだ」
佳央理は、言いたいことが口をついて出そうになるのをやりきれない気持ちで飲み込み、まだ痛む身体を、布団の上に起こした。軽いめまいがした。惣一は、そんな彼女に無頓着で、散らばっている縄の一本を手にして近づいた。縄をしごく惣一に、佳央理はすがる目を向けた。
「お願いです。縄は許してください。おとなしく従いますから縛らないでください」
「何を言っているんだ。縄で縛って曳き立てるから面白いんじゃないか。つべこべ言っていると再教育に出さねばならんなあ」
再教育に!?
佳央理は、急に怯えた目をして惣一を見た。立場をわきまえない奴隷女や逃亡を図ろうとした奴隷女を調教し直すことを意味していた。一ヶ月の間、それはそれは厳しい調教を受け直さなければならなかった。拷問ともいえ、泣こうと叫ぼうと、けして手を緩めることはない。そのために息絶える奴隷女もいた。
「私は、そんな酷いことはしたくない。私の気が変わらないうちに言うことを聞くんだ。さあ、そこに直って手を後ろに回すんだ」
佳央理は諦め正座をすると、ゆっくりと手を背中に回していった。そうして、背中の中程まで上げると手首を重ね合わせた。
「縛るよ」
佳央理は、重い息を一つ吐き、瞳を閉じた。そうして観念の意思を示すように、がくりと首を前に折るのだった。
手首に縄が絡み、一つに縛り合わされた。佳央理は、屈辱に耐えるように拳を強く握り締めた。手首を縛った縄が二の腕から胸の上を這い、背中で絡められた。きつく絞り込まれると胸が締め付けられて苦しい。
「うう」
思わず、佳央理は呻いた。
「苦しいか。今だけだ。慣れてくれば縄の味が忘れられなくなる。私がそれを教えてやる」
やがて縄止めを終えて、縄の強さに満足して頷くと、「立つんだ」と言って縄を引いた。佳央理は、よろよろと立ち上がった。でも、全裸の道行きはあまりに惨めだった。
「何か、身に付けるものをください。このまま曳かれて行くのは恥ずかしいです」
「だめだ。布切れ一枚も必要ない。おまえは奴隷なんだ。縄の衣装だけで十分だ」
奴隷。
おぞましい言葉だった。佳央理は悲しくなった。涙が一つ、こぼれ落ちた。
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