護る者、滅ぶ者 六

 首を巡らせてみると、声の主は什智じゅうちだったようだ。


 什智も確認したのだろう。黒い翼と紅い瞳を。

 この世に於いて、紅い瞳をしている生き物はただ一つ。


 魔族だけだ。

 その色をしたほかの生物は一切存在しない。



「矢を射よ!」



 神経症的な声音を上げて、弓兵に矢を射るように什智は命じる。

 命じられた弓兵達は、即座に矢を放った。


 それが一斉に堕天使に襲い掛かる。


 だが。


 堕天使は翼を大きく開くと、一度羽ばたいた。黒い翼は強風を巻き起こし、飛んできた矢を全て宙空へ跳ね返してしまう。

 強い向かい風に襲われた矢は、そのまま地上へ失墜しっついした。


 それどころか、堕天使は再び矢を射出させようとしている弓兵達に向かって、突然宙空にあらわした無数の光の槍を矢のように射掛ける。

 光り輝く槍は光のように宙を走り、弓兵達全員を刺し貫いた。だが、それだけでは終わらない。弓兵の頭を砕いた槍が一本、馬上の什智の腕を斬り落としたのだ。


 途端、鋭い悲鳴が上がり、什智は受け身も取れないままに落馬する。更に什智の腕を奪った槍は宙で旋回し、地面で足掻き悶える貧相な領主の腹を貫いて大地に縫い付けた。

 絶叫が辺りに響き渡る。


 それを聞きながら、雪李せつりの顔をした堕天使は首を傾げた。まるで何か、不思議なものでも見るかのように。


 が、突然、堕天使が爆破された。


 フォルスが火の珠玉を手にしていたのだ。

 おそらく、切り落とされた什智の腕が手にしていたものだろう。それを拾い上げて、堕天使に火の精霊を植え付けたのだ。



「雪李!」



 叫んで飛び出そうとする雷韋らいの腕を、陸王りくおうが掴んで引き留めた。



「待て、雷韋。お前、奴の瞳を見なかったのか。血を滴らせたようなあかだっただろう。あれは堕天使だ。それも魔族に転化する寸前の」

「あ」



 雷韋は声を小さく零して、陸王を見詰めた。



「よかったんだ、これで。魔族を相手にするのは骨が折れるからな。それなら闇の妖精族ダーク・エルフの相手をする方がまだしもましだ」



 陸王は吐き捨てるようにそう言った。


 けれど。


 爆風で煙が流された場所に、堕天使は何事もなく立っていた。

 紅い瞳を見開いて。

 口元を笑みにしならせて。

 その手には、ぼろぼろになった槍が握られていた。


 奴は雷韋と似通った事をしたのだ。


 天使族の槍は光そのもので出来ている。火の精霊は光にも属しているのだ。火影ほかげが火の精霊を吸収したように、堕天使の持つ光の槍も同じように火の精霊を吸収したのだ。


 堕天使の手に残った柄の部分が、光の粒子に変じて手の中からさらさらと宙へ零れていく。


 陸王はそれを見て、小さく舌打ちした。

 死ねばよかったものを、とでも言いたげに。


          **********


 フォルスは手の中に握った火の珠玉を更に強く握り、



「あんなもの、生かしておけるか」



 覚悟を決めたような声音を吐き出した。


 そして、再びの爆発。


 どぉんと重たい音を轟かせたのは、何故かフォルスだった。


 フォルスが爆破されたのだ。爆風の中に血煙が上がっている。その爆破に驚いて什智の馬は逃げ出してしまった。


 残されたサーリアは、肉片の欠片もなくなったフォルスを幻に見て、甲高い悲鳴を上げる。


 火の精霊を植え付けられたのは堕天使の筈だ。なのに、フォルスが爆発した。サーリアは金切り声を上げながら、後退あとじさっていった。


 けれど、一部始終を見ていた雷韋には分かった。


 それは、元素の反発だった。


 形なき元素の精霊と形ある元素の炎と言う根源マナが反発し合って、精霊がフォルスに跳ね返ったのだ。


 その証拠に、堕天使の手元には精霊を伴わない炎がちらついていた。

 それに気付かなかったサーリアには、何が起きたのか分からなかった筈だ。ある程度の場所まで後退すると、そのまま彼女は空間転移の門を開いて逃げ出してしまった。

 火の珠玉など見向きもせずに。


 サーリアとて、生命いのちあっての物種だ。魔族に転化寸前の堕天使など相手にする方が愚かしい。まさに彼女の取った行動は正しかった。


 そして堕天使。陽の魂の持ち主であった雪李は召喚士サモナーだが、根源魔法マナティアも使える。元素同士が反発することわりを理解していれば、いくらでも精霊の爆破を防げる。


 雷韋は瞬時にその作用を操った雪李に呆然としていた。そして数瞬ぽかんとして、はっと気付く。火の珠玉だ。今は誰の手にもない。サーリアは逃げ出した。召喚するのなら今のうちだった。


 頭の中は混乱していたが、兎に角精霊を呼んだ。と、雷韋の手の中に火の珠玉が現れる。雷韋はそれをぎゅっと握り締めた。もう手から零さないとでも言う風に、しっかりと。



「雷韋、お前はここにいろ」

「り、陸王」

「堕天使が手にかけたのは今のところ、敵だけだ。雪李だか影香えいこうだか分からんが、まだ理性があるのか確かめてくる。なるべくなら戦いたくねぇ」



 そう言って一歩を踏み出した陸王に、雷韋は声をかけようとしたが、結局、何もかける事は出来なかった。

 だから言われた通り、雷韋は大人しくその場に残った。

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