第八章

来たりて 一

 砦に迎え入れられた三人は謁見の間ではなく、翠雅すいがの個人的な客間に通された。その部屋は広く、繊細な彫刻が施された豪華な調度品や絵画などで溢れている。

 その部屋の中、陸王りくおう雷韋らい雪李せつりは円卓にそれぞれついていた。


 陸王は袖で腕を隠し、更にその腕を隠すように腕を組んでいたが、雷韋にげ付いた腕を見られたせいで、さっきからちらちらと見られていた。しかも陸王は、邸の召使いが手当てをするという言葉を蹴っていたから尚更だ。



「なぁ、陸王。ちょっとその腕見せてみろよ」



 大きな円卓を囲むようにして陸王の隣に腰掛けていた雷韋が、遂に辛抱堪しんぼうたまらずと言った風に声をかけてきた。



「腕、大丈夫なのかよ。全然大丈夫じゃないよな? なんで手当て受けようとしないのさ」



 心底心配げな声で言って手を伸ばしてきたが、陸王はその相手をするのも面倒で、席を立って部屋の隅へと移動した。



「陸王! なんだよ」



 文句を言うように声を荒げて、部屋の隅で壁にもたれる陸王の元へと雷韋が走り寄ってくる。そして強引に腕を取り、陸王が顔をしかめると同時に驚きの声を上げた。



「あんた、この腕……やっぱり炭化してる。何があったのさ」



 雷韋の言葉に、陸王は小さく息を吐き出した。



「腕の怪我は表面だけだ。もう術はかけてある。暫くすればもとに戻る」

「え? 魔術なんて使えるのか?」



 大きな瞳で陸王を見上げてくる。



「最低限、身を護るすべくらいはな。そうでもなけりゃ、雇われ侍なんざしてられるか」



 わずらわしそうに、溜息混じりで答えた。



「でも、やっぱりこのままはまずいって。どんな術かけたのか知らないけど、俺にも手当てさせてくれよ」

「俺の事なんかより、自分の面倒でも見てろ」



 陸王は、全身に小さな切り傷を作っている雷韋を見下ろした。

 言われて雷韋も自分の姿を見下ろす。既に乾いているが、幼さを残した頬にも二、三箇所の切り傷があった。全体的に数は多いものの、しかし、どれもこれも小さな傷ばかりだ。だから消毒だけして貰って、あとはそのままだった。



「俺のこんな傷なんかと、あんたの怪我は比べもんになんないよ」

「お前、魔術が使えるのに、どうして衛士達と正面から遣り合った。精霊使いエレメンタラーなら、衛士が何人来ようとどうとでもなっただろうが」



 陸王の発した言葉に、雷韋が意表を突かれたというように目をしばたたく。そして視線を下げた。



「だって、闇の妖精族ダーク・エルフに邪魔されるかも分かんなかったし、魔術は『力』じゃないんだ」

「『力』じゃない? どういうこった」

「自分で誰かを傷付ける時には、それ相応の覚悟も責任も持たなきゃならないだろ? だから俺は、自分で責任が取れる形であいつらと遣り合った。でも、そう言う事に魔術は使っちゃ駄目なんだ。脅すくらいならいいけど、それ以上は駄目だ。人を傷付ける為に魔術は使っちゃいけない。人を押さえ付けるには、どんな魔術だって威力がありすぎるんだよ」

「だったらなんの為にお前は精霊使いなんてもんをやってる」

「そんなの決まってる。俺には精霊の声が聞こえるからさ」

「分からんな」



 目を伏せて、顰めっ面をする。



「分かんなくったっていいんだよ。それより腕の手当て」



 そう言う雷韋を、陸王はじろりと見た。見られた雷韋も陸王を見詰め返してくる。睨んできはしなかったものの、その瞳には強い意志の力があった。

 そのまま暫し目を合わせていた二人だったが、先に動いたのは陸王だった。


 どうにも雷韋相手だと調子が狂う。貫く筈の意志が不思議にくじかれてしまうような、そんな感じだ。


 陸王は溜息を吐き出して、無言で組んでいた腕を差し出した。

 その途端、雷韋の顔がぱっと輝いた。差し出された腕の袖を引いて、部屋の中に置かれている観葉植物に近付くと、植物の精霊力を集め始める。


 植物は大地に根付くものだ。そして大地は光竜という神。原初の神である光竜は、生と死と再生を司っている。その為、大地には癒しの力があり、その大地に根を下ろす植物にも癒やしの能力が与えられているのだ。


 雷韋が言霊封ことだまふうじで魔術を発動すると、少しずつ精霊の力に満ち始めた腕は、すぐに新しい皮膚を再生し始める。炭化した皮膚は黙っていても剥がれ落ちていった。その様を見て雷韋が眉を顰める。



「あんた、ほんとに一体何したんだ? こんな酷い怪我するなんて」



 治療が終わって淡い緑色の光が消えた時、呆れるような、心配するような声音で雷韋が言う。それに対して陸王はただ「稲妻を斬った」とだけ返した。

 まさかそんな言葉が返ってくるとは思わず、雷韋も、二人の様子を見ていた雪李も瞬間呆気にとられていたが、真っ先に雷韋が我に返って怒鳴り付けてきた。



「あんた馬鹿じゃないのか!? なんでそんな事したんだ!」

「仕方あるまい。闇の妖精族がそれで結界を張っていたんだ。斬らなけりゃ、あいつはたおせなかった」

「だったら俺を呼べばよかったんだ。俺なら結界くらいどうとでも出来た。あんたが無茶する必要なんてなかった筈だ」



 そう言う雷韋を、陸王は嫌な感じでちらりと見遣る。



「衛士達に囲まれて、お前はお前で手一杯だっただろう。そのくらい目に入る」

「それは……」

「魔術を使って人を傷付けたくないと言ったり、魔術を使って手当てをさせろと言ったり、挙げ句、結界を解かせろだと? 全く魔術ってもんは面倒だな。一体なんだってんだ」



 陸王の言葉に、雷韋は恐る恐ると言う風に声を出した。



「俺は……怖いんだ」

「あ?」



 陸王が不機嫌な声を出すと、雷韋は俯いて席に戻り、ぽつりと話し出した。

 雷韋は物心ついた頃には、既に精霊の声を聞いていたのだと。

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