捕縛 二

 そうこうするうちに、通報を聞きつけた三人の衛兵達がやって来た。三人組の一人の手には、小さな水晶の玉が連なった縄があった。それは『封珠縛ふうじゅばく』と言って、魔導士の魔術発動を抑え込む封珠の連なりだった。


 通常、魔導士は魔術発現の為に印契いんけいと詠唱を必要とするが、時としてそれを用いずに発現する事がある。それを『言霊封ことだまふうじ』という。

 『言霊封じ』は何度も同じ魔術を行使すると、魂に術が刻み込まれるものだ。だが、誰でもが言霊封じを会得できるわけではない。魔術を言霊封じにまで昇華させるには、魔術的センスが必要になるのだ。魔術的勘がなければ、いくら同じ魔術を繰り返し行使しても魂に術が刻み込まれる事はない。


 雷韋らい精霊魔法エレメントアもほとんどが言霊封じだった。また、簡単な根源魔法マナティアも幾つか。


 言霊封じを使う事が多いのは異種族だ。それが為に、街の衛兵達は封珠縛を常備しているのだ。


 雷韋はわけも分からぬまま捕らえられ、縄と封珠縛に雁字搦めに締め上げられて、あまりの圧迫に息をする事さえままならなかった。そして自由を封じられたまま引き摺り起こされ、自分を取り巻く野次馬や、人の好さそうな露店の主を憎々しげに見遣った。


 そして知ったのだ。自分が現在賞金首にされ、その触れがこの街にまで届いていたという事を。確かに雷韋は什智じゅうちの邸に忍び込んだ折り、いや、逃げ出す折りに衛士達数人に顔を見られていた。昨夜、深夜もまた顔を見られた。


 だが、とも思う。罪人捕縛の為の手配書が作られるのは別段珍しくもなんともない。それでもその手筈があまりにも迅速すぎるのだ。雷韋が忍び込んだのは昨日の夕刻、陽が落ちてからだ。しかも大量に盗んできたわけではない。少年には多額の金額にはなるが、目くじらを立ててまで追われる理由にはならない筈だ。だから雷韋にはこの手回しの迅速さが異常に思えた。


 自分を騙し討ち同然にねじ伏せ、衛兵達を呼んだ露店の主を恨むより、そちらの方が雷韋には重要で、しかも異常なのだと思わせた。


 と、その時、背中を殴られたと思えるほどに乱暴に突き飛ばされ、ほぼ同時に頭上から「とっとと歩け」という衛兵の罵声が浴びせかけられた。

 それに逆らっても仕方がない、と言う思いと共に、雷韋は仕方なしにもつれる足で歩き出した。


 封珠縛に絡め取られ、身体の自由が思うように利かないのだ。

 封珠縛は魔法力を抑えると共に、印契を組めなくさせるよう身体の自由をも奪ってしまうものだから。


 雷韋の持っていた荷物は衛兵に全て取り上げられてしまった。陸王の財布や盗み出した財宝も、あの火の精霊を封じてある珠玉が入った木箱も全てだ。

 三人の兵士に囲まれて連れて行かれる道のり、大通りのはしには腹立たしいほどの野次馬がたまって彼を見送っていた。


 このまま雷韋が逃げ出す事が出来なかった場合には、この街の広場か、それともグローヴ領領主の邸前の広場で首を括られる事になるだろう。

 ほとんど娯楽のないこの世の中で、最も罪人の処刑ほど皆の興味をそそる出来事はない。公開処刑は見せ物なのだ。その処断の仕方によっても民衆の関心度は変わってくる。


 残酷な処罰ほど、彼らは哀れみや怖れを覚えながらも興奮するのだ。


 だが雷韋には、彼ら民衆にささやかな娯楽を与える気はこれっぽっちもありはしなかった。それを提供するほど彼は馬鹿ではない。


 領主の砦に連れて行かれる道すがらか、もしくは牢に入れられるその時に必ず逃げ出してやろうと思った。


 そんな少年の思いも知らぬまま、砦まで続く道の両端には長い人の列だけが延々と続いていた。


 領主の砦は街に比例するように大きく堅牢で、水をたたえた濠に囲まれている。


 雷韋の目にした街は活気に溢れ、人々もそれなりの生活水準を保っているようだが、この砦を見る限りでは過去には激しい戦が行われた事は明白だった。


 外壁は幾度にも渡って補強された面影を残し、それが目に付けば付くほどに、どのような光景がここで展開されたのかは容易に想像がつくものだった。そしてそれは、この街が出来上がる以前についたものだという事も分かっている。


 街が形成される以前、まだ領地として砦だけが作られた。その折、おそらくは他の国と衝突したのだろう。砦の城壁に残る傷跡はその時についたものだ。その末、国はこの地を手に入れた。その時のまま、砦はここに存在するのだ。そうして近隣の村民達が集まってこの街が徐々に形成されて、今に至る。


 砦の城壁の状態と街を対比すれば、そんなところだろうとは想像がついた。


 そして雷韋は、その砦にある幽閉塔に連行された。


 幽閉塔と言っても、これには二つの種別がある。一つは戦闘時に捕縛した貴族専用のものであり、塔上階に設置された清潔に保たれた質素な小部屋だ。もう一つは罪人を拘留抑圧する、所謂、地下牢獄である。


 無論、雷韋の連れて行かれるのは後者であり、じめついた不潔な場所だった。

 湿り気のある地下道の中を引っ張り回されて、暗い口を開ける牢獄に辿り着いた時には雷韋はへとへとだった。封珠縛が予想以上に雷韋から体力を奪っていたのだ。逃げ出す事はおろか、その為に使う力さえなくなっていた。



 牢獄が地下にある事も手伝って、空気は淀み、湿気と垂れ流しの汚物の臭いで窒息寸前だ。処刑を待たずに死ぬかも知れないと、本気で思うほどだった。

 それなのに、彼の思いを知ってか知らずか衛兵は少年の肉付き薄い背を蹴り、肥溜めをひっくり返したような牢へと放り込むのだ。


 少年の飴色をした緩く波をうった髪が、床一面の汚泥の中で、のたくった蛇のようにとぐろを巻き、更に床に倒れた拍子に口の中にまで汚物が入り込んだ。

 封珠縛に身体の自由さえも奪われながら、それでも雷韋は無理に起き上がり何度も唾を吐いた。


 酷く嫌な味と嫌な臭いで吐き気さえ催す。


 その小さな罪人の様子を小馬鹿にしたように見遣りながら、衛兵は耳障りな音と共に錆びた鉄格子の扉を閉め、決定的に外部との遮断を意味する重たい音を立てて錠をかけた。



「ちっくしょー、呪ってやるからなぁ!」

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