邂逅 五
「動くな。もう逃げられんぞ!」
野太い声が遠鳴りに言う。
「今すぐ宝を持って出頭しろ。そうすれば
それを聞き、男は溜息をついた。今の言い方からして、少年の仲間だと思われたと察したのだろう。分かりやすい話だ。
男は
「俺はこいつの仲間じゃねぇ。こっちも被害者だ。ここには盗られたもんを奪い返しに来ただけだ」
「ほざけ、盗人が」
その言葉に男は面倒臭げに髪を掻き上げた。その拍子に滴が指の間から滴り落ちる。そして
「俺は関係ない。盗人はこのガキ一人だ。俺はこいつを取り返しに来ただけだ」
言って、彼は腰の
「逃げる為の口上だろう。そうはいかんぞ」
それに対して男から思わず小さな呻きが上がる。
「面倒に巻き込みやがって。このクソガキ」
けれどそれに返った
「俺だって、こんなところまで衛士が追いかけてくるとは思わなかったもんさぁ」
その言い口には、どこかしら
「衛士?」
「うん、領主の邸に盗みに入ったんだ。でも見つかっちゃった。なぁ、あんたも巻き込まれちまったんだから、俺と一緒に逃げない」
「
腹の底からの声だった。
「ちょっと、俺の名前は雷韋だって言っただろ。なのにさっきから小僧とか、ガキってさぁ」
しかしその言葉は衛士の声によって遮られた。
「今更逃げる算段をしても遅いぞ。既に包囲してある。大人しく武器を捨てて、宝を持ってこっちへ来い!」
その声は雷韋の前方から響いてくるようだった。
「おい、ガキ」
男のその声を耳にして雷韋は不満げな声を上げたが、彼は構わずに続けた。
「連中、お前を追ってきたんだろうが」
「そうだな」
即答する声は意外なほどにあっけらかんとしている。
「奴らの中に魔導士はいるのか」
「いねぇよ。弓構えた奴はいるけど。それも入れて、全部で十人くらいかなぁ」
「見えるのか」
「ばっちし。俺、猫目だもん」
男はそれに対して、ふぅん、とだけ返し、取り立ててそれを問うような事はしなかった。
「それで、お前の足下にいるのはなんだ」
「俺の友達。俺の仲間」
「そいつは精霊とか言うもんじゃねぇのか」
「『とか』じゃなくて、精霊だよ。こいつは俺の守護精霊なの。俺は
雷韋は乱暴な返事を返したが、男は
「なら、
「人を傷付けるのはやだよ、俺!」
間髪入れずに雷韋から拒絶の声が上がった。
「
「魔術なんざ
「そんなの、そんな事……!」
雷韋が言い募ろうとした時、じわりと衛士達が馬を進めた気配。
男は敏感にそれを察した。気配で感じたようだ。
「ガキ、時間がねぇぞ」
「だから俺は雷韋だ。ガキって言うな」
少年は周りの衛士達の事が気にならないのか、むっとした表情をあからさまに後ろの男に向けた。
「手前ぇの名前なんざ知らんな」
「こうなったら俺とあんたは運命共同体じゃんか。人を傷付けるのは嫌だけど、目眩まし程度なら魔術、使ってやらなくもないぜ」
「ほざけ、サル」
途端、雷韋の悲鳴のような息を飲む声が聞こえた。今まで彼は子供扱いされても、まさか『サル』などと言われた事などなかったからだ。
あまりの言いように、雷韋は思わず気色ばむ。
「サルってなんだよ、サルってさぁ!」
「キィキィ、キィキィ、
男の強い命令口調。その言い草に雷韋は鼻を鳴らして不満を表したが、男からぷいと顔を背けて衛士達の様子を窺いつつ革袋の中にぶちまけた財宝をしまい込んだ。
「ようやく腹を決めたようだな」
これまで遣り取りしていたのは衛士長なのか、雷韋と男の様子を見て言う。
「
これも憎たらしい声を出して雷韋が応えた。
「苦労してここまで持ってきたんだ。お前らになんか渡さねぇよ」
「ならば引っ捕らえるまでだ。貴様ら二人揃って縛り首にしてやる」
「勝手になんでもすればいいさ。お前らになんか、絶対捕まってやんないけどな」
子供然とした無邪気な笑い声が宙空に消えるのと同時に衛士長は闇の中で片手を上げ、傍らの衛士に合図を送った。その衛士も順に合図を送り始める。
だがその様子は全て雷韋には見えていた。目だけをあちこちに馳せ、運命共同体となった男に小さく声をかける。
「左側、あんたの右手になるのかな。矢がそっちから来るぜ」
言葉が終わらぬうちに気配は動く。
「三つ数えるから、それが合図な」
雷韋の口調は軽かったが、男を振り仰いだ目には真剣な色が濃い。
「いいだろう、雷韋。合図をくれ」
男のその言葉に溜飲を下げたように、今度は悦に入って鼻を鳴らした。そして、一つ、二つと小さく数え始める。
衛士達は見られている事にも気付かずに、更にじわりと包囲の輪を縮めていった。弓を持つ者も、衛士長の最後の合図を待ちかまえて更に弦を引き絞る。
しかしその合図よりも早く、雷韋の三つを知らせる声が上がった。同時に、青白い光が空間を照らし、何もかもを埋め尽くす。天からは怒号が降り注ぎ、その場の全員の耳を
衛士達はその一瞬に目を覆い、馬は
何が起きたのかも分からぬまま、騎馬の上で衛士達は上体を崩す。そして離散しようとする騎馬を落ち着かせてから再び目を向けた時、彼らはそこに盗人達がいなくなっている事に気付くのだった。
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