第二章
第8話 真夜中の訪問者
コーンノート、『
「……誰ですか、こんな時刻に」
ダナンの王子はベッドの上でもぞもぞと寝返りを打った。
床に白い
小鳥はベッドのすぐそば、サイドテーブルの上で囀り続けている。本物ではない。森の庵に置いた木彫りの小鳥と対になっており、庵への来客を知らせてくれる。先代隠者の置き土産。この二羽の小鳥が庵と王子の居所をつないでいる。
音を止めようと腕を伸ばす。夜気が冷たい。半分だけ目が覚めた。ふらふらと起き上がり、裸の上に厚手のガウンをはおる。灯りはない。月の光だけが頼りだ。
寝ぼけ眼をこすりつつ、歩きながら帯を結び、クローゼット部屋に入って、奥にある扉を開く。
この扉が彼の境界線。ここをくぐれば王子はひとりの隠者に変わる。
月明かりを頼りに灯りをともし窓の外を
波の音に交じって大きな翼が
するりと黒い
「馬車が来るよ」
いつもの姿に戻ったシャトンが、丁寧に身だしなみを整えながら報告する。
「馬車?」
アリルは首を捻った。
こんな時刻に馬車で庵に乗りつけるような人物に心当たりがない。近くの村で何かあったとしても、わざわざ自分のような若造を頼っては来ないだろう。土地勘のない旅人ならば
初代隠者、伝説の大魔法使いマクドゥーンの術によって外側からの悪意ある侵入者からは守られているが、もともと内部に住まうものたちはどうしようもない。知らぬ間に庵に入り込まれ、ベッドの中に栗のイガを仕込まれるくらいなら、まあ、我慢しよう。しかし
「――まさか、妖精の
こんなところに居を構えながら今更だが、できれば大きな
「少なくとも、黒い屋根無し馬車じゃなかったね」
ぼそっと呟いた声に、シャトンが銀の
「
* * *
慌ただしい一夜が明けるころ。
二人がよく知る人物は居間ですっかり
「いや~、懐かしいなあ」
その男は長椅子にどっかりと腰を下ろして、きょろきょろと面白そうに部屋の中を見回している。
「なんにも変わってないじゃないか。テーブルの位置も、壁に吊るしたまんまの籠も。食器棚の皿の数まで」
「変わってますよ、いくら何でも。もう五年も経つんですから」
「五年なんて、大した時間じゃねえよ。ああ、でも鉢植えがずいぶん増えたな」
「それはシャトンが世話をしてくれています」
「やっぱりな。男所帯はダメだ。お前さんがいてよかったよ、シャトン」
赤毛の男、三代目惑わしの森の隠者が銀色の猫を撫でる。
「まあね」
シャトンは金色の目を細め、グルグルと喉を鳴らした。
「師匠!」
何か抗議の言葉を言おうとして、アリルは代わりに腹の底から息を吐き出した。
「一体、何があったんですか?」
ほとんど獣道ばかりの森の中、馬車での訪問である。大柄な黒馬の息は荒く、全身から湯気を立てていた。
イニス・ダナエに生まれた子どもたちは、男女を問わず、何をおいても真っ先に馬の世話を教え込まれる。
アリルは可哀相な馬に水を飲ませ、噴き出す汗を
ようやく休むことを許された馬は、ぐいぐいと首を押しつけてアリルに甘えた。幸い
聞きたいことは山ほどある。
奥の部屋のベッドで泥のように眠っている亜麻色の髪の少女。
納屋の奥につっこまれた、
全く似合っていない聖騎士の制服。
「何から聞きたい?」
心中を
「初めから最後まで、全部です」
「長くなるぞ~」
「かまいません」
「そういや俺、腹減ってんだ。なんか食いモン……」
四代目の中で、何かがぷちっと切れた。
「今から何か作ってあげますからとっとと説明しやがりなさい、このヤロー!」
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