わたしはオスカル!

 由美も優太に気づいた。

 

 あのイケメンハーフ!


 由美はそう顔に出そうになった気持ちを警察学校で訓練した理性で押さえつけた。

 そして前に見た宝塚歌劇のオスカルになることに徹した。


 わたしは、オスカル!オスカル!オスカル!


 恋などしない…


 クールな声を装い由美は言った。


 「浜城さんは、このバーによく来るんですね」


 優太は素直な気持ちで誘った。


 「ええ。せっかくだから刑事さんも一杯飲みません?」


 「いえ、勤務中なので」


 「いや、コーヒーですよ。ノアゼットです」


 「ノアゼット?」


 「ミルクを入れたエスプレッソ」


 「…じゃあそれを…」


 バーテンダーが由美にノアゼットを由美の前に出す。


 「チ・ヴェディアーモの意味、覚えてます?」


 「また会いましょう?」


 「また会いましたね」


 ほんとだ…由美もそう思った。


 「ノアゼットって、アイリッシュのコーヒーかなんかですか?」


 優太は笑った。


 「アイリッシュコーヒーはコーヒーの酒になっちゃうよ」


 「お酒なんだ、コーヒーの」


 「ノアゼットはフランス人のミルク入りエスプレッソの呼び方。くるみって意味

 で、おそらくミルクを入れたエスプレッソがくるみ色だからじゃないかな」


 「へえ」と、一口飲む。


 「あ、おいしい」


 「如月さんは、なんで刑事になったの?」


 父を自殺に追い込んだマルケス・ヴァルフィエルノを捕まえるため…


 由美は遠い目をした。


 「昔、父が世話していた男が会社のお金を盗んだの。それがきっかけ…」


 父親の自殺まで話さなかった。

 マルケスを捕まえて必ず償わせる…それが由美のすべて。

 由美の遠くを見ている目は己を過去に置いている。


 優太は一瞬、由美の目を見つめると話題を変えた。


 「俺のひいじいさんはイタリア人なんだけど昔、絵を盗んで大騒ぎになったんだ」


 「絵を?」


 「有名な画家の絵でイタリア人の絵だから、それを取り返したんだって」


 「ふ~ん」


 「でも、金に困って絵を引き換えに金をもらおうとしたら捕まった。悪事を働けば

 その償いをする時は必ず訪れる。我が家の家訓なんだ」


 「…」


 私のために言ってくれてる…


 この人…もしかして優しい?


 そう言った優太は、不思議な気持ちだった。

 一日中気になっていた由美を目の前にして、胸の奥から全身が暖かい気持ちでいっぱいになった。


 もしかしてこれが一目惚れってやつなのかな?


 由美は確かに顔の整った和美人だが、芸能界で多くの美女を見てきた優太が驚くような容姿ではない。


 なぜこんなにこの女刑事が気になるんだ… またこの如月刑事にいつ会えるかわからない…


 理沙とキスをしたときこの女刑事を想像してキスをした。


 その女刑事が今、目の前にいる…


 優太は頭の中にずっとあった由美への感情をどうにかするべきだと思った。


 いっそ今、一目ぼれしたと告るか?


 いや、たまたま事件で知り合って二回目に会っただけなのに告ったら頭がオカシイと思われる…


 それに警察官を口説いたら何かの罪で捕まるんじゃないか?


 警官侮辱罪とか?


 そうだ。俺には目的がある。


 こんなところで捕まってる場合じゃない。


 しかし優太の心の声は言っていた。

 この目の前にいる女刑事がお前の人生の目的だ、と。


 「いい家訓ね。じゃそろそろ仕事に戻らないと…」


 彼女が行ってしまう…


 人生の目的かもしれない女が目の前から消えようとしている。


 ここでなにか言わなければ、二度と会えないかもしれない。


 だが優太は心の声に抗った。


 「これから捜査とかでしょ。気をつけて」


 気をつけて…?


 私を気にかけてくれてる?


 優しい…


 由美はめいっぱいオスカルの顔を作り「では…」と、踵を返し足早にその場を去った。

 どこぞへと目的もなく六本木を早歩きしながら由美はまた、ため息をついた。

 目は虚ろで耳は真っ赤になっている。

 イタリア系のハーフタレントの言葉がまだ耳に響いている。


 気をつけて…


 我が家の家訓なんだ…


 ノアゼットはフランス人のミルク入りエスプレッソの呼び方…


 「かっこいい…」


 誰が聞いてるわけではないが心の声が口から漏れている。

 由美は立ち止まった。 


 「タレントが刑事なんかに興味もつわけないか…」


 気づくと由美はレンタル屋にいた。

 そして浜城優太の出演作品を漁っていた。


 「ブレードポリス…?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る