マルケスの誤算

迷熊違出射

浜城優太

 朝、目が覚めて己が何者か思い出す前にまずやることは、腕立て伏せ。

 床に落下する寸前に手のひらで踏ん張り、肘と肩の力で体を持ち上げる。

 まずはこれで、一気に目が覚める。

 それからストレッチ、シャドー、キックとパンチをベッドの横にあるサンドバッグにぶつけ、部屋の角に設置した木人から突き出した三本のこたつの脚みたいな棒でチーサウの練習。

 ブルース・リーが最初に学んだ永春拳の技だが、求められたらプロとしてやらなければならない。

 そして模擬刀で居合の型と素振り。

 これもいつ要求されるかわからない。

 そして鏡を見る。

 腹筋がシックスパックに割れてるか、上腕二頭筋の盛り上がり、筋肉のキレを確認。

 そして己の青い目と金髪のサラサラな髪の感じを確認する。

 髪の感じはとくに気に入る時と気に入らない時がある。

 ここで時間を食うときもある。

 現場に行けばメイクさんもいる。

 髪を黒に染めて日本人らしく、となればそのとおりにする。 

 髪の色は、もらった台本の役で決める。

 元々黒髪だ。

 ブレードポリスというヒーローものを演じたとき、監督が金髪にしろというのでそのとおりにした。

 そしたらそのイメージがついてしまった。

 と、言ってもイメージをもってくれてるのはせいぜい当時番組を見ていた子供とお母さんだろう。


 浜城優太は、ブレイクしてはいないがかといって仕事がないわけではなかった。

 だが、残念ながらまだ主役はやったことはない。

 ブレードポリスでも、どちらかというとゴールドレッドのライバル役のゴールドブルーだった。

 主役がなかなか張れないハーフタレント。

 いや正確にはクオータータレントだ。

 この顔は強みでもあり弱みでもある。

 先祖はイタリア人。

 俳優、タレントの多くはブレイクしたい。

 浜城優太もブレイクしたいのは同じだが、それにはひとつ理由があった。

 それはある男に戦いを挑むためだ…

 その男の先祖は美術の歴史に謎を残した詐欺師だった。

 男の国籍はよくわかっていない。

 アルゼンチンという話だが、正確にはわからない。

 名前を見るかぎりでは、アルゼンチンという可能性は高い。

 その名はマルケス…マルケス・ヴァルフィエルノ。

 1911年名画「モナ・リザ」がルーヴル美術館から盗まれた。

 ガラス職人のヴィンチェンツォ・ペルージャがモナ・リザを布でくるみ、あたかもガラスを運んでるようにみせ、そのままルーヴルを出て行き戻ってこなかった。

 首謀者は、エデュアルド・マルケス・ヴァルフィエルノ。

 ヴァルフィエルノは、フランスの贋作師イヴ・ショドロンに精巧なモナ・リザの贋作を描かせ、数人の富豪に盗まれたモナ・リザだと言って売りつけた。

 藤平・マルケス・ヴァルフィエルノはその子孫だ。

 そして浜城優太は、モナ・リザを盗んだ張本人ヴィンチェンツォ・ペルージャのひ孫だ。

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