ダンジョン・ルーパー

R・S・ムスカリ

1. これで何周目?

 薄暗いダンジョンの中、石の扉が大きな音を立てて開いていく。


「はぁ。戻ってきちゃったか……」


 また・・最初からやり直し。

 いつになったら、このダンジョンをクリアできるのかしら。


「だいじょぶ、仕方ないよ! 切り替えて行こっ」

「失敗は成功のなんとやらってね。諦めなければクリアできるさ」


 これでやり直しは何度目かな?

 最後の最後で下手打って、スタート地点まで戻されてしまった。


「そうよね、諦めちゃダメ。もう一度、チャレンジしてみよう!」


 私は今、ある地方のダンジョンを攻略中。

 ダンジョンというのは、知識を追求し続けた古代人が遺した迷宮のこと。

 古代人との知恵比べに勝って、最奥のフロアへとたどり着ければ、古代人彼らの遺した祠宝しほうが手に入る。


 祠宝しほうの入手――

 すなわちダンジョンクリアを成し遂げたパーティーは、英雄扱いされる。


 なぜなら、今は古代遺跡ダンジョン攻略の最盛期ブーム

 多くの冒険者達が、世界各地に点在するダンジョンを探索し、最奥にある祠宝しほうを目指して冒険している。


 かくいう私も、信頼のおける二人の仲間とパーティーを組んで、ダンジョン攻略に臨んだ。

 でも、意気揚々と乗り込んでみれば、数々の仕掛けに苦戦してこの有り様……。


「もう一度、碑文を読んでおこうかな……」

「そうだね! 念には念をって言うしねっ」

「今さら必要かねぇ? もう暗記するほど読んだじゃないか」


 スタート地点には、ダンジョン攻略の手がかりが書かれた碑文が存在する。

 ここに戻ってくるたび、碑文には目を通していて、特に有用な情報がないことはわかっている。

 でも、冒険には石橋を叩き過ぎるくらいの精神が大事だと、新米の頃に教わったこともあって……。


「もしかしたら見落とした情報が隠されているかもしれないし、ね」

「そうそう! 読も読も、読んで行こっ」

「ったく。ユイリィは慎重が過ぎるよ」


 その碑文は、壁に古代語エンシェントワードで刻まれている。

 私はそれを見上げて、古代人からの遺言メッセージを読み上げた。


 ――勇敢なる挑戦者よ。三つの試練を乗り越えて、三人ともに我が前に訪れよ。さすれば我らが遺産を与えん――


「う~ん。やっぱり最奥まで来れたら祠宝しほうをプレゼントするよって読めるよね」

「そだねぇ」

「しかし宝物を守るのに、大昔の人間はなんだってこんなしち面倒くさい遺跡を遺したんだか」


 私は小さく溜め息をつき、魔法の緑衣マジシャンローブの内側に収めていた木の棒を掲げた。

 そして、すっかり焦げついたその棒に――


「導きの火よ、我が道を示したまえ。かがり火トーチ!」


 ――静かに呪文を唱えて、火をつける。


 私の職能ジョブ魔法使いマジシャン

 先輩の冒険者にはまだまだ小娘と言われるけど、魔法使いマジシャンの証とも言えるとんがり帽子ウィッチハットだって所持している。

 魔法学院アカデミーでは霊性魔法学マホガクを専攻して、しっかり勉強したのだ。

 事実、こうやって松明たいまつの火種を作ったり、襲ってくるモンスターを焼き払ったり、いろいろな場面で役立てることができる。

 火属性魔法以外はあまり得意じゃないけど、ダンジョン攻略では火属性これがひときわ役に立つ。


「ユイちゃん。体はだいじょぶ?」

「試練にはモンスターとの戦闘もあるからね。魔法を使うためにも、十分な体力は残しておくんだよ」

「その時はウチが大活躍だから、二人とも泥船に乗ったつもりでいてね!」

「馬鹿、泥船じゃ困るだろ。戦士ファイターとは言え、脳筋だと将来苦労するよアニタ」


 このダンジョンのモンスターは火にとても弱い。

 修業時代の私の苦労も、事ここに至ってラッキーだと思えるようになった。

 もっとも、アニタがいれば私の出番もなく、モンスターを楽にやっつけることも可能なんだけど。


「よし、今度こそ」


 松明たいまつで前方を照らしながら、狭い通路を進んでいく。

 あと30メートルほど歩けば、最初の試練のフロアに続く扉へと突き当たる。

 最初の試練では、罠だらけのフロアを突破しなければならない。

 もう何周もしているとは言え、油断はできない。


「ヴァフィなら、最初の試練は何事もなく突破できるんだけどな」

「任せなユイリィ。これでも盗賊シーフとしての経験は自負してる。また無事に抜けさせてやるさ」

「ヴァーちゃんの野生の勘なら、よゆーよゆー!」

「その呼び方やめろっつってんだろ、脳筋!」


 そうこうしているうちに、突き当たりまでたどり着いた。

 ダンジョンの特徴なのか、フロア同士を繋ぐ扉の周辺には、うっすらと壁や天井が青白く発光している。


「ヒカリゴケってやつだね。ユイリィの松明たいまつの火が反射してるのさ」

「ヴァーちゃんて物知りだね! ウチのお婆ちゃんみたい」

「アニタ。あんたはその口を塞いでやらないと、あたしのお願いを聞いてくれないのかい?」


 松明たいまつを頼りに、私は扉を開くハンドルを探した。

 このダンジョンは、フロア間の通路を機械仕掛けの扉で塞いでいるから。


「……あった。このハンドルを」


 右に回す。

 すると歯車が回るような音が聞こえ始めて――


「そう言えば今、何周目だっけ? 四周目だったっけ」

「違うだろう。三周目だよ」


 ――石の扉が、音をたてながら左右に開いた。


「何周だって構いやしないわ。クリアするまで、何度だって突破してみせるんだから!」

「その意気だ、ユイリィ」

「さすがユイちゃん。頼りになるぅ~」


 手前に松明たいまつを突き出しながら、扉をくぐって次のフロアへと歩を進める。


「この先、足元に気をつけてねユイちゃん」

「罠だらけのフロアだ。うっかり転ぶとおっんじまうからね」


 ……無邪気なアニタに、理屈屋のヴァフィ。


 私にとって、二人の存在は大きい。

 私は彼女達のためにも、なんとかこのダンジョンをクリアしたい。


 三人一緒なら、どんな困難でも乗り越えていける。

 そう信じられる、私の素晴らしい仲間達。

 その確信は、今となっても揺るぎないと思っているから。

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