第48話―かつての彼女はニヒル・アドミラリ4―

無味無臭な生活の中には孤独しかなかった。けど、それだけはずの孤独は彼女との邂逅かいこうによって一筋の光明を差した。


「こんばんは。……あの山脇さん、今日も散歩

ですか?」


「こんばんは。はい、今日も散歩ですね」


小説をがむしゃら執筆してから散歩に出ていた。

ぼんやり歩いていると淡々な声音で挨拶する冬雅。この日の時刻は21時。

彼女の容姿はあまりにも美しかった。思考は現実感を失わせて幻想にいざわれる。


「あの…いえ、なんでもないです。それじゃあ」


なにか言おうとして彼女は喉の奥に押しとどめさせた。どうしたんだろう?


「は、はい。じゃあ」


軽く会釈すると彼女は、そのまま真っ直ぐと向かい横切って歩き去っていく。

そんないつもと違う反応をされて俺は無礼な振る舞いをしたか振り返るが思い当たらず別の方向へ思考を向ける。そして考えて見えてきたのは――

もしかして俺に惚れたのではと至った。


(はは、まさか……。

そんなこと、あるわけないだろう。

自惚うぬぼれ過ぎじゃないか俺よ)


そうすると彼女がした行動が読めずに俺は不安を覚えていた。

もしかすると何か相談したくて言い淀んでいたのでは。

次は他愛のないことであっても言ってもらえるように接しやすく話をしてみようと決める。

――そして五月末日まつじつ

ゆるやかな気温だった。

彼女の遭遇率が高いのは午後九時だ。もちろん彼女と会うことを口にしていないので完全に直感と最も遭遇してきた時刻を頼ってだ。

偶発的にではなく自身から彼女を会おうと俺はしていた。

そのことに不純な動機あるのではと疑い、無意識にあるドロドロした汚い感情を探そうとするが存在しなかった。

邪な心が無いか?ここまで執拗的にまで疑惑の目を向けるのは自分を信じていない正常バイアスなんだろう。

鍵を閉めてから道路に出る。


(ここまで考えるのは俺の性質によるもので

なかなか直れるようなものじゃない。

正常バイアスを抜けないと)


「…こんばんは、山脇さん」


彼女の家を通ると挨拶された。

考え事していて気づかなかった。


「こ、こんばんは…あれ。あの顔色がすぐれないようですけど大丈夫かい?」


「はい平気です。それでは……」


語ろうとしない。弱音を吐露とろしようとしないのだろうけど、それは子供が我慢していいものではないと強く感じた。


(それに鮮明に焼きついている……

寂しそうに求める顔をされたら)


このまま見なかったことには出来なかった。


「待ってくれませんか。

勝手ながら峰島さん困っていますよね。

解決の力になれるとは言いませんが相談なら力になれますよ」


彼女の足は止まり、ゆっくりと振り返る。

驚きの色はなく冷たい顔をしていた。


「そう、ですね。前に喋った公園でいいですか?」


指定された公園は最寄りだけではないのだほう。そこで名前を知った場所だ。

断る理由あるはずがなく首を縦に振る。

移動の間は会話することなく進んで入る。

人の気配なくベンチに腰掛ける。


「私の時間はいくらでもあるよ。

なので、遠慮せずにどんどん喋って何時間でも話を聞いてあげるから」


時間を奪われることに配慮されないように言った。だけど真に受けないだろう。


「はい。…わたしは

必要ないって思ってきたんです」


「そうですか…なっ!?えーと、その必要ない人なんていない!とは言わなけど……

峰島さんの事情は知らないから断言は出来ない。それでも君は必要な人だ。

少なくとも俺のような人には良き話の相手としてね」


自分が必要とされないと自虐的に言われれば俺は受け流すことは出来ない。

表情を変えずに言葉を淡々と発した彼女、

以前にみせた笑顔は幻で目の前の錯覚か。


「……学校の生徒や先生に

塾の知り合いや友達…そして両親もです。

心から親しいけど本当は、心の奥底から親しく話してくれないと感じるんです。

わたしの話を表面だけ聞くだけで本当に聞いてくれません。こんなふうに言われたのは初めてで嬉しかったです」


抑揚もなく語り出す彼女。ずっと孤独であると。


(無表情だったけど、嬉しかったのか。

誰も親しく接してくれないなら。愛情に飢えているのだろうか)


まだそう判断するか時期早々あるかもしれない。なのでもう少し聞かないと。


「ずっと仕事する両親にでも話そうにも帰ってこないですし。久しぶりに話をしても満たされませんでした。

しかも、昨日やっと帰ってきても部屋が汚いと怒られました。

それは…別に仕方がないから

いいんですけど……」


顔をうつむいた彼女の頬は上がった。

その笑みは乾いた絶望の笑みであるが。

いつまで待っても彼女は言葉を発そうとしない。

表情が乏しく一体どんな心境なのか推し量れない。しかし唯一と判断の出来るのは手が震えていること。


「久しぶりに挨拶すると無視されて

しかも、睨まれて……あー、うん。

わたしっていらない子なんだと、この歳になってようやく悟りました」


どういう感情なのか横目で見つめると彼女の目尻から涙を一滴。

そして少しずつ流れていき次第に嗚咽をあげる。

彼女がどれほど苦しんでいるかは俺には完全にその元凶や根源を理解は出来ない。

何故それほどの苦痛かは理解しなくても悲しんでいる事実だけは目の前で理解している。


「峰島さん…それは考え過ぎだよ」


制服の袖で涙を拭いていた彼女は、顔を上げるとキッと睨んできた。


「そんなこと…あなたに分かりますか!

わたしは両親だけが愛してくれると心の奥底で疑いのない信じていたんですよ。

それが支えでいたんです。

けど…もう誰にも…わたしを愛してくれないんです!?見て……くれないんです……」


ぶつけてくる怒気には甲高い絶叫でもあった。

そこで自分がしたことは軽はずみな事だとようやく悟った。憤激で返されたことにショックだが、それ以上にその姿が悲しい。

どうにかして救いたい!そう決意をした。


「俺が見る!誰も見向きもしなくても、遠くから見守る。もうその悲しみを知った俺が…支える!」


「さ、支える?」


口を小さく開けてポカンと驚愕する彼女。

ほとばしる感情に任せず、わずかにある冷静さで思考を巡らして言葉を慎重に選んで言い放った。


「そうだよ。誰も愛していないなら、

わずかな愛情だけしか向けられないけど…君の幸せを俺は願っているんだ」


君は一人じゃない!だから寂しく

思わないでほしい。愛が必要なら……求めて

いるなら俺が求められる愛情で接する。


(けどもっとも愛情をどれだけ伝えれるか分からないし自信はない……

人付き合いは苦手だし下手すれば一割も伝えれないかもしれない)


「わたしの…しあわせを?」


「願っている!」


「本当にですか?」


「ああ。嘘偽りないのない言葉だよ」


「…うぅっ、

うわあぁぁぁぁーーーッ!?」


滂沱ぼうだの涙を流す彼女は此方こちらに向かって走り出した。

そのまま勢いよく胸に飛び込んできて彼女は抱きついてきた。

顔を埋めるように胸の前で激しく泣き始める。

これは彼女が求めて望んでいた言葉。


(やっと年相応な顔を見れた気がする)


俺は彼女を安らぐようにと真心を込めて頭を優しく頭をでる。

これからも苦しくて過酷な人生が待っているだろう。されど…笑い泣けるような心を許せる話し相手ならなれるはずだ。

そんな頼れる存在になれるか分からない。

そういう存在に自身に固く誓うのだった。

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