第47話―かつての彼女はニヒル・アドミラリ3―

それは三年前のこと。

夜の住宅街は閑散としていて歩行者の足音だけが鳴る。働くことを理由に堪えていた山脇東洋は解雇され生き生きとしていた。

アニメショップの帰り道だった。広くも狭くもないといった住宅の道路で曲がり角を曲がろうとして左肩に軽い衝撃がした。


「すみません」


「い、いえ。こちらこそ」


人にぶつかった。こうなったのは壁に沿って歩いたことによって屈折路くっせつろをたまたま同じく向かって当たった。

そう判断しながら反射的に俺は謝罪、すると鈴を転がすような美しき声が返ってきた。

どんな人なのだろうと好奇心に顔を上げると、想像に絶するほどの美貌だった。


(夜であっても輝く長さと艶やかな黒髪、

雪をあざむくような白い肌。それにあのブレザーどうみたってJKさんじゃないか!?

こんな夜、遅く一人だけなのだろうか。

これが普通?いや家族とか先に行っているとか)


とびきりの美少女に、俺はつい見蕩れてしまっていた。そして顔をじっくり見たからこそJKさんの表情が乏しさを見て痛みをおぽまえた。


(どうして表情がそんなに乏しさでいるんだろうか。意欲とかそういえのが感じない)


住宅街の曲がりでソフトにぶつかった彼女は喜怒哀楽を夜風に流れていったのかさえ思える無表情。

うつむき加減に心配していると彼女は俺の視界に半分ほど入るようにして顔を覗き込んできた。


「その、顔色が悪いようですけど

大丈夫ですか?」


「えっ?あ、はい大丈夫です」


心配させていた?

まさか初対面の高校生が逆に心配されるとは…そんなにヒドイ顔をしているのか?

だとしたら自分では疲労していないつもりでいたが理不尽なリストラにまだ尾を引いているのか。無意識に囚われて……。


「あの、突然こんな事を言って混乱しますよね。…その、悲観そうにしていましたので」


悲観か…そんな顔していたのか。


「そうですか?けど確かにそうかもしれませんね。ご忠告ありがとうございます。

以後、気をつけます」


変なプライドが邪魔をする。正直な心の内では声を掛けられた事が嬉しかった。

それは圧倒的な会話の不足、こうして誰かと話すのは久しぶりな気がして満足感が増している。


「勝手な心配で、ごめんなさい。

もしかしたら思い過ごしで見当違いかもしれません。

お身体にお気をつけてください」


「あっ、はい。見知らぬ大人の体調なんか心配させて申し訳ない。それじゃあ」


弾むような、きっかけもなく会話は終わりへと向かい何も起きずにと流れる。

これが小説家を目指そうと自暴気味な俺と全てを冷めた峰島冬雅の最初の出逢いであった。

やはり警戒していたのか彼女は走っていた。

たまたま走った方向が、今から帰ろうとしての帰路と同じだった。

遠回りするべきかと悩んでいると彼女、峰島冬雅は建物の門をくぐった。


(……お隣さんだったのか)


意図的ではないとはいえ彼女の自宅を見てしまった。すぐ記憶をつかさどる海馬にその情報を消去しようと意識するが電子機器と違って思ったような動作や操作は出来なかった。

しかも俺の家から左に佇んでいる。

これは忘れることは出来ない上に、今後また顔を合わせるとなると億劫だ。

会釈の挨拶をする程度が楽で世間話はあまりしたくはない。

あまり人とは関わりたくない心理から俺は、ため息を吐いた。まさか、こんな左のすぐなんて。


(いや、次から挨拶するわけ無いじゃないか!

そうだ。27歳のニートなんか声をかけない。

こんな俺に挨拶なんて掛けないだろうし、

するわけがないんだから…)


逃げるようにして入っていた彼女の先に、

白を基調とした二階建ての一軒家を見上げる。

どうしてそう卑下するか、簡単。

たまにしか外に出ない俺は周囲から奇異な目を向けられる。リストラされ気力の方向を小説に向ける。そうして満ちることない達成感と希望を求めている。さぞかし俺はしかばねと化したフェイスしていることだろう。

そう楽観しての3日後――。


「こんちには」


気分転換にと夕陽の時間帯に散歩しようと外に出ると彼女がいた。横切ることなく挨拶されスルーという選択肢は消えた。


「…こんにちは」


「驚きました……

隣だったんですねぇ」


おそらく彼女からすれば明るく声を掛けたつもりかもしれないが抑揚がない。

冷淡な表情と声調。彼女はそういう感情の起伏が苦手な体質のようなものだろうと、そう判断して決めていた。


「そうですねぇ。それじゃあ私は

これで」


「あっ、はい……」


まだピジネスマンとして長く続けて身についた一人称の『私』を多用したことて日常生活まで口にしていた。いまさら俺なんか呼ぶのが不自然で落ち着かなかったからだ。

まだ会話したかったような言葉だったが声は淡々としていた。

どこか違和感を覚えていた。

―――翌日の夜9時。手詰まりだった。小説のプロットやどういった方針するかと定まっているようで定まっていなかった。

とりあえず夜の帳が降りた道路を徘徊はいかいしようと考えた。

二月になっても寒いままだ。しばらく彷徨さまようよう頭を無心にさせて歩くと――。


「あっ…こんばんは」


「こんばんは」


まさかこうも遭遇するとは思わずにいた。

戸惑いも平常心を保って挨拶。

そのあと世間話には発展はせずに彼女は

会釈して此方こちらも会釈を返して、これにより会話はこれで終了。

挨拶をするようになってから中旬が迎える。その日も彼女と出逢った夜9時で徘徊していた。彼女がどうして夜道いつも一人なのか不思議で仕方なかった。この地区では他と比較的に安全とはいえ不安だ。


(だからって、こんなストーカー紛いなこと……してどうするんだ?

彼女を危害を加えるのは俺じゃないのか…)


家に入るまで帰り道の曲がり角で待つなんて正気じゃない。

美少女ゲームを頻繁に遊んでいるが、さすがに現実の女の子を恋愛対象とまでは見るほど混合していない。

リアリストに考えをすると、その虚構の少女は裏では大人なのだ。脚本、演じる声優や俳優など用意されたセリフも衣装も作品を魅せるための装飾なんだと至った。


(……引き返そう。

俺が影で見張っても懸念された場面になっても助けられるのか分からないし、俺がこれ以上この危険な思考は破滅させる)


――翌日。ほのかに空を輝かせる月の下、すっかり習慣となっていた夜9時の徘徊。

もう待ち伏せまがいなことは、やめてバッタリと合わないルートを選んで歩いていた。

普段なら通らない住宅の道で彼女と接触した。


(意図的ではないんだけど。避けようと初日で…こんなこと現実にあるのか?)


沈黙したまま横で、すれ違うわけなはいかない。


「こんばんは」


「……えっ?こ、こんばんは」


挨拶されたことに彼女は珍しく分かりすく顔にビックリしたと表れていた。


「…なにか、ありましたか?」


「ないです。そんなこと見知らぬ貴方には関係ないですよねぇ!」


壁を感じさせる声は、どう聞いても明確な拒絶だ。感情を読み取れそうにない瞳。

干渉してくるなと示唆している。


「…そうだね。それじゃあ」


「はい。失礼させていただきます」


足を止めて短めに話をした彼女は帰路へ。

俺は徘徊しながら考えた。もう少しだけ踏み込んだ聞き方をすればと悔やむ。

しかし、他人がそこまでやるのは

無礼すぎるのでは……。

そして次の日だった。

この日も午後九時に徘徊していた。

この日は会うことなく門をくぐろうとすると彼女が横切ってきた。


(これ、声をかけた方がいいかな)


躊躇しながら俺は挨拶することにした。


「こんばんは」


「…こんばん…は」


(元気がない……)


生気が無いばかりか酷く疲れている印象だった。そんな披露の顔を見たからか俺は

踏み込むべきじゃないと思考はなかった。


「大丈夫ですか?もし悩みや苦しいのでしたら聞かせてもらえませんか。

なにがあったか私に言ってけれませんか」


「……なにを言っているんですか?

話しませんし……何もならないよ」


そのセリフと態度は強く拒むもので冷たい拒否を感じた。だが細かく小さな声を聞き取れた。

わずかな高低の嗚咽おえつを。


(もし勘違いならどうしよう……

いや、助けを求めるような声が

聞こえたんだ!

違っていたら、それで

いいじゃないか)


天秤てんびんをかける迷いはない。

小さい頃から今でも誰かを助けたいという独りよがりなエゴリズムまだくすぶっている。


「…愚痴ぐちでも吐けば気が楽に

なりますよ。…あはは。

お節介かもしれないけど、他人の私なら、私だから言いやすいと思うよ」


「……」


コクッ。彼女が首を前後に振って肯定する。


「わたし…誰かに見て欲しいんです」


よく見ないと見えない苦痛に歪んだ表情。

感情的になった彼女は吐露とろした。


(誰かに見て欲しい…か。

彼女のような容貌なら、そんなこと叶えられる。なら、それは磨いてきた容姿じゃなく…内面か!彼女は外面じゃなく内面を見て欲しいと望んでいる?)


こうして判断したがあくまでこれは憶測。

もう少し話をして苦しみの根源を知らないと。


「…外側はいつも見られて

褒めてくれるけど……

能力的なことも。

だけど、内面を見ようとする人が

いないから…」


「うん」


彼女の小さな語りを相槌を打ちながら俺は熟考する。やはり内面は心、なら性格の属性にある人間性を見てほしいのだろうか。


(それだったら、カウセリングや

親が見てくれているはずだ。

いや、カウセリングは診ていないのでは?)


心に関わる悩みをカウセリングで解決しようにも先生にもよる。

診てもらったけど芳しくなかった……なら俺も同行するかべきか。

個人的には発生しない企業や組織の守るべきプライベート保護法があるから――


「本当のわたしを見てくれない。

誰にも親にも」


「……えっ?」


返事を無言で待っている。どう答えたら正解で間違わない回答になるのか苦慮しながら俺は深呼吸して言う。


「その、困ったら気さくに

言ってほしい。今から馴れ馴れしく話し合おう……なんて出来るはずがないからね。

でも、今夜のように私でいいなら愚痴ったり自慢話とかすればいいよ」


「…は、初めて、です」


「んっ?初めてとは?」


どういあことだろうと俺は気づいたら首を傾げてオウム返しのように尋ねた。


「フフっ、実は少し試したんです。

もしかしたら弱った相手を甘い言葉で、つけ込むような人だったら…。

でも、そんな虎視眈々と狙っているんじゃあと警戒していたんです。

あっ。で、でも、さっき言ったのとは

本当ですよ!!」


彼女は両手を胸の前で拳を作ると上下に揺らして勢いよく続けざまに言った。

迫るような勢いに圧されながらも頷く。

表情が和らいでいる。

ここにいる彼女が別人じゃないかと錯覚を覚えるほど明るく笑っている。


「ああ、そうなんだね。

その心配は無用と言いたいけど

当然そこは安心するのは時期早々が普通だね」


「な、なんだかすみません。

もう襲われていますよねぇ。普通に考えたら夜の女の子が一人ですし」


いや、そこで虎視眈々と狙うことは無いと判断されるのも…どうかと思うのだけど。

もしかすると配慮して言葉かもしれない。


「私は、人を好きになる切実な気持ちをすでに忘れたんだ」


「……わすれたんですか?」


「ああ。私の身の上はこの辺にして、気にせずに。どんどん話の続きを」


さすがに俺の悩みをJKに聞かせるのもどうかと思い留めた。急な閑話休題へと勧めた。


「それじゃあ…少し甘えようかな。

じゃあ近くの公園まで散歩に

付き合ってくれませんか?」


「ああ、もちろん。いいよ」


ここから公園まで8分ぐらいの距離。

並行しながら彼女は訊いてきた。俺はこれを言っていいものかと悩みながらも、きっと薄々と感じ取っているから語った。

こんなご時世で失業率が減って職者が力強く雇用される中で解雇されニートとなってから膨大な時間を小説に使っていることを。

そのあと拙い諧謔かいぎゃくを入れて喋ると彼女はクスクスと控えめに笑う。


「着きましたね」


そう言うと彼女は緩やかに歩く。


「さて、自販機があるから。なにする?」


「えっ?あぁー、はい。コーヒーにしようかな」


唐突な質問なのだろう。戸惑いながら答えると首を傾げ、その瞳は、どうしてそんなことを尋ねている。

そのキョトンとした顔が月に照らされて美しいと心の中で呟く。


「そ、それじゃあ奢るよ」


「い、いえ!自分の分ぐらい

払いますよ」


なるほど奢ってもらうと発想なかったから先程の首を傾げたわけか。

軽い譲り合いの精神による攻防戦に俺が勝利して彼女の分コーヒーを買うことに成功した。


(……一体なにを戦っているんだろう?)


それから彼女と並んでベンチに座る。

彼女は楽しげに愚痴り語る。

俺は、それを隣で相槌を打ちながら

乾いたコーラを飲む。


「すみません。話しすぎましたねぇ」


止めるべきだったと反省する。


「はい。時間を忘れるぐらい

楽しかったです。

…その今さら、なんですけど

お名前を伺っても?」


「ああ。言われてみたらお互い知らないんでしたよね。

私の名前は山脇東洋やまわきとうよう


かつて偉人でそんな名前の人がいたとは、つけ加わずに名乗った。


「やまわきさん…。

わたしは、峰島冬雅みねしまふゆかです!」


彼女は微笑を浮かべられ俺はフリーズした。

あまりにもその笑みは……。

そして、どことなく儚く美しかった。

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