第6話―契り結ぶクリスマスⅡ―

午後は冬雅と付き合う時間だ。

不安から真奈を見送りに出掛けたが冬雅と道中でそれ違うこと無かった。

真奈を見送ったあと帰り道、電車に揺れながら冬雅のことを考えていた。

時計の長短の針が頂上に重ねた時間帯に出てくるだろうし手前には家を出る。

なら正午を迎えて真奈と行動中で遭遇しなかったかは冬雅が俺が真奈を家まで見送ることを予想していたのだろうか。


(とりあえず会おうのが遅くなると連絡しておかないと)


スマホを取り出して簡潔な内容で送信。

もし冬雅がそう考えていたなら真奈に、家を出て遭遇しないよう配慮したことになる。

その疑問を的中しているか確認したい好奇心は隅に追いやることにした。

――駅に降りて、お土産でも買って帰ろうとミスタードーナツに寄って帰路に就く。

冬雅の家が見えた。そして接触する距離にある隣に立つのが俺の家だ。

塀から門扉の前まで歩いてドアの前で身を縮めて待つ美少女の姿があった。

相思相愛の峰島冬雅…そして何故か隣には

花恋かなも寒さに耐えながら立っており、俺の姿にすぐ気づいて近寄る。


「あぁーっ!やっと来ましたか東洋お兄ちゃん。どれだけ待たせたと思ったと思うんですか。少しは考えてほしいもので…すね……

それミスドじゃん。

もしかして私のために買ってきたの。

だったら、そう言えばいいのに」


目を輝かせたのはミスド(ミスタードーナツの略称)の花恋。

実は二人分しか購入していなかったが花恋にそんなこと言える流れではなかった。


「こんな寒い中で待たせてしまって悪かったよ。中に入って冬雅とドーナツ食べるだよ」


「はーい!」


ドーナツの箱を嬉しそうに受け取った花恋は

目尻を下げてルンルンと鼻歌交じり。

そして冬雅は、そんなやりとりに目を細めて優しく見ていた。

ふむ…ずいぶんと大人になったものだな。

そう上から目線にならないと動揺する魅力が放った。

ドアを開け、靴を脱ぎ上がりかまちに足をつけて廊下を歩き洗面所に向かう。

習慣化となった手洗いを済ませてから居間にと入る。


「あれ?冬雅さん戻ってきませんね」


「そうだな。ちょっと見に行ってくる」


「駄目ですよ。化粧けしょうを直しかもしれないじゃん。座って待っていようよ」


リビングを出ようとして慌てた花恋に服の袖を掴まれ止められた。化粧…高校生の時も軽めだったがしていたしオシャレに余念が無い冬雅ならありうる。

ここは花恋の言葉に従って待つことにした。

しばらく花恋の学校生活を聞き手となって数分後、冬雅はドアを開けて入ってきた。


「ごめん、ごめん。お化粧していたら遅くなってしまったよ」


やっぱり化粧だったようだ。

けど、あまり変わっていないように見えるのは俺が疎いからだろうか。

冬雅は俺たちが座る炬燵こたつの横に進んで腰を下ろした。


「本当だよ。

お腹すいので食べよう。いただきます」


花恋が手と手のひらを合わせて食事をするときに使用する感動句を口にする。


「「いただきます」」


俺と冬雅は声が重ねるようにして後を続いて同じ感動句を発した。

さて、つい勢いで俺も食べるような言葉をしたが外デートも控えていてドーナツは二つ。

なので俺は冬雅たちが食べ終えるまでコーヒーを淹れようと席を立つ。

今日はクリスマスイブなので少々と高めのインスタントコーヒーにしよう。

湯で入れスプーンで混ぜて、まず二人分を炬燵の上に運ぶ。


「あっ東洋お兄ちゃん淹れてくれたんだ。ありがとうね」


「私もありがとう。お兄ちゃん」


「どういたしまして」


さて後は自分の分のマグカップを持って席へと戻る。炬燵は暖かい。

子供の時は炬燵からは離れたくはないと思っていた時期もあったが大人になるにつれて抵抗感がすっかり薄れていた。

これは勤勉や成長というよりも慣れかな。


「あの…お兄ちゃん」


「ん、なんだい冬雅」


「口を…開けてください。あ、あーん」


なんと冬雅は食べかけのドーナツ(種類はオールドファッション)を口元まで差し入れようと手を伸ばした。

白磁のような白い頬には薄くから一気に真っ赤にと染まる彼女。


「食べさせようとするのっ!?いや、食べかけだし間接的になるよ」


それは間接キスになる。

それを分かっているから冬雅は赤くなっているし恥ずかしがっている。

だけど冬雅は目を逸らそうとはしない。


「二人分しかないですし…それに片想い中のJKだった時のわたしと間接キスなんて

いっぱいしてきたよ!お兄ちゃん」


「け、けど感染する危険性は少なからずもあるわけだし。優しいさは伝わっているから、その気遣いだけで満足しているよ」


手を洗っているとはいえ感染の小さい可能性も冬雅たちを考えれば凄まじい高さと変わらないのだ。

なので諦めてもらおう。


「それは安心してください。

そう反論すると思って事前にしました。

感染しないよう何度もうがい済ませていますし、手を数十回も磨きました」


まさか洗面所で時間が掛かったのはその為なのか…おそらく入念に、過剰なほどした。

冬雅はそういう女の子だから分かる。


「……」


何を言えば思い浮かばない。


「いつか間接キスはしようと思ったんです。

お兄ちゃんの好物オールドファッションあったので!きっと、わたしと食べながら談笑しようと楽しみにしていたんだろうなぁと

考えたら…。思い違いなら恥ずかしいけど、

早とちりだとしても。

この機に、わたしと食べませんか」


目をうるませて冬雅は上目遣いで見つめてくる。ここまで言われ、懇願されたら断るという人がいれば経緯を払いたい。

大人として誘いをここで断るべきだろうし、気の利いたこと言うのだろう。

けど、俺はそれをどちらも持ち合わせていないし情に弱いところを自覚している。


「わ、分かった」


首肯する。冬雅は枯れた花が奇跡的に咲かすように眩しく笑う。


「えへへ、それじゃあ。あーん」


こうなれば早く食べて、美味しかったと鉄の心で言うだけだ。

決して戸惑ったり照れたりはしない。

冬雅は、ゆっくりと慎重にドーナツを口に運んでくる。

手が止まると、食べていいと合図と受け取って俺は差し入れてきたドーナツを食べる。

咀嚼するけど、いつもよりも甘く感じる。


「………」


「お、美味しいですか…お兄ちゃん」


「ああ」


「えへへ、よかった」


そもそも冬雅が作ったわけでも買ったわけでもないのに訊くのは、おかしいと思うのだが。そんな冬雅の笑顔を見れて幸せだなと、しみじみに思っていると――


「コホン、コホン。

二人だけ世界に入らない。東洋お兄ちゃんと冬雅さん。あまりイチャイチャしないでよ」


傍観者の花恋。

冷ややかな目を向けているが、頬は赤い。

そうさせるほど俺は冬雅とやりとりしていたことに。


「ご、ごめん」


「ごめんねぇ」


二人で謝罪をする。

そんな恥ずかしく貴重な時間の後、今度こそ外デートすることになるのだが。

靴を履き終えた花恋が玄関ドアをくぐる。


「それじゃあ行きましょうか。

東洋お兄ちゃん、冬雅さん」


「そうだねぇ。お兄ちゃん早く」


気を遣うことをしないのが花恋だ。

おそらく冬雅と二人きりの時間を許そうとはしないだろう。

その考えが的中したと判断したのは夜のとばりが降りたときだった。

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