第2話 恩返し

 あの凶悪なドラゴンをたったのひと振りで葬った彼は堂々とそこに立っており、その姿は勇者と名乗るだけあって勇ましく、凛々しかった。にわかに信じがたいが彼は本当に勇者なのかもしれない。


 「なんだ?せっかく助けてやったのにゴブリンみたいな顔色しやがって。大丈夫、俺はあんたに危害は加えない。」


 彼は光り輝く剣をあっという間に消し、僕のほうへゆっくりと近づいた。


 「俺の名前はヴィルタス、さっきも言ったがただの勇者だ」


 「あんたには借りができたなクソガキ。お前が食べもんくれなきゃドラゴンを討伐できなかった」


 くれたというよりこいつが勝手に奪ったのだ。僕の唯一の非常食を彼は俺の許可なしにむさぼったのだ。しかもさっきから僕のことをクソガキ呼ばわりしてくる。こんな勇者があってたまるのだろうか。


 「クソガキよ、お前の名前を聞かせてろ…ってあれ?」




 僕は逃げた。ここは『魔の河川敷』。確かに変質者が集まる場所であるが今回のように全体的におかしいのは生まれて初めてだ。あそこに長居しては危険な気がしたので急いで帰路へと足を運んだ。

 しばらくすると細い路地がある住宅街にポツンとある、貫録のある赤い屋根の家。  

 そう、愛すべき我が家である。僕はようやく家に帰ることができたのだ。


 「ただいマンホール!」


 「おかえり勇斗、あとそれおもんないからやめたほうがいいわよ」


 帰宅時の挨拶と母親の鋭いツッコミ。これが我が家である。いつも通りの風景に僕の焦りだった心もようやく落ち着きを見せた。

 我が家は僕と母の2人家族である。父は幼い時に離婚して今はいない。生計は母が一人で立てている。頑張り屋の母だ。


 「母よ、新しいゲームが欲しいかったから昨日財布から4万円抜いといた」


 野菜を包丁で切る音が途中で止まった。母は料理をいったんやめ次の瞬間、こちらを鬼の形相でにらんだ。蛇ににらまれたカエルとはこのことを言うのだろう。しかも本日2回目である。(さすがにドラゴンのほうが怖いがこちらも怖い)この動作は母の雷が落ちる典型的なパターンなのだが不気味なことに雷は落ちなかった。それどころか母は万遍の笑みを浮かべているのだ。


 「大丈夫よ、今日ボーナスが入ってね、なんと7万よ!うふふ、儲かったわ。」


 いやな予感がして僕の部屋へ戻った。しかし、そこにあった風景は僕を2回目の恐怖のどん底へとおとしいれた。

 綺麗に片付いた部屋。だがどこか寂しい。そう、僕が集めたエロゲーにゲーミングパソコン、同人誌、まるまる机や本棚から姿を消していた。

 僕はこれまでにないほどの絶叫をあげた。喉を思いっきりつぶし甲高い声で悲嘆した。瞬間、お風呂が沸きました音楽が家中を響かせた。まさにそれは僕に対するレクイエム。その音楽はしばらく家中に響き渡っていたという。

 母に呼ばれ、気が気でないままリビングへ向うとすでに母の料理は完成していた。今日のメニューはかつ丼である。皮肉な話だ。僕はこれから一体何に勝てばいいのだろうか。上機嫌な母を横目にいただきますを言い放ち、そのカツ丼を食した。肉と衣が口の中で和平条約を交わしている。悔しいことにうまいとつぶやいてしまった。


 「母!お代わり!!(涙)」


 気づけば皿は空っぽである。今日はやけ食いだ。母は変わらぬ笑顔で僕の食器に新しいカツ丼をよそいに行った。今日は散々な一日であった。クソ坊主にアイナを取られるわ、河川敷で勇者とかいう名の変質外国人にかかわるわ、母にゲーム全般売却されるわでいろいろと忙しい一日で神経がやられそうである。

 そういえば外国人はあの後どうなったのだろう。なぜかあの凛々しい姿をいまだに忘れることができない。だが所詮は河川敷で出会った人だ。彼とは一期一会の関係だろう。とりあえず今日起こったすべてのことはこのカツ丼を食べて忘れよう。あと明日は本当に学校を休もう。疲れたし普通に行きたくないでござる。

 そう思っていた、がたまたまついていた40インチのぼろいテレビからとんでもないニュースが流れていた。


 『…ったった今速報が入りました。・・・?!

 都内河川敷にて謎の生物が出現しました!中継が入りました、そちらにつなげます』


 『こちら中継の都内上空です、見えますでしょうか黒い霧の中の影。』


 見覚えがある、というか忘れはしない。あの姿はあの時の竜と全く同じであった。黒い体に、光が反射して黒く見える鱗。殺気立った目はさっきの母の目より恐ろしい。


 『あ、待ってください!近くに人影が見えます!』


 まさか!?中継のカメラが徐々にその人影にズームアップしていく。人影が見えてくるにつれて僕の心臓の鼓動は徐々に大きくなる。


 『あ、見えました!・・・人です!コスプレをした人が謎の生物と戦っているように見えます。』


 そこにはぼろぼろになりながらも必死に戦っている勇者、ヴィルタスの姿があった。鎧はもはや鎧としての機能を失っており、彼の持つ光り輝いていた剣も今となっては輝きを失っている。このままでは彼は・・・


 「勇斗、おかわり持ってきたわよ」


気が付くと僕は母がもって来てくれたカツ丼をどんぶりごと手に取ると急いで家の玄関を飛び出していた。河川敷には僕の足で走ってせいぜい5分くらいだろう。僕は確かにデブだが動ける方のデブだ、体重100キロのクソガキを舐めてもらっちゃ困る。

 こうして僕は薄気味悪い夜の河川敷へと向かった。



 


 


 

 


 


 


 

 

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