1728

日中はさほど大きく動くことはなく、相手を見極めるべくちょっとしか小づきあい程度だった。

17時を回り、陽も沈んできた時だった。

一筋の光線が空を割る。

割れ目の奥には一人の男が目視できた。

「あいつ…は」

間違いない。獅子熊 樹

僕が相手するやつなのだが…

なぁレナ。あれって空を浮いてるよな

『そのようですね』

俺飛べないんだけど…

『その点はご心配なく。軍が密かに進めているという制空作戦の一環で、一時的に空を自由に動けるに過ぎません』

密かにって…なんだ?

『正直言って、私たちの情報収集能力は随一ですから。で、獅子熊が空にいる時間ですがせいぜい10分程度でしょう。それを防ぎ切りさえすれば問題ありません』

難しくない?それ…

『拠点の方は咲楽さんによる護りがあるので当たっても問題ないかと。ですので、自由組への砲撃を止めるだけでいいはずです。』

………どうやって?

『奴の能力自体は威力はすごいものの、コツさえ掴めばカウンターできてしまうんです』

つまり、レナがタイミングを合わせてくれるってことだね?

『ドンときやがれです』

頼もし過ぎるよ、僕の相棒。

『それに、多分下では神仇さんと咲楽さんも対応してくれてるはずです。一応デバイス間で共有はしておきますが…』

なら、まずは試してみないとだね

なるべく高い位置を目標に、行動を開始。

レナの指示に合わせ中数秒おきにくる砲撃をそこら辺に落ちている瓦礫を使って跳ね返す。

ラッキーなことに、巻き上がった砂埃のおかげで向こうからはこちらの正確な位置を補足できず、逆にこっちはレナによる視覚サポートのおかげで正確に狙いを定められる。

最初の方は跳ね返しきれず、あわや近くで戦闘している集団に飛び火するところだったが、3、4回していくうちにだいたい掴むことができた。

そうして10分近い耐久をし狙っていた高台を目指した。

地面に降りてきた獅子熊をとらえ、暴れられる前に接敵する。

『全力入りますっ』

了解

先制攻撃を仕掛け、1体1の戦闘開始。相手からの砲撃は脅威だが連発はできない。

こちらの得意とする肉弾戦で、力押し。

ものの1分で、レナの指示する急所に渾身の一撃を喰らわせ、あっけなく勝利。

するとすぐに上から巨大な波が押し寄せるも、気がつくと地面が多少濡れた程度になっていた。

神仇さん…かな。

『そのようですね。一瞬ですが能力の使用を検知しました』

どんな能力?

『…秘匿事項になります』

そう…なんだ。

『戦闘の終了と認識したため、強制的に省データモードへと移管します』

あ…ありがと

結局相手の声を聞くことなく圧勝。

どうにかして拘束でもして、仮拠点に帰ろうかと思っていたが、倒れていたはずの獅子熊が忽然と姿を消した。

どういうことだ?

確かに、倒したはず…

あたりを見渡しても、どこにも獅子熊の姿は見つけられなかった。


軍本部にて。

「今のが…新たな脅威」

「流石に、人形では勝てませんか」

「まぁ、敵の動きがわかっただけでもいくらか作戦は立てようがある。焦らずとも良いのではないか」

「まぁ、俺なら問題なくやれるだろうがな」

「一撃も砲撃当てれなかったくせによく言うわ」

「いやいや、あんたこそ軍のナンバー1とか言っておきながら誰ひとりやれないとは情けないっすね」

「何久しぶりの戦争じゃ、さらにあの人形ではあの程度しか威力がでんのだよ童」

「爺さんは言い訳は死んでから言えっての」

「は、童は黙っておしゃぶり昆布でも食っとれ」

「はっ!こんなじじくさいとこ入れるかよっ!俺は勝手に行くぜ」

「餓鬼め」

後々わかることだが、今日の戦いのうち軍、組ともに死傷者0だが、怪我人が組の方が断然多く、救護、尋問できた相手のほとんどは組のものだったという。


「とりあえず夜は別働隊の出番だ。戦闘報告を終えた後、可能な限り休むように」

一同「了解」

「あの…師匠っ!」

「おう。想定外に敵の主要人物が出しゃばってきたと思ったら、倒したら消えちまうとはな」

「あれって一体…」

「多分だけど、うちで掴みきれなかった能力者か…どうか…ね」

陽さん…

顔色こそいつもと変わらないものの、雰囲気というか気分が、どうやら優れないのだろうか。

「…陽。ちょっと…いいか?」

「あぁ分かった。祥っ!また後でな」

そう言って2人は上のフロアへ行ってしまった。

なんの話…かな。

『覗きますか?』

レナがそれ言っていいの!?

『冗談です』

わあぉ。

『データから見ても、先の獅子熊戦は手応えがなかったと言いますが、あっけなかったと思います。ですが、放たれた砲撃や身体的特徴は瓜二つ。可能性として考えられるのは』

クローン

『能力に関しての仕組みは、難解ではありますが、最悪の場合あのような存在が複数敵対する可能性もあります。』

それは脅威だね。

『とりあえずシュミレーターによる打開策の発見を急ぎます。ですので、同時にメンテナンスしておくのも手かと』

ありがと。そうしようか

既に使える状態の地下通信室へと向かい、デバイスを手綱さんに預けた。

「中のデータで見ない方がいいものってあるか?なければ一括で読み込みたいんだが」

「ひ、ひとつだけ…その…日記は見られたくないです」

「わかった。ならそのデータだけ携帯メモリーに移したから、持っていってくれ。それ以外の精査をしておこう」

「ありがとうございます。あ、あと、獅子熊との戦いのデータも後で見れるようにしてほしいです」

「任せておけ。2時間後ぐらいにまたここに来てくれ。準備しておこう」

「わかりました」

待っている間、いつにも増して静かな時が流れた。

戦闘に参加するわけにもいかないし、できることといえば…飯だな。

少し自室でゆっくりした後、食糧庫横に作られた出張食堂に向かった。

「そっか、狐巳さんは本部にのこってるのか」

料理長一人で、あれやこれやと切り盛りしていた。

皿洗いでも…しようかな。

普通のうどんを食べ、料理長に話して皿洗いをかって出た。

「やっぱ、坊主は赤い方が良かったか?」

「そんなことは全くないです!」

「そうかならいいんだが。」

「いつも美味しいご飯ありがとうございます」

「なに、美味しそうに食ってくれてこっちも嬉しいぜ」

食器洗いを終えると、机の上にレモネードが置いてあった。

「内緒だぜ」

「料理長…」

甘酸っぱくてクセになる。それでいて爽快感を感じる味がたまらなく旨い。

「美味しいぃぃぃ」

「そうだろうそうだろう。なんせ、レモネード専用に作ったレモンと蜂蜜だからな。これを飲んだ後じゃあどんなレモネードも安っぽく感じちまうってわけよ」

「もっと飲みたいなぁ」

「残念ながら、次飲めるのは来週ぐらいだろうな」

「なんでですか!?」

「そりゃあ、女性人気がありすぎて予約がいっぱいだからな」

「へ…へぇ〜。じゃあ今飲んでるのは」

「こっそり取っといたやつだ。こうでもしなきゃ、男組は至宝の飲み物を口にできんからな」

「たしかに…」

「それにな、こうやってこっそり飲むってのもまた楽しいんだ」

「そうですね」

ふとコップの中を覗くと、よく知った人が写った。

「あれ?料理ちょ…」

横には既に人はいない。

「赤隥くん?お味はどうかしらぁ?」

「なななななんでしょうか、奏音さん!?」

「一仕事終わって、こっちに来てみれば…フフフ。美味しそうですねぇ」

「そうなんですよ。料理長が…」

厨房の奥で必死にいないアピールをしている料理長。

「今日の予約の分。残っているのかしら?料理長?」

料理長は息ひとつたたずにじっと居座る。

「あのぉ?」

「よ…よう!奏音くん。あれ?今日何かあったっけ?」

諦めたのか、何事もなかった程を装い現れた。

「惚けないでください?分かっているんですよ?」

「…いやぁ、予約時間にいなかったもんだからつい…な?」

「ふふ。そうですか。楽しみにしてたのになぁ…楽しみにしてたのになぁぁ!?」

この飲み物…やばいな。

日に日に奏音さんのイメージが変わっているというか、最早そこにはいつもの優しい奏音さんの姿はなかった。

料理長はといば、きっちり絞られた上に最高の出来ならアップルパイを作らされることになったそう。

料理長のつくるアップルパイとやら…美味しそうだな。

その後、奏音さんと一緒に手綱さんの元へと向かい、今回戦ったクローンと思わしき敵についての対策を練ることにした。


「無難に倒せる限り倒す。これ以外ないんじゃないか?」

「それではいつまで経ってもキリがない。何か弱点を探し出し、そこを突くべきだ。」

「いっそ軍内部まで工作し、作らなくするのはどうだ?」

「いやいや、もうすでにかなりな台数がいるとみて、もうそれは効果的な方法とは言えないんじゃないか?」

「いやいや、だったらまとめて襲ってきているはずだろ?そうじゃないってことは一台用意するのも至難の業なのかもしれん」

「そうなるとますます奴の正体を探らねば…」

時折、戦闘データを見ながら、どんな感じの敵で実力はどんなものか、レナから見た本物との差などを説明した。

「そうしていくうちに、ひとつの疑問に至った」

「どうやって動かされ、なぜその場から跡形もなく消えたのか。」

答えは単純。

誰かの能力により生み出され、その数には制限がある。

つまり、対象の捕縛が可能ならば可能性として新規のクローン。否、人形が生まれることはなくなるはずだ。


次の日、意思疎通の有無より人形か本物かを確かめ、それらを捕縛。

依然として主戦力を投入しない軍と、団による治療と当分の間の再起不能状態付与により一週間もたたずに休戦協定を結ぶ運びへと持っていった。

そうして形式上は一旦は危機を脱したものの、あまりにも手応えのない戦いに、なんとも言えない感じが強く残った。

結局は作戦の要とされていた第二王女も戦場に現れず、組も組で実力不足としか言いようがない者ばかりが戦地に送られ、軍と同様の再起不能状態付与を受けた。

ちなみにこの再起不能状態とは、敵を拘束後尋問にかけ、場合によってはボスの能力のもと能力を封じられ、さらには、本拠地から数キロ離れた農地での畑作を1ヶ月させられるというものだ。

案外、解放してもビル壁群の外に土地を持ち畑作をする者も多いんだそうだ。


今回の戦争というには規模の小さな戦いで、死者は0。

団としては目標達成だが、朔楽 陽助ただひとりはかなり悩まされるものとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る