そ…そんな…
陽さんが持って来た紅茶とスコーンをちゃぶ台に並べ、のんびりした雰囲気でたわい無い話を始めた。
ここ最近の師匠の珍行動だったり、ロリミネさんだったり。
初めて会った頃からすれば考えられないような状態だが、陽さんが止めてくれなければ今ごろ…今…
あれ?
「思い出せないんです。さっぱりとその時の記憶が抜けているような。なんというか」
「昔のこと思い出せない…か」
「はい。それだけじゃなくって…その…」
また言葉が…
ゴホッゴホッ…
「こ…言葉がつまるんだろ?」
ゴホッ
サクッとスコーンを食べながら咽せる陽さん。
「だ…大丈夫ですか?」
「ダイジョブ ダイジョブ。」
やっぱり掴みにくい人…
「っあぁあ。そのことなんだけどな」
「はい。」
「記憶のことは自分で乗り越える必要があるが、さっきの言葉が詰まったのは多分バスによるものだ」
「え?」
「戦争の意義でも聞こうとしたんだろ?」
…あ。
「どうしてそれを?」
「ちょうど同じ疑問を持ったんだがな、一瞬だけお前さんの様子がおかしくなってたんでな。もしかしたらと思っただけだ」
「な…なるほど」
「それに、俺はボスを最初から信じてはいないんだ。この腕を失ってからは特にね」
腕…
「この腕についてあんま言うつもりはないが、この建物全体を護るのに使われていてな。だから別に治そうと思えば治せるんだ」
「ええっ!?じゃあどうして」
「ボスとの取り引きでね」
「取り引き…ですか。」
「そう。僕が自由に動くって代わりにね」
「そうだったんですね」
「まぁね。そうでもしないと、探してるものが見つけられない気がして」
すっごいしんみりした会話なはずなのに、陽さんのスコーンに伸ばす手がどんどん加速しているのに目がいって、あんまり頭に入って来なかった。
「んで…別に、腕の一本ぐらいなくなるのは別によかったんだけどな」
いいのかい…
「そもそも、僕の体に攻撃を入れて、腕をもぎ取るってできないとは思ってたんだけどね」
「確かに…」
「でも、気づいたときには腕が持ってかれて、この建物の中枢に組み込まれてたってわけ」
「それはなんというか…不自然ですね」
「でしょ〜…で、その時のこと…まぁその前のこともそうなんだけど、記憶がすっぽり抜けちゃってるんだよ…やばくない?」
「やばいでね。でも、誰かから聞いたりして思い出せないんですかね」
「腕なくなったことと、戦争のことに関してはボスが関係してるってのは間違いないんだがな…」
そうですか…。
『祥さんに欠落している記憶についてですが、一応伝えておくと、頭の中から消えているわけじゃないんです。ただ…その…』
ん?
『どうしても、こちらから言いにくい記憶とでも言いましょうか…。教えようにも、教えちゃいけないて気が強くてどうにもならないんですよ』
どういうことだろう
「あの、今レナが言うにはなんですけど、忘れている記憶も別に頭の中から消えてるわけじゃないんだそうです。」
「つまり今僕と陽さんはボスからの記憶の書き換えと、また別の何かしらの影響による記憶の欠落が起きているということなんだな」
「多分。」
「やっぱりそうか。僕のデバイスもそう言っていたから、本当にそうなのだろうな。」
「え?デバイスって個体差あったり、違う答え出したりするんですか?」
「そりゃそうだろう。デバイスの人格…軸となるものは持ち主による影響を強く受けるし、人間らしさ。つまりは無駄を表現するために、それぞれの機械で異なる式を持っているからな」
「そうなんですか!?」
「そうだ。で、口調もその課題の一つってわけ」
「口調…確かにたまに違っている気がします」
「そうか。なら、ラフに話してって言うだけでまた変わるんじゃないか?」
レナ。ラフに話せる?
『もちろんっ!』
「ほんとだ!」
「そうやって、色々試しながら自分に合ったものを探すのも、一つの任務みたいなもんだからな」
「なるほど。そういえば何ですけど、」
「ん?」
「僕ってまだ入って1、2ヶ月じゃないですか?」
「そうだな。」
「それなのに、今朝の幹部の集まりとか、主戦力の陽さんとか神仇さんとかと遊んでいるじゃないですか?それっていいんですか?その…団的に…」
「ふむ。」
スコーンに伸ばす手を止め、少し考える始めた。
紅茶をグイッと飲み干すと話を始めた。
「間違いなくお前は即戦力だからな。それに、君の能力はかなり強力だが厄介なんだ。」
「厄介?」
「ここもあくまで俺の見解だが、お前は代命能力を持っている」
…代命…能力。
「そこは、少しづつ昔のことを思い出すことではっきりするだろう。だが、忘れるな。その時を多分ここのボスは待っている。」
「な……なぜ?」
「ボスは代命のことになると目の色を変えてな。そのはずなのに…いや。ここからは言えんな。」
「え?」
「そうだな…明日、ここに行くといい。話の続きはまた今度しよう」
そう言って、ポッケに入っていた地図に印をつけ渡して来た。
「わ…わかった」
多分、これが1番のヒントなんだろう。
僕が向き合うべきことの。
結局、紅茶一杯だけ残し、スコーンを食べ干した陽さんは帰っていってしまった。
「腹減ったなぁ…」
とは思ってもなぁ……
なんとなくご飯が進む感じもしないし…
寝よ。
「そんなふうに寝てると寝違えるよ?」
「そーうー?でも、こんなに楽だよぉ〜」
「しょーちゃんっ!」
「んんっ…」
ぼんやりと目を開けると、ふわふわした形容しがたい場所にいた。
身体を感じず、ほんのりあったかい。
「やっと制御できたんだね。」
「君は…」
「おっと。気づくなよ?やっと制御できるようになって来たんだ。君が壊れれば大変なことになってしまうよ」
「お…おう。じゃ、なんでここにいるんだ?」
「えー。それはねぇ…き」
はっ!?
また変な目覚め…
目元は潤んでいるし、頭はズキズキする。
寝違えたか?
それなのに、鼓動が早まって仕方ない。
なんなんだ。なんなんだ。なんなんだ。
わからない、わからない、わからない。
苦しいのか、辛いのか、怖いのか。
『祥…大丈夫です。あなたは1人じゃない。恐ることは何もないのです。』
レナ…
『ご飯食べると元気が出ると聞きます。行ってみては!?』
そうだね。そうするよ
食堂についた時に時計の針は6時を回ったぐらいだった。
いつもよりまだ少ないが、それなりの団員が食事を囲んでいる。
厨房の近くの席に神仇さんを見つけた。
「どうした坊主!元気ねえのか?」
「あ、師匠…ちょっと疲れちゃって」
「そうか。なら、飯食って風呂行こうぜ!」
「はい!」
「赤隥よ!元気がないのだな?ならこれ食えっ!」
「うわぁ…」
用意していたかのように、真っ赤なお好み焼きが出てきた。
すごいな…この人たち。
ふと、前に
この団にはいろんな人がいる
と言われたのを思い出した。
多分このいろいろというのは、ただ単に特技や性格だけじゃなくって。
いろんな悩みも不安も抱えているんだと思う。
「あ…え?ちょ…辛すぎた?」
ついつい涙が溢れる。
「いえ。最高に美味しいです…」
「な、な、ならいいけど。って、神仇ぃっ!何笑ってんのよ!?」
「いやぁ、珍しく狐巳が慌てているもんでな」
「いやいや、君の弟子が涙してんのよ!?流石に…えっと…」
「大丈夫だ。俺の弟子は強くなる。強くなったら泣かないからな!今のうちにたくさん泣かせとく方がいい。」
「そういうもんなの?だったら」
「あぁ〜俺の唐揚げぇぇぇぇぇぇ!」
ラーメンの入っていた器に、少し赤い唐揚げが入った。
「たくさん食べて、強くなりなさいよね!」
「ありがとう…ございます」
おかしいなぁ。涙が止まらないや
「ほんと。君には苦労させられるよ」
「はい…すいません」
どこか気持ちに踏ん切りがついて、ご飯もおかわりをして、身も心もだいぶ温まってきた。
「さ、坊主。風呂行くぞ風呂っ!」
「あいよっ!」
「お〜し。その調子だ」
更衣室で服を脱いでいると、風呂場から何やら柑橘系の唆られる匂いがした。
「今日は柚子風呂かぁ。長湯したくなるなぁ」
「柚子風呂?」
「そう。柚子風呂。ただ風呂に柚を入れるだけなんだが…まぁ入ってみればわかる」
身体を洗い、髪も洗った。
いざ入浴っ!
指先からゆっくりお湯に浸かる。
いつにも増してじんわりと沁みるように温まってきた。
背中のあたりまで風呂に浸かると、柚特有の甘酸っぱい香りに頭まで包まれた。
「あ〜きもちぃぃ〜」
「だろ〜?」
「なんで毎日これじゃないんだろ〜」
「そりゃあお前、毎日同じだと飽きちまうからなぁ。たまにだからいいんだよ。たまにだから」
「そういうもんですかぁ」
にしても、芯まであったまるわぁあぁ
もう何にも考えられなくなった。
ただ呆然と天井を見上げ、そして目を瞑る。
「ふへっ!?」
何かがお腹に触れた
次第にはっきりしてきた視界には、腕が一本。
「ほう?しっかり鍛えられているようだな」
「ししししし師匠!?」
「なんだ、何かおかしいのか?」
いや、別におかしくはないけど…凪のように落ち着いた心持ちだったからかすごく驚いたというか…
「いえ…」
「このまましっかりトレーニングすることで、能力に体が追いつくはずだ。そうすればもっと動けるし強くなれる。だから地道なこともコツコツだ。忘れるなよ?」
「はい。師匠」
返事…戻っちゃったけどいいかな。
「よしっ。次サウナ行こうぜ」
「はい!」
「返事は?」
「あいよっ!」
やっぱダメだったかぁ。
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