シチューとオペレートと
「じゃーん!なかなか美味しそうじゃない?」
「おお」とつい言葉が漏れてしまう。
白くふわりと広がる湯気と、唆るほのかなチーズの香り。うっすらと見えるベーコンと、ゴロッとした見た目のじゃがいも。
「どう?少し元気出た?」
「うん!頂きます。」
「どうぞー」
…美味しい。あったかい。
……懐かしい。
ん?この味を僕は知ってる気がする。
この味は一体…なんだ?
「このシチューのレシピね、元団員の方のものなの。なんでも、体があったまるだけじゃなくって、元気にしてくれたり、病気が治るのを早めてくれたり…あとは、」
…どこかで食べた事ある味そのものだ。
「実は隠し味に蜂蜜を…」
でも何か違う。何か物足りない。何か..
「どうしたの?」
「あ、いや…なんでも…」
「そう?一応私、心のお医者さんだからさ、困ったら頼るんだよ?まっ、困ってなくても気軽に頼って欲しいからさ」
「あ…はい。」
「ま、本当は私がすぐにでも気付けるような凄腕お医者さんみたいにならなきゃなんだけどね」
どこか少しだけ、奏音唯羽の顔が翳っていた。
「さ、食べ終わったら少し施設を見てまわろうか!」
礼儀がなってないかもしれないけど、ただ頷くだけで食べる手を止められなかった。
それだけお腹がすいていたわけだけど、多分それだけじゃない。
「…あったかい」
「そりゃそうよ!出来立てだもの」
「…はい。…美味しいです..」
「泣くほど!?」
え?…あれ…。可笑しいな。ちょっと僕泣きすぎやしないだろうか…おっかしいなぁ…
ものの1、2分で食べ終わり全身が温まった。
「じゃ、車椅子乗る?」
「多分…大丈夫です」
そう言って地に足をつけ、体を伸ばしながらコリをとった。
「恐るべき回復力ね」
「そういえば、そうかも…です」
生まれてこの方風邪をひいたこともなければ、転んで怪我をした時もものの数時間で完治してた気がする…
「じゃあ、まぁ、リハビリを兼ねてって事で…行こっか」
「はい」
扉を出るとすぐに、三又に分かれた廊下があった。
「そういえば、今さっき緊急の放送だとか何だとか…ってありませんでしたっけ?」
「あー、昨日の?」
「え?」
「多分、ちょうど今頃第二作戦の実行中だね。ちょっと覗いてみよっか」
「はい?」
急にきた道を折り返し、さっきの三叉の通路から別の方に進む。
「あの…もしかして、僕…丸一日寝てました?」
「寝てた…まぁ…そうね。君の意識下で言うならそうなるね」
「な…なるほど」
あ、これなんかやらかしたやつだ。
「あそこあそこ」
彼女が指を刺した先には、他とは違った色の両開きドアが見える。
彼女がドアを開け奥を覗くとすぐ、僕を手招きした。
さっきまでは白色とか水色とかが部屋のほとんどを占めていたのに、この部屋は打って変わって黒と所々赤といった感じがした。
かと思えば、部屋では飲み物を飲んだり、カードゲームをしたり、音楽を楽しんだりと、なんか思っていたのと違った感じがした。
「やぁいらっしゃい。君が新人の…えっと…」
「あの…えっと…新人じゃ…その…はい。」
「えーっとね、この人は手綱さん。この部屋の主よ」
「いやぁ、そんな…主ってほどじゃ…奏音さんに言われると照れるなぁ」
見た目から温和な雰囲気が漂っているおじさんこと手綱さん。
たわい無い会話が始まるかどうかのタイミングで、手綱さんの顔の横についている、黒いテープのようなものが光る。
突如として狩人のような目つきに変わり、雰囲気が一転し鋭いものに変わる。
「こちらB-2班。目標を視認。第三フェーズへ移行する。どうぞ」
「オペの手綱だ。これより、ハ-ナビシステムの高速起動を許可する」
一斉に持ち場へと動く団員達。
ものの数秒で卓上に散ったカードゲーム一式が整えられ、部屋中に冷気が流れ出した。
「想定よりやや進行が遅い。こちらでB-C班はマニュアルも併用して最適化を行う。Aと陽は予定通り動いてくれ。」
『「了解!」』
「すごい統率力ですね」
「まぁ、ほとんどボスが築いたシステムを応用してるにすぎないんだよ。ほんとすごいよね」
「…すごい」
「あ、でもハ-ナビシステムは手綱さんが手掛けた汎用型AIの応用型なんだよ?」
「え?そうなんですか!?…ん?ハ-ナビシステムって?」
「まぁ、いろんな機能を備えた人工知能って所かしらね」
「へー。ほんとに人工知能って実在してたんですね」
昔、永遠に生きる機械のお話を読んでもらったことがあった。
その物語の主人公は人に造られた人ならざる命だったか……
「そうだ、ハ-ナビの適性検査してみる?」
「?」
「便利な代物なんだけど、応用型まで使いこなすには身体的、精神的適性がないと扱いにくくてね。まぁ、基本的な機能なら大体の人が扱えるんだけど…」
「なるほど…面白そうですね」
「じゃあ、ちょっと待ってねぇ」
奏音さんが、いつも持ち歩いている板の後ろから何やら黒いシートを取り出し、それを首につけ何やら口を動かしていた。
「よしっ。一旦バックアップ終わり!あとは…」
胸ポッケから小型の板を取り出し何やら操作をして渡してきた。
「はい。デバイスとタブレット端末一式ね」
「タブレット?」
「この板のことね。入団したら一通り使えるようにしてもらうつもりよ!」
「な…なるほど」
いや、まだ入るとは…
「で、その黒いやつをクビにつけて…」
彼女はその手に持ったシートを伸ばし、後ろにまわった。
「ひゃうっ!」
「あ、ごめん!びっくりした?」
クビにペタッとひんやりしたものが付く。
「ちょっと静電気が当たる感覚あるかも」
パチッ
「おぉ。なんかすごい」
気付いた時にはクビにつけた物への感覚はなく体に馴染んだ気がする。
「で、次にこれをつけて!」
「どこに付ければいいんです?」
「こめかみってわかる?目の横にあってちょっと窪んでるんだけど…」
人差し指で右目の横を何箇所か突くと一箇所だけ骨が抜けているような場所があった。
「そこそこ。そこから目の下に伸ばすようにこのデバイスを付けてみて!」
今度は自分で付けたのでその時は特にびっくりすることはなか…
「な…なにこれ!?」
視界の一部に文字が浮かびあがり、耳に初めて聞く音が入ってきた。
「じゃ、その状態で5秒ぐらい目を閉じてね」
「はい。」
目を閉じると真っ暗な世界が崩れ、ハ-ナビの文字が浮かび上がる。
次に自分の体図が浮かんできて、適応度Sと表示される。
「あなたの…あなたの名前を教えてください。」
「…赤隥…赤隥祥」
「Asaka Syou 。自動アップデートに入ります」
「おーい。祥くん!もう目を開けていいんだよー」
突如耳から音が聞こえて少し違和感を感じた。
目を開けると、特に変わったところはなく変わらず奥では手綱さん達が忙しなくしている。
「どうやら同期は成功したみたいね。適応度はどうだった?」
「適応度…えっと…S?とか言ってましたけど…どう言う意味です?」
「S!?」
「はい。聞き間違いじゃなければ」
「この団で三人目ね…もしよければデバイスのデータ見せてもらってもいいかしら?」
「いいですけど…あの、何か良くない理由でもあるんですか?」
「体のデータを見られるってことに抵抗ある人もいるからね。嫌だったら断ってもらってもいいんだけどれ
「あー。全然平気です。多分、見られても困ることないんで」
「ほんと?じゃあ、デバイスからここを押してもらって…」
「はい。」
「で、鍵のボタンを触ってもらって…」
「はい。…あ」
画面には明らかに自分ではない姿形が見える。
目の前ではマスク越しでも分かる赤面顔。
そう。前々から気にはなってる奏音さんの、マスクの秘密だったがそんなのは今はどうでもいい。
どうしてか、さっき見た映像が脳裏にチラつき、変な汗がさっきから出始めている。
「…忘れ…よっか?…ね?」
「……」
「返事は?」
「…はい」
「ようし、ひと段落ついたぁ…って君たちどうしたの!?そんな借りてきた猫みたいな雰囲気になって…」
雰囲気が初対面の時のように穏やかになった手綱さんが、ニカっといい笑顔で近づいてきた。
「いや…なにもないですよ。ね?赤隥くん?」
「イエス。ボス。」
「まぁ、ボスは他にいるけどな」
そんなこんなで一旦病室まで戻ると手紙と鍵がベットの上に置いてあった。
手紙の送り主をみると”通りすがりのボス”と記載されていた。
-赤隥祥 仮団員宛-
ここにきてまだ日は浅いですが、そろそろこの団についても分ってきたのではないでしょうか。
兼ねてより伝えていた通り、団に入る決意は固まりましたか?
もう既に色々と頼みたいことがあるので、なる早で入団して欲しいです。
ってことで、先に個人部屋の鍵渡しておきますね。 ボスより
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