透明なレモネード(不完全燃焼)

大市 ふたつ

君の見る世界と、僕のみたい世界と

俺は左目に眼帯をかけ体に纏わり付く重みを置いて外へ飛び出した。

そして出会った。雨のような俺の女神に。


俺はある時を境に左目から涙がでなくなってしまった。

それだけではない。左目から始まり気づけばその乾きは目の後ろまで来ており左目付近の水分という水分が抜けて、

水を吸わないスポンジみたいなっているのである。

そのせいか、日に日に体が弱まりひどい目眩と倦怠感に苛まれ続け、

医者も頭を悩ますほどであった。

そのせいか家族に当たり、心配してくれていた友人に対して

『ふざけるなよ。いいよな、先がある人は』

『どうせ他人事だと心の中で思っているのだろう』

などと言ってしまった。 

正直心配してくれていることが辛いわけではない。と言うより、心配されることの辛さに慣れてしまった方が近いかもしれない。

ただ、どんなに悲しくても右ばかり涙が出て、左の目だけがずっと痛み乾いて

なぜ、こんな苦しみを私一人だけが味わなくてはいけないのか

そのことに対する恨み辛みがより体を蝕むのだ。

しかし今日はその辛さを少しだけ忘れることができるような気がした。


その日、それは俺にとって救いの日となった。

そう、梅雨入りのお知らせである。

一般的に梅雨は多くの人々にとって毛嫌いされやすい日だろう。

嬉しいとすれば、俺か草木か読書家ぐらいだろう。

それもそのはず。俺の周りの湿度が上がることで目の痛みが多少落ち着くのだ。

草木を育て、気持ちを落ち着かせる雨は1人で苦しんでいる事実自体をも潤わすのだ。

いろいろな薬を試してきたが、どれも気休め程度で効果がないに等しかった。

ものによっては副作用で以前にも増して左目の視力も落ちてしまった。

お風呂に入っている時は逆に目に染みて痛みが辛かったのだ。

しかし、梅雨は違う。程よい湿気が私を包み込み心なしか満たされたように感じるのだ。

喜びのあまり雨が降り出した途端、目に染みないよう眼帯をつけ飛び出した。

俺のお気に入りの川沿いを、傘もささずに。


20分ほど歩いた頃だろうか、一休みしようと木に背中を預けた時のことである。

木の裏で背中を小刻みに震わせる人がいた。

「ぐすっ..うぅ..」

少し気になり近づいてみると俺と同い年ぐらいの女子だろうか。

みたことある高校の制服を着ており、一際湿った袖が目立ったそんな姿だった。

しかも、涙を流しながら辛い顔をしていたのである。

正直複雑な気持ちになった。こっちは雨が降り喜んでいるのにもかかわらず

涙を流して悲しんでいるからだ。しかも両目でなみだをながして。

俺も今まで自分の病気に対してもそれ以外の事に対しても涙を流す人をみてきた。

だが、その人の涙は桁外れの悲しみや辛さを感じるものがあった。

そう。自分で言うのもなんだが、俺とどことなく似ているような一人で味わう悲しみのようなものである。

それから少し時間が経った時のことだろうか。雨が少しおさまりかけ家に戻ろうとした時のことである。

『あなた誰?』

雨にかき消されそうな声が微かに耳元に入ってきた。

『えぇっと...その..べ..別に怪しい者じゃないよ』

と慌てて返事をした。最近はあまり会話して来なかったのも相まってうまく返ができなかった

すると、

『別に誰でもいいや。  私の話をきいてくれない?』

と、今にも溶けてしまいそうな白くて優しそうな顔でこっちをみる女の子がいた。

つい見惚れてしまう自分がいて、返事をする前に彼女が話し始めてしまった

『あ、あのですね』

戸惑い心の声が出てしまった。

『お..おう』

今にも泣きそうな顔で間合いを詰めてきた

『その...』

内心ちょっと強引な人だと思いつつ、見つめ直して聞いてみた。

その話によると、相次いで身の回りの不幸が重なり気がつくと両親や祖父母挙げ句の果てに、4歳離れた弟までも失い、親戚には不幸の子呼ばわりし忌み嫌ってくるのだとか。

『こんな話でごめんね。話せて良かった。でも、これ以上いるとあなたまで不幸にしてしまいそう』

とだけ言って、でも悲しそうに背中を向けて立ち去ろうとした。

『..そんなわけないだろ?俺もうとんでもない不幸に遭っているし...ていうのもあれだけど』

考えるより先に言葉か出た。

哀れんでいたわけでも、悲観していたわけでもないが話しかけずにはいられなかった。

『で..でも!』

彼女は少しびっくりしたようにこちらを見ていた。

俺も何言っているかわからなかった。

『あ..えっとだな、その..あの』

次の言葉を探そうと慌てふためいていると

今度は彼女の方から

『なんか久しぶりに笑った気がするわ』

クスッと少し笑った気がした。

『ところであなた、名前は?』

『鷺島だ。さぎしまこう。で、あなたは?』

話しやすいように相手の名前も聞いてみた。と言うより知りたかった。

『あっえっとそのあのー』

困った表情でこっちをみてきたので

『いやならいいよ』

と慌てて答ええた。とその時目に写ったものに目がいってしまった。

『あうっ...うい 烏衣原 シズク 』

『あ..あのですね、烏衣原さん?ご機嫌なところ申し訳ないのですが

足元の水たまりにカエルらしき生き物が...』

彼女が自己紹介した時には遅かった・

『ひっ』

白い肌を少し赤らめ、腕を掴んできた。

「ナイスカエル!」

と心の中で思ってしまったが、その時触れた彼女の腕がひどく冷たかったのだ。

『風邪ひくかもしれないしカフェでも』

と、何気なく誘ったのだが

『ナンパですか?』

『いや違うから!』

と疑いの眼差しを向けられながらも近くのカフェへ向かった。

その日は雨が降っていたからか人がおらずガランとしていた。

『ホットレモネードひとつと...』

『なんか飲む?』

と聞いたのだが

『私手持ちなくて...』

『やっぱりホットレモネード2つで』

お店で借りたタオルで濡れたところをポンポンと叩き

『よく飲むのねぇー』

とだけ言っていた。

部屋は少し暖房が効いていたがじめっとしていた感じで、居心地は悪くなかった。

『そういえばさ 』

席についた途端、急に思いついたかのように尋ねてきた。

『君がもう不幸なのってどう言うこと?』

『もしかしてその眼帯、まさか病気?』

『まぁ病気といえば病気かな?』

『厨二病?』

ん?なんか今いじられたような...

『違う。なんと言うか、まぁ見てもらえればわかるけど』

と言いながら眼帯を取り外した。

その時だった。彼女と目があった途端少し頬を赤らめて少し笑うかのように

『厨二キャラ作りでカラコンでもいれた?』

悪が相手にはないことは分かっていたが

『違う。涙が出ないんだ』

と捨てるように発した。

『あぁ..そうとは知らず冗談ぽくちゃかしてごめんなさい』

少し落ち込んだように言われてしまった。

少しは腹は立ったが別に気にしてはいなかった。

『むしろ...』

と話そうとした時

『レモネード二つお持ちしましたー』

タイミングを合わせたかのように店員が注文したものを持ってきた。

それを受け取り、左手で自分のをとった後、右手でもう片方のレモネードを持ち

しずくに差し出し

『むしろ、家では雰囲気悪くてそんな冗談も聞けないくらいだしさ』

と伝え強く言ってしまったことに対して謝まった。

『どうして、くれるの?』

『ここであったのもなんかの縁だ。折角だし』

『それにさ、そんな濡れた格好で雨の中いたら体冷えてるだろうし...』

いつにもなく気を使ったからか気恥ずかしくてたまらなかった。

そして、一息ついた時

『聞いていいのかわからないけどさ、その病気って治る見込みあるの?』

と聞かれ

『多分ね』

咄嗟に嘘をついてしまった。

初対面だったのもあるが、あまり心配をかけたくないし痛い奴ぶるのは恥ずかしかった。

もう一度顔色を見るように目を合わせた時のことだった。

『そっか』

なんか返事がとても弱々しかった。

『死んじゃったお母さんにも同じこと言われたっけな』

見透かされているような、えぐられたようなそんな気持ちになった。

俺は話を変えようと、近くにあったメニュー表を見て

『他に食べたいものある?俺が奢るよ』

と声をかけたものの返事は来なかった。

それから少し経った頃だろうか急に左目が痛くなったのである。

変な汗も出てきて苦い声を出さずにはいられない程に

『ねぇ!大丈夫?』

そのことに気がついたのかシズクは慌てふためいたように声をかけてきた

『だっ大丈夫』

咄嗟に出た言葉がまた嘘だった

手元のレモネードを一気に飲みほし、眼帯をかけなおした。

暖かな甘さとほんの少しの酸味からなのか痛みは引いた。そして、

『でしょっ?』

と少し元気に言ってはみたものの

心の中にはさっきもあったようなモヤモヤした気持ちになってしまった。

『とりあえず、今日は家に帰らない?今日は久しぶりに楽しかった』

と消えてしまいそうな笑顔で言ってきた。

『俺も。もし良かったらまた会おうな』

と、空元気ながら返事をし帰路に就くことになった。

とりあえず、烏衣原に傘を渡した。彼女は困惑そうながらもそれを受け取り別れを告げた。

そして、来た道を性懲りもなく傘をささずに歩いた。

違うとすれば持っていたものが傘からモヤモヤに変わったことだろうか。

帰り道、今日あったことを思い出していた。

「死んだお母さんも言っていたか…」

その時の言葉や顔を思い出すだけで胸が引き締められてきた。

『そういえば、俺もそのうち死ぬかもしれないんだよなぁ』

と同時に周りの人が何人も亡くなったことに落ち込んでいたのにもしかしたらそれを助長しちゃったな。

今度会ったとき謝れるかなと少し後ろめたい気持ちになりつつ、また会う日のことを考えていた。

意外にも再会は早かった。


帰ったの後、母親に傘をこまってそうな人にあげてきたことだけ告げ、いつも通りに部屋に引きこもり耽っていたものの気がつくと眠りについていた。

こんな体なのでぐっすり寝れることが稀なのだが、いつになく深い眠りにつくことができた。

でも、目が覚めても清々しい朝ではなかった。

どうしても昨日ついた嘘が気がかりなのだ。

そして、気晴らしにと思い雨空の下昨日と同じ道を歩き始めた。

別に意図としていたわけでもない。ただ、気がつくと昨日会った木の下に来ていた。

別に、断じて、昨日出会った彼女と話したいとかなんて考えてはいなかったが...

そして、昨日会った側に回ってみるとそこには、昨日の彼女がいた。

『やっぱりきた』

と昨日は見せなかった少し幼さを残す笑顔でこっちを見てきた。

思いもよらない一言に戸惑いつつも、ふと気になり

『学校は?』

と尋ねると

『お兄さんに会うためにサボっちゃった』

とあざとい表情を添えて告げられた。

内心「やれやれ」と思いつつも会えて嬉しがっている自分もいた。

『残念だが俺も年齢上は高校生だからお兄さんってほどじゃないかもな』

と誇らげで言い返すと

『なんで私が高校生だって知っているの?ちょっとはなれてくれます?』

と警戒されてしまった

『誤解だよ。だって、通うはずだった高校の制服を昨日来ていたからさ』

『ふーん』

と、何か言いたげにこっちを見てきたが言及されることはなかった。

『とりあえずさ、昨日のところ行かない?』

またまた、思いもよらない展開にビビったが、何も言わず向かうことにした。

とりあえず昨日飲んだホットレモネードを俺持ちで2つ注文

『昨日嘘ついたでしょ』

なんだ?今日は心臓悪化キャンペーン実施中と言われても疑わないだろうに。

『はい。』

何も言い返せず俯いてしまった。

しかも、嘘の言った数まで当ててくるのだ。最近の女子高生はものすごくハイスペックなのかもしれない。

『だって、きのうも言ったけどさお母さんもおなじだったってこと』

『あ.う..うん』

もう返す言葉も体を為せるほどの言い訳も出て来なかった。

『それに、他のみんなも同じようなこと言って私の前からいなくなっちゃていたからね』

さっきまでの笑顔が作り笑いであったことを確証させるようなほど憂愁した顔をしていた。

『そんなことを思っているともしかしたら君もなんじゃないかって...ね』

深く噛み締めているような口調で言ってきた。

『あぁそうだよ。昨日は嘘をついた。そのことが今でも胸に突っかかって気持ちわるいさ』

『やっぱりかぁ』

納得しているけどしたくない。きっとそんな気持ちなのだろうと、人と関わるのが苦手な自分でも察することができた。

『じゃあさ...』

改まった表情で向き合ってきた

『その病気を治そうとした?』

図星を突かれたような感覚になった

『いろいろな目薬を試したけど、どれも効果がなくて...』

『そうじゃない』

まただ、また図星を突かれた。そんなように心に杭を打たれた。そんな気がしたのだ。

『君自身が病気に向き合って治そうとしているのかきいてるの』

返事ができなかった。自分を不幸者とし人に当たり心配して欲しくてたまらなっかったのだと

気づかされもした。

『そんな君に提案。治るかわからないけど泣いてみない!?』

『泣く?』

もしそんな方法があるなら知りたい。でも、

『できたら苦労しないよ』

ちょっと期待はしていたけれど...

でも次の一言で乾燥し切った心の片隅に暖かい雲がかかってきた。

『泣くってのは悲しいから泣くんじゃないよ』

『人ってのは特にね』

その言葉は重みがあった。それも並大抵のものではない。

『私ね、昨日も見られちゃったけど極度の泣き虫なの』

『だからこそ言える。人ってのは嬉しい時だって感動した時だってびっくりした時だって泣けるの』

『だってそうでしょう?人は生まれた瞬間に涙を流し、成長していく時になみだを流す。』

『なんなら玉ねぎ切っている時だって涙でるじゃない?』

と言ってやったぜと言わんばかりの笑顔で言ってきた。

でもそれが嬉しかった。

『俺さ、この病気になってからろくに泣くこともなくて』

『じゃあさ今からたくさん泣けばいいよ』

その言葉は当たり前で。でも新鮮で

下手な慰めとか同情心よりよっぽど嬉しかった

『ありがとう。少し勇気をもらえた気がするよ』

『それと』

言っていいのかわからなかった。正直笑うにもどうすればいいかわらない。

でも、ここで助けを求めると負けたような迷惑をかけるそんな気がして言い出しにくかった。

『なんだい?嘘つきさん 私にお願いでもあるのかな?』

純粋無垢で、でも朗らかな笑顔をした彼女。いや女の娘がそこにはいた。

『敵わないなぁ』

出会った時もそうだが、人に涙をみられても一緒にお茶をして話していてもどこか気持ちの部分で、勝てない。そんな気がしてままならなかった。

それから、涙の出し方をググって色々試した。

過去のアルバムを引っ張り出して思い出し泣きしたり、あくびする動画をなぜか一緒に見て涙したり、

もちろん玉ねぎも切った。その日の夜はオニオンリングに玉ねぎしゃぶしゃぶ、オニオンスープなどたくさん玉ねぎ料理を食べた。

もう二度と玉ねぎは食べまいと思ってしまうほどに。

それから、つぼ押しをしてもらったり一緒に感動する映画も見た。

でも、いくら感動しても。いくら楽しくても。左側だけは乾いたままだった。


『ごめんね。私がもっとできていたら...』

『いや、むしろ感謝してもしきれないぐらいだよ』

『だって、こんなに楽しくてその気持ちを共有して、一緒に泣いて』

『だからさ、自分をせめようとしないでさ』

『でも、私だったからうまくいかなかったかもしれない』

『私の周りの大人や友達、大切な存在に対してですら何もできなかった私だったから』

彼女の瞳は、曇り今にも洪水が起きそうででも、気を使っているのかどこか堪えているようで

『それは違う。確かに、君の周りで相次ぐ不幸があったかもしれない。でもな、生まれてきて君に出会って助けられたこともあったと思う。だってそうだろ、事実この俺が救われたじゃないか』

『でも、』

『気にするな!』

その時、唇に甘酸っぱくてどこか暖かい物が当たった。

『ほら、顔をあげてよ』

『君が手を伸ばしてくれて、支えてくれて、たくさんの思い出をくれて』

『だからほら、俺は助かっただろ?』

彼女との思い出、彼女の思いに答えるかのように俺の左目から涙が出てきた

『君は何もできなかった不幸の子なんかじゃない』

『困った人を救える人じゃないか!次言われたら言ってやれ 私だって人を救えるんだってな』

『でも、でも、』

『今更いなくなった人は帰ってこない。でも君がいるじゃないか。君がいるから亡くなった人も救われるかもしれない。君という存在こそ、みんなにとっての救いなんだよ』

そこには俺と同じように暖かな涙をながす女の子がいた。

その涙は泣き虫の涙ではなく、夏の始まりを伝える。そんな涙だった。         2020/04/23

2021/04/03 04改訂

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