7.婚約者が理不尽な目に合いすぎる
「他にも被害があったぞ」
ファルクから知らせを受け、そして僕自身も情報収集したところお互いの情報はまったく同じだった。
学園内で、魔力ゼロの者に対して一方的に暴力を振るうということが度々起きている。しかも前からじゃない、ここ最近だ。
「わざわざ探して一方的に痛めつけるなんて、そんな趣味僕には理解できないよ」
「俺だってそうさ。弱い者いじめして何が楽しいんだっての」
お互いに顔を歪め、そして小さく息を吐きだす。魔力ゼロの者に対して一方的に魔法を使う。被害にあっている生徒は一体どれほどの恐怖に襲われていたのか。もちろん被害にあった生徒は確認済みでその生徒を痛めつけていた生徒も把握済み。二度と同じようなことが起きないために加害者の生徒には僕から『お願い』をしておいた。まぁ、最終的に向こうは泣き叫びながら頭を地面に打ち付ける勢いで謝ってきたけれど。
謝る相手が違うよね? っていう話。
そんなことが起こっているからアイビーの警護も強化したいところだけれど、学園は貴族でも庶民でも公平をモットーにしている。僕の婚約者だからといって特別扱いするのは難しい。
学園で唯一難しいところだな、と机の上をトントンと指で軽く叩いた。マリアンヌの負担が大きくなるが、学園まで来てもらってこっそり警護してもらうしかない。そもそも、警護を強化したところでこうなっている原因を対処しなければどうにもならない。
「……はぁ。あ~あ、アイビーと楽しい学園生活が……」
「早々に片付けようぜ。デート場所はちゃんとリサーチしとくから」
「うぅん、よろしく頼むよ……」
しっかりと学生として過ごしてそんな中でもアイビーと一緒に過ごしたり休日はデートしたりと、充実な日々を送るはずだったのに。違う意味で充実した日々を送っているよ。なんせ回復薬を片手に大量の書類を片付けて何か問題が起こればその対応をして。
学園生活って、こういうものなんだねぇって意識が明後日のほうに飛ぶ。今がこうなのだから将来アイビーと一緒にいる時間が更に少なくなる可能性があると思うと、法改正しなきゃなぁ。だなんて考えが頭を過ぎった。
「あの、少しよろしいでしょうか」
廊下を歩いているとそう声をかけてきた生徒に振り返る。こうして顔を合わせるのは初めてだけれど、でも相手が誰なのか知ってはいた――編入した新たな光属性を持っている生徒だ。
「わたし、ステラ・ルフトゥと言います。レオンハルト様にちょっと、お話したいことがありまして」
周りに生徒がいない中で話しかけてきたということは、聞かれたく内容だということだ。果たしてそれがいい話なのか悪い話しなのかどちらかというと、真っ先に後者だと思うだろう。僕は笑みを貼り付けたままどうしようかと考えをめぐらせているときだった。
「できることなら、アイビー様にもお話したいのです」
「……アイビーにも?」
ここで彼女の名前が出てくるなんて。尚更訝しんでしまう。けれど僕のスキルを持っている目は彼女が決して罠にはめようとしているわけではないことを示している。
瞬時に頭を回転させ、そしてにこりと彼女に笑みを向けた。
「お待たせしましたわ」
「急に呼び出してごめんね、アイビー」
「いいえ、急ぎの用でございましょう?」
周りにしっかりと音漏れしないよう魔法で結界を張り、アイビーと僕、そしてルフトゥ嬢がその中に入った。テーブルと椅子も置いてある場所を選んだからアイビーに立ち話をさせる必要もないし、昼休みのため昼食を取りながらということもできる。
まぁ、果たしてのんびりとご飯を食べれるかの話だけれど。アイビーも来たことだし早速彼女には僕たちに話したいことを話してもらおうと「それで?」と話を催促した。
「……わたしが今から言うことは、お二人もなかなか信じることが難しいかもしれません。でも、わたしは本当のことしか言いません」
以前の光属性の生徒があの女子生徒だったため、警戒するのはやめろというのは少し無理だ。顔を雰囲気に出すことはなく、なかなか話を切り出そうとしない彼女に「大丈夫ですわよ」と優しく声をかけたのはアイビーだった。少し震えている手に気付いてそっと自分の手を重ね、安心させようとしている。やっぱりアイビーは女神だ。
「……実はわたし――異世界から転生してきたんです‼」
ぎゅっと目を瞑ってやや叫びがちな声量で言い切ったルフトゥ嬢には悪いけど、一瞬この場の時間が止まったようだ。
その空気に気付いた彼女は慌てて顔を上げて僕たち二人にキョロキョロと視線を向けてくる。
「信じてもらえないかもしれませんが、本当なんです! わたし違う世界で女子高生やっていてっ、それでっ」
「うんうん、取りあえず落ち着こうか」
「そうですわ。一先ず深呼吸してくださいませ。お話はちゃんと聞きますわ」
「ご、ごめんなさい! わたしったら……すー……はー……」
紅茶でもあったほうがよかったかな、と思いつつ彼女が落ち着くのを待ってあげる。胸に手を当てて深呼吸して、そしてようやく落ち着いたのか彼女は再び僕たちに視線を向ける。けれど、深呼吸したことによってどう話を進めるのか忘れてしまったようで今度は言い淀んでしまった。
「それで? 君が異世界から転生してきたことが何か関係しているのかい?」
「あ、あのっ……信じてくれるんですか?」
「信じるかどうかは別として、まずは話を聞こうと思ってね?」
「……ありがとうございます。実は、わたしがいた世界ではこの世界はとある『ゲーム』だったんです」
ゲーム、と思わず小さく口に出す。僕たちのゲームと言ったら卓上ゲームが主流で、そして貴族の嗜みの一つでもあった。けれどルフトゥ嬢の言う『ゲーム』とやらはそれとニュアンスが少し違うような気がする。寧ろ、前に一度耳にしたあっちのほうが――
「あの女子生徒もそんなこと言っていたね」
『こんなの……こんなの、ゲームと展開が違うじゃないっ……!』
「――ってね」
その言葉を言った瞬間、彼女の顔からサッと血の気が引く。
「つ、つかぬことをお尋ねしますが……もしかしてその女子生徒の名前は、セリーナ・パートシイじゃありませんか?」
「そうだよ。知り合いかい?」
「いいえ、会ったことも喋ったこともありません……ですが、名前と外見は知っているんです」
だってその人はファーストシーズンのヒロインでしたから。
そう言われた言葉に僕とアイビーは首を傾げるしかない。つまりどういうこと? と話を催促すると、ルフトゥ嬢はその『ゲーム』には一作目と二作目があるらしく、その例のインパクトが強かった女子生徒が一作目のヒロインだったとのこと。
「そのゲーム内容がそのヒロインがゲーム内に登場してくる生徒会員の人たちと親交を深め、そして恋愛に発展していくというものでした」
「あぁ~……なるほど?」
身に覚えがありすぎる内容だ。僕とファルクは親交を深めなかったけど、例の三人は『魅了』の魔法のせいもあって、随分と仲良くしていた。
「騒ぎのことはわたしも聞いています。だから思ったんです、きっとその人も異世界から……わたしと同じ世界から、転生してきた人なんだって」
例の女子生徒の行動からすると、きっと『逆ハーレム』を狙っていたはずと続けられた言葉に顔は笑顔を貼り付けつつやっぱり厄介な相手だったなと内心毒ついた。ルフトゥ嬢の話によるとアイビーの『断罪イベント』が発生してそのエンディングが確定するとか。
ははぁ、もしかして修道院送りだけじゃ甘すぎたんじゃないかい? とアイビーに視線を送る。彼女の処分はアイビーに任せたけれどもっと精神的にも肉体的にもわからせてあげたほうがよかったと思う。
アイビーも小さな声で「惜しいことをしましたわ」と言っていたから、きっと僕と同じ考えだ。
「それで、ですね……一作目と二作目があるとお話しましたが……その、二作目のヒロインの名前が『ステラ・ルフトゥ』なんです」
「まぁ、あなたですのね?」
「そう! わたしなんです! わたしも最初は喜びました、好きなゲームのヒロインなんて夢みたいって! で、でもわたしっ……お二人の邪魔なんてできません! だってものすごくラブラブじゃないですか!」
「え? そうだよ、よくわかったね」
「ダダ漏れですから!」
「それが君が話したかったこと?」
「ハッ……! ち、違います! 実は重要な話がありまして……最近、魔力ゼロの人に対して酷い仕打ちをしている生徒がいると聞きました」
僕とファルクが実際現場を目撃し、そして対処したため生徒の中ではその話が瞬く間に広まっている。これで少しは抑止力になればいいと思ってはいるけれど、姑息な奴はどこまでも姑息だ。事態を収束させるためにはそういう人間の裏をかかなければならない。
「実はそれが……ゲーム通りのシナリオなんです。もちろんレオンハルト様とアイビー様はゲームとはまったく違います。ゲームの中のお二人は政略結婚のための婚約でお互い愛情を持っていなかったんです」
「まぁ。そのゲームとやらは随分面白いんですのね?」
「あっあっ今のお二人のことを言っているんじゃないですからね?! あくまで、ゲームの中の話です、はい」
「ということはだよ、君はこうなった原因を知っているということかい?」
彼女が僕たちに話したかった最も重要なことだろう。今のところ彼女の話に嘘偽りはまったくないし、こうやって会話をしてみたところ彼女には貴族ならではの謀略なども見られない。所作や仕草は貴族のそれだけれど、考え方はどちらかというと庶民寄りだ。
わざわざアイビーを呼んだのも、彼女が魔力ゼロで渦中の中心になり得るかもしれないからだろう。
「……ゲームでは、裏で暗躍している人がいたんです。その人は魔力ゼロを忌み嫌ってて周辺に『魔力を持っていない者は悪だ』と吹聴して、その言葉を真に受けた人が魔力ゼロの人に危害を加えるというものでした……そして」
ルフトゥ嬢の視線がちらりと僕ではなく、僕の隣のアイビーに向かう。一度は口を開いて涙を堪えるように表情を歪めてギュッと口を閉じ、しばらくして再び口を開いた。
「……アイビー様を、処刑しようとするんです」
「……はぁっ?」
「まぁ」
「どうしてアイビーばかりそんな目にッ……!」
「そ、その、ゲーム内では一作目も二作目もアイビー様は『悪役令嬢』として書かれていて……」
「あらあらまぁまぁ」
彼女が何をしたって言うんだぁぁぁ。おかしい、どう考えてもおかしいだろうこんな可愛らしく美しく聡明で控え目ででも喜々として鞭を振るって相手を躾けるそんな素敵な彼女がなぜそんな『悪役令嬢』なんて役を与えられているんだ。信じられない。
「そのシナリオを考えた奴は頭おかしいんじゃないか?」
「レオンハルト様ったら。恐らくですが、それがきっと刺激になるんですわ」
「そうだね、僕の米上をこれでもかというほど刺激しているよ」
「今の貴方様の顔もとっても素敵ですけど、先に話の続きを聞きましょう?」
「……そうだね」
アイビーにお茶を飲むようにそっと促され、テーブルにあったティーカップに手を伸ばし喉を潤す。一度軽く息を吐きだし、ソーサーにカップを戻した僕は再びフルトゥ嬢に視線を向けた。
「それで? 君は主犯を知っているのかな?」
「それが……ゲーム内では顔も名も伏せられていて……解決はしたんですけど、ヒロインのいないところで解決したんで主犯がよくわからないんです」
「シナリオ考えた人間が目の前にいたら斬り落としたいよ。アレを」
「駄目ですわよ。まずはじわじわといたぶったあとでないと」
「ああ、そうだね」
「あの……わたしの話、信じてくれるんですか?」
僕たちの言うアレが何を示しているのか、なんとなく察しがついたのかフルトゥ嬢が恐る恐るといった様子でこちらを伺ってきた。そんな彼女ににこりと口角を上げる。
「興味深い話ではあったし、参考にもなる。主犯がいなければ突然こんな騒ぎになることはないだろうしね」
ただ主犯の名前も顔もわからなかったのは少し痛手だけれど。それも僕とファルクが調べればどうにかなるだろう。ただし、判明するまでに魔力ゼロの人たちに被害が及ばずにいられるか、という問題になるけれど。
スピード勝負だ。ファルクは早速調べてくれているだろうしゆっくりはしてられない。
「情報を共有しよう。今の生徒会員なら大丈夫だろう。それと、アイビー」
「ミラにはわたくしから言っておきますわ。彼女にもわたくしの親友だからといって被害が及ぶかもしれませんものね」
「わたしもお手伝いさせてください! 光属性ですし、何らかの役に立つはずです……それに、わたし今度こそ……長生きしたいんです」
「長生き、ですの?」
「はい……わたし、元いた世界では今の年齢と同じぐらいのときに病気で……今は元気な身体で、こちらの父と母もわたしを大切にしてくれます。もう二度と両親に悲しい思いをさせたくはありません……」
アイビーの視線がわずかに僕のほうに向く。今の彼女の言葉に偽りはない。アイビーはコクリと頷きルフトゥ嬢に視線を戻し、そして手を添えた。
「危険もあるかもしれませんわ。無茶はしないように……悲しませたくはないのでしょう?」
「はい……ありがとうございます、アイビー様」
「お礼を言われるほどのものではありませんわ」
今にも溢れそうな涙をぐっと堪え、表情を歪ませているルフトゥ嬢に微笑むを向けたアイビーはまるで聖母のようだった。
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