2nd season
6.なんだか嫌な予感
いなくなった分は、補填しなければ。例の三人が学園を去ったため、生徒会員は明らかに人数が不足した。
ということで、改めて新しく役員を任命した。新たに生徒会員となったその三人はあの三人とは違ってしっかりと机に向き合ってせっせと割り当てられた仕事をこなしてくれている。これなら回復薬とお友達にならずには済みそうだと内心ホクホク顔だ。
ちなみに指名したのは学園側ではなく、この僕だ。学園に任せたらまたどこぞの貴族に親の代わりの子守を押し付けられてしまう。それで一度過ちを犯しているというのに再び同じ過ちを起こそうとしている学園を見過ごすことはできない。ということで、そうそうに選出した。
「よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたのはクリス・ノイトラール。クリスは学園の女子生徒に人気を博していた。
「いや……女子生徒にモテてなんにも思わねぇの?」
「私の容姿が優れているので、女子生徒に好意を寄せられても仕方がないでしょう」
主に女子生徒から情報を聞き出していたファルクが苦笑を交えながら問いかけていたものの、クリスは自分の胸に手を当てて堂々としていた。そう、僕がクリスを選んだ一つの要素がそういうしっかりと自分を持っているところだった。
そんなクリスは、自身も女子生徒にも関わらず下はスカートを履かずパンツスタイルだ。クリスからしたらスカートは動きづらいとのこと。確かに女性だからって男性だからってそれぞれ制服を固定するのもなぁと思ってそこの規制は学園長を説き伏せて緩めた。
「レオンハルト様、口添えありがとうございます」
「いいや、君も当主となるならば今後色々と学ぶ必要があるだろう?」
「はい。これから精進致します」
そうして胸に手を当て騎士の敬礼をしてきたのが、カイト・グラディウスだ。カイトは騎士ではあったが今後のためにとカナット学園に編入してもらった。カイト自身も兄がいなければ学園に通いたかったようで、僕の一つの口添えですんなりと生徒になることができそして更には生徒会員。
彼にはかなり期待しているし、きっと僕の期待にも応えてくれるはずだ。よろしくと笑顔で告げれば彼はキリッとした顔つきで力強く頷いた。
「ほほほ本当に研究に没頭していいんですか?! お、お金! 融資もしてくれるとか?! あひゃっ、ありがとうございます王子! じじ実はハイロさんやハロルドさんの研究が気になって気になって仕方がないんです! そこにお邪魔していいんですよね?! やった! 最高だ!」
「……なんかすげぇ個の強ぇ奴が現れたな」
「まぁでもその実績は申し分ないしね?」
最後に生徒会員に選んだのがシアン・ティフィック。彼は所謂研究オタク。研究に没頭しすぎるあまりに周りはすでにお手上げ状態だったようだが、それでも彼が解明していった文献には興味をそそられるものがあった。あまりにもあらゆるものに手を出し研究し尽くそうとするあまり懐が寒くなってしまったようだから、融資と共に学園に引き入れた。
ついでに目を離した隙きに暴走する傾向が見えるものだから、目に届く場所にいてもらうための生徒会員だ。
「あとは、引き続きよろしく頼むね。ファルク」
「まぁ……俺が一番常識持ってるような気がしてきた」
「はははっ、まさか」
「まさか?!」
ファルクもファルクで癖が強いんだけど、まぁ当人それには気付いてるだろうけれどシアンと出会ったあとじゃそう思ってしまうのも仕方がないかもしれない。
でもみんな面白い個性だ、これだけ個が強ければ例え傍に『魅了』の魔法を使う者がいたとしても簡単にはかからないだろう。
「ところでレオンハルト、彼女を生徒会に入れるっていう手もあったと思うんだけど?」
「流石にそれは職権乱用すぎるだろ」
僕だって、そりゃ婚約者のアイビーと四六時中ずっと傍にいたいさ。でも彼女が優秀だからと生徒会に入れたところで必ずどこかで波が立つ。何事も、バランスだ。
「しばらく学園の行事もないし、彼女との時間も増えるから満喫するだけさ」
「まさか俺にまたデート場所聞く感じ?」
「よく知ってるだろう?」
「いいや、とは言えねぇな」
なんと言ったって情報提供者と密談するために色んな場所を知っているファルクだ、アイビーがゆっくりと過ごせる場所も知っているに違いない。にっこりと微笑む僕にファルクは苦笑してみせながらも「わかったよ」と頷いてくれた。
「そういえば、また光属性の生徒が編入してきたな」
「ああ、そうだね」
光属性はめずらしいから編入、入学すればあっという間に噂が広がる。もちろん僕たちも常に情報のアンテナを張り巡らせているため知らないというわけがない。
とは言っても、正直の前回光属性の生徒の印象があまりにも強すぎてあまりいいイメージを持ってはいない。いや、光属性の人間は品性高潔の人が多いと聞くし、その例の女子生徒のほうが少数派だろう。しかしあまりにもあの元女子生徒はインパクトが強すぎた。
「今のところ周りの評判はいいみたいだぜ。まぁ由緒正しき家柄のご令嬢だしな」
「ルフトゥ家だね」
あの家は礼儀と伝統を重んじる。今まで表立った騒ぎもなかったし跡継ぎで揉めたこともない。まるで貴族のお手本と言わんばかりの名家だった。しっかりとした教育も行き届いているのかご令嬢の悪評を今まで一度も聞いたことがない。
「流石に前回のような騒ぎにはならないだろうなぁ」
「なったら驚きだぞ。まぁ、周りに『魅了』をかけているわけでもないしどちらかと言えば控えめらしいからその心配はないだろうけど」
「このまま平和に学園生活を過ごしたいよ」
「それは同意」
ファルクと廊下を歩きながらそんな会話をしていると、何やらざわめきが聞こえて一度ファルクと目を合わせて次にその騒がしいほうへと視線を向ける。別に生徒同士の喧嘩なんてめずらしくともなんともないし、学園生活を謳歌してるんだな~程度で済ませるけれど。
それにしても、どうもこの騒ぎは喧嘩というよりも……一方的なような気がする。片方怒声で片方が悲鳴だ。
「ファルク」
「了解っと」
一言告げれば彼は軽い身のこなしヒョイと簡単に手すりを越えて、騒ぎの元へと駆け出す。そんなファルクの背中を僕も追いかけた。
騒ぎの元へたどり着いてみると、何やら尻もちをついている生徒を四、五人の生徒が取り囲んでいる。考えたくはなかったがこの騒ぎは容認できない。ファルクが尻もちをついている学生を背で隠し、僕も取り囲んでいる生徒たちの元へ歩み寄る。
「これはどういうことだい?」
「レ、レオンハルト様!」
「べ、別にこれはっ……そう、俺たちの問題です! お気になさらず!」
「そう、君たちの問題か! ――で、僕が見逃すとでも?」
生徒同士の問題であればその生徒同士で解決すればいい。が、今回はそうするわけにはいかない。
「魔力がない者を一方的に魔法で痛めつける行為を僕が放っておくとでも?」
そう、今ボロボロになっている生徒は魔力ゼロだ。そして今この場には魔法を使った痕跡がある。それもこの場にいる全員にだ。僕が鑑定のスキルを持っていることを知っているだろうに、それでもしらを切ろうとした彼らににこりと笑みを向ける。
「どういうことかな?」
「ぁっ……!」
「そ……それは、奴が『悪』だからですよッ‼」
唐突に奇妙なことを言い出した男子生徒に首を傾げる。思わず顔を歪めたかったけれど今ここで表情に出せば話がスムーズに進まなくなる。より深く聞き出すために「悪?」と一言言い返す。
「そうですよ! だっておかしいじゃないですか、魔法が普通に使えるこの国で魔力ゼロだなんて! 奴らは呪われてるから魔力ゼロなんですよッ!」
サッと周りに視線を走らせてみれば誰もが小さく頷いた。ファルクに庇われている生徒は顔を真っ青にして震えていて、見ていて痛ましい。
確かにこの国で魔力ゼロの人間なんてそうはいない。息するように魔法を使える僕たちに対して魔力ゼロの人たちはそれができない。
でもそれが、一体なんだって言うんだ。
「そしたら君たちは、もし僕のこの髪の色が滅多にないものだったとしたらそれを『悪』だと決めつけるのかい?」
「は……? それとこれとは話が」
「髪の色が違うだけで周りに害を及ぼさないというのに? 生まれ持ったものは自分ではどうしようもないし、それは個性だ。君たちは自分とは違うからと言ってありもしない罪で少数派の人たちを痛めつけているだけだろう? 違う?」
さっきまで無駄に胸を張っていた生徒たちが冷や汗を流し、徐々に僕から取っていく。それもそうだ、彼らの行いはただの鬱憤晴らし。魔力ゼロの人を普段から見下しているからこうして攻撃的に出ている。そこに大義も名分も何もない。
「さて、君たちの処分は僕に任せてよ」
にっこりと笑顔を貼り付ければ、それぞれ散り散りにこの場から去っていった。まったくもって情けない。この場にいたのが全員貴族だったというところが尚更だ。しかも痛めつけていたのは庶民の生徒。
彼は庶民という立場的にも、そして魔力ゼロということでも彼らに対抗することができなかったのかもしれない。震えの止まらないその生徒の近くに跪きハンカチを差し出す。
「怖かったね。でももう大丈夫だよ」
「すっ、すみません、助けていただいて……」
「あいつらのことは俺が調べておくから」
「頼んだよファルク」
ファルクのことだから根掘り葉掘りさっきの生徒のことをすべて、調べ上げてくれるだろう。そこから調理するのは決して遅くない。寧ろ何をされるかわからない恐怖でじわじわと追い詰めるのも乙というものだろう。
それにしても、一体何なんだと今度こそ顔を歪める。今までこういったこと一度もなかったのに。何を突然魔力ゼロの相手に対し「悪」だと決めつけるようなことを言い出したのか。
「他に何かされたり、言われたりしたかい?」
「……しょうがないんです。だって俺、魔力がないんですから……だからあんなこと言われたって……」
「魔力ゼロが悪なはずがない」
生徒の目が丸く開かれる。一体何を言われ続けてきたのかその言葉だけでわかったような気がした。尚更彼らを美味しく料理してあげないとねと内心ほくそ笑みながら、なかなか差し出したハンカチを取ってはくれない彼に対して代わりに口の端に付いている血を拭ってあげる。
「君も知っていると思うけど、僕の婚約者だって魔力ゼロだ。でも彼女は素晴らしい人だよ、僕は胸を張って真っ直ぐに生きている彼女が誇らしい。そんな彼女のことを、悪だと思うかい?」
「……いいえ」
「そうだろう? だから君も卑屈にならないで。大丈夫、どうすればいいのかわからなくなったらいつでも僕に尋ねにおいで。少しだけかもしれないけど君に何かできるかもしれない」
僕の言葉で彼を慰めることはできないけれど、でもさっきよりは目に光が宿ったような気がした。今度こそハンカチを受け取って傷を負った頬に当てて、「ありがとうございました」と頭を下げてきた。医務室に行くことを忘れずにと去っていく背中に向ける。それにしても。
「なーんか、きな臭いなぁ。突然すぎない?」
「確かにな。レオンハルトの婚約者がそうだからあからさまに手を出すところか口に出すこともなかたってーのに。一体なんなんだ」
それにしても、ファルクは眉間に皺を寄せながら続けた。
「なんであいつらあの生徒が魔力ゼロって気付いたんだ?」
「簡単だよ。魔法具を相手にかざしたんだろ。魔力がなければ魔法具だって反応しない」
「でもそれって……数少ない中探したってことだろう? なんでわざわざ」
そうだ、鬱憤晴らしのために数少ない魔力ゼロをわざわざ探し出す必要があるだろうか。手間がかかるし徒労に終わる可能性だってある。それに魔力ゼロの人たちは自分たちが周囲にどんな目を向けられるか知っている。だから自分が魔力ゼロというのを隠しているのがほとんどだ。
「アイビーは大丈夫か?」
「マリアンヌが常に傍にいるから大丈夫だろうけれど……それよりも、調べたほうがよさそうだね」
「……はぁ。何事もなく学園生活を過ごすのは難しいな」
「まったくだよ」
折角アイビーと楽しい学園生活を過ごせると思ったのに、どうもまた厄介ごとが起こりそうな予感がしてかなわない。深々と息を吐き出せば励ますようにファルクからポン、と肩を叩かれた。
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