8.作戦会議
場所は学園内にあるサロン。周りには音がもれないようしっかりと魔法で覆い隠しそれぞれこの場に集ってもらった。生徒会室でもよかったのだけれど、そこは生徒会員以外立ち入り禁止。よって入れない人物も出てくるため例え周りの目があったとしてもこの場所を選んだ。
「と、いうわけなんだけど」
生徒会員の面々、そして彼女のいう『ゲーム』とやらの内容を教えてくれたルフトゥ嬢に今回も巻き込まれる可能性が大のアイビーもこの場に座りことのあらましを説明する。にわかに信じられない話だ、それぞれが若干困惑しているのが見て取れた。
「……そんなことが」
「ですが、兄のことを思うとそちらの女子生徒の言葉も信じられない、というわけでも……」
言い淀むクリスにカイトが小さくルフトゥ嬢に視線を向けているときだった。
「異世界から転生?! 一体どのような物理の法則が働いたんでしょうか?! だって異世界ですよ? まったくもって未知数だ! 平行世界や色んな世界が存在していることも考えられますが彼女の言葉からすると文化も言葉も違うんでしょう?! それなのに記憶が受け継がれている。世界によって法則も何もかも違うという前提で考えればありえない話ですよ! 一体あなたの身に何が起こったんですか? 命を失うと誰でも別の世界に行くことがある? しかしこの世界でそのような文献は一切残されていないああ何がどうなっているのかもっと詳しいことを教えてくれませんか?! ねぇ! ねぇねぇ?!」
「そこまでにしておいたらどうだ。彼女困っているだろう? 女性にそんな捲し立てるなんて失礼だ」
まぁおおよそ予想はついてはいたけれどシアンの興奮度合いといったら。彼は未知数なものと遭遇するとすぐこうなってしまうと説明書にも書かれていたけれど、これは予想以上だとつい苦笑を漏らす。
流石にルフトゥ嬢もどう返せばいいのかわからずに慌てているし、そんなシアンを宥めてくれたクリスには感謝だ。とは言っても興奮冷めならぬシアンを椅子に押し留めてくれたのは騎士であるカイトだけれど。
コホン、と一つ咳払いをするとその場にいた視線が一斉に僕に向かう。彼女の転生のどうのこうのは今は重要ではない。
「主犯をあぶり出さないことには事態は落ち着かないだろうね。けれどその間に魔力ゼロの生徒が無事でいらえるかどうかだ」
「今のところ生徒は大人しいようです。ですが、先日の騒ぎが表沙汰になっていなかったら更に深刻化していたかと」
「もしかして君に相談事が行っていたのかい?」
「騎士なので、自分の身をを守るにはどうすればいいのかという相談は受けていました」
「そうか。先日遭遇していてよかったよ」
そうでなければ被害はもっと広がり学園内だけの問題だけではなくなっていただろう。基本学園内で起こった騒動は学園内で解決することとされてはいるが、行き過ぎるとそれは学園長を通り越して王の耳にも入ってしまう。そうなると即ち、生徒会長である僕の不手際と見なされ王位継承権も剥奪される。
被害も広がり僕も継承権を剥奪されるだなんて、おいしい思いをするのは主犯とその周囲の人間だけ。となると……考えられることはまた増える。
「取りあえずだ、魔力ゼロの生徒の人数を確認したいところだけど……」
「それなら心配ございませんわ。わたくしが全員把握しておりますの。これがそのリストですわ」
一枚の紙を渡してくれたアイビーに対し、受け取りつつも微笑む。流石は僕の婚約者だ。元より魔力ゼロの人間は立場が弱い、だからこそ自分と同じ思いをしている人間がいないかの確認のため調べていたのだろう。
できることならこのリストが役に立つようなことにはなってほしくはなかった。彼らも隠しているのだろうしあまり周りに知られたくはないだろう。例えそれが王族相手だろうとも。
サッと紙に視線を走らせ生徒の名前と学年を覚える。数は少ないとはいえやはり貴族、庶民共にいる。貴族のほうは魔力ゼロと悟られないための対策、庶民は魔力ゼロでも生きていく術を身につけるためにこの学園にやってきたのだろう。
「けどよレオンハルト。どの生徒がそうなのかわかったとはいえそれからどうするんだ? 一人一人に護衛をつけようなんざ尚更目立っちまうだろ。そうすると折角隠していた意味がなくなる」
「それなら考えているよ。シアン」
「今度色々と教えて下さいね‼ ――えっ、あ、はい僕ですね! 実はこんなものを作ってみました!」
「それは……カフス、ですわよね」
「はい。でもただのカフスではありません! 魔力反射を付加させているんです!」
「……付加をさせるのはいいが、それならば魔力ゼロの生徒が身につけても発動しないのでは?」
シアンが取り出したのはどこからどう見ても普通のカフスだ。カイトが訝しげながらもカフスを凝視している。確かに魔力を持っている僕たちから見ても何の変哲もないように思えるが、ちゃんとカラクリがあるのだろう。
続きをどうぞと笑顔で催促すると、彼は多少鼻息を荒くしながら疑いを持っているカイトの眼前にズイッとカフスを寄せた。
「魔力ゼロの人が持っていても大丈夫です! これは放たれた魔法に反応して、発動するように作りましたから!」
「……よく作ったね」
研究開発となると我を忘れがちになるシアンにクリスのそのポーカーフェイスが若干崩れる。彼女の気持ちがわかるといえばわかる。ちょっと圧が強い。
「ハロルドさんとハイロさんの研究を参考にしました~! いやぁハロルドさんの研究は面白い! 彼自身が魔力ゼロのため色々と試行錯誤を繰り返しまったく予想できないものを作り上げてしまうんです! どういう場所でどんな思考でそういう見事な発想が生まれるのか、色々と語り明かしたいことはたくさんあります……そういえばあれも」
「わかったからしばらく口を閉じといて」
まだまだ続きそうなシアン劇場をクリスがピシャリと閉会させた。この二人水と油のようだけれどいい方向に作用してくれているようで何よりだ、と内心ほくそ笑みながらシアンからカフスを受け取る。
「彼らにはこれを付けてもらおう。これならば制服に目立たないし違和感もないだろう?」
「ならば貴族の生徒にはわたくしから渡しておきますわ。親交もあるので受け取ってもらえるはずです」
「そしたら庶民の人たちにはわたしが渡します。お願いすれば付けてくれると思いますから」
「そしたら二人に任せるね。頼んだよ」
貴族分のカフスはアイビーに、そして庶民分のカフスはルフトゥ嬢に手渡す。シアンはどうやら多めに作ってくれたらしく、残っている分は予備のためにそれぞれが持つことになった。
目立たずに小振りな物をと頼んでいたため、どうやら耐久性のほうが十分ではないらしい。一度なら跳ね返せるかもしれないが、数回、もしくは強い魔法を喰らってしまえば壊れてしまうらしい。
「カフスが反応したら迅速に対応する。アイビー、ルフトゥ嬢はカフスをしっかりと生徒に渡すこと。クリス嬢とカインは二人の護衛、シアンは魔道具の整備。そして僕とファルクは主犯を突き止める」
一人ずつに視線を向け、それぞれの役割を改めて口にした。
「今回は早期解決、これ以上被害が広がらないように徹底する。みんな、よろしく頼むよ」
僕の一声でみんなの顔が引き締まりそれぞれが頷き返してくれる。もちろんこの場での話は他言無用、主犯に近い生徒に漏れてしまうのは是が非でも塞ぎたい。けれど。アイビー、と一言声をかけ耳を寄せる。
彼女の親友であるミラには僕も信頼を寄せている、ミラには伝えていいということにした。そうしなければ万が一のとき、彼女は何も知らない状態で巻き込まれる可能性があるからだ。もしそうなった場合一番悲しむのは他でもないアイビー。僕はそうなることを絶対に認めない。
にこりと笑顔を向ければ美しく可愛らしい笑みが返ってくる。この場でその頬に口づけしたかったものの、流石にこの面々とはいえアイビーも恥ずかしがるだろう。そこはグッと堪えて、テーブルの下でその細長い指に自分の指を絡める程度に済ませた。
***
「ミラ、待たせてしまって申し訳ありませんわ」
「大丈夫ですよアイビー様、大事なお話だったんですよね?」
「ええ。でも貴女に話していいとの許可を得ていますわ」
ミラも巻き込まれる可能性があるからとレオンハルト様は許可をしてくださって、掻い摘んで先程の会話をミラに伝える。流石にステラさんの言う「異世界転生」には疑いを持っていたけれど、それなしでは話が進まない。彼女もそれをわかって一度はそのことを飲み込み、話に耳を傾けた。
「なるほど、それがそのカフスなんですね。アイビー様なら貴族の方たちはみんな受け取ると思います」
「そうですわね」
魔力ゼロの生徒はわたくしが入学する前にしっかりと調べておいた。未だに立場が弱く罵倒も受けやすい。そんな人たちの助けに少しでもなればと事前に接触はしておいた。それがこんな形で役に立つなんて、なんだか皮肉ですわねと苦い笑みを浮かべる。
「貴族はいいですけど、庶民のほうは本当に大丈夫ですか?」
「ええ。こちらにいるステラさんにお願いしていますわ。クリスさんも付き添ってくれるようなので問題はないと思いますの」
「女性に対しては顔が広いので、そちらは大丈夫だと思います」
わたくしの後ろをついてきていたクリスさんが胸に手を当てながらそう告げ、その隣を歩いていたステラさんがクリスさんに向かって慌てて「ありがとうございます」と頭を下げていた。
「ルフトゥ家は庶民層に施しを毎月行っているんです。その関係もあって庶民の生徒もわたしの言葉に耳を傾けてくれると思いますが……あの」
「どうしましたの?」
ステラさんの視線がわたくしとミラの間を行き交う。何かしらと首を傾げていると彼女は一度深呼吸をし、そして口を開いた。
「ミラさんに教えても大丈夫でしょうか? 知ったら知ったで危ない、ですよね……」
「……あっ、私の心配をしてくれているんですかっ?」
「そうですわね。ミラもわたくしの親友として危険なことには代わりはないです。ですがそれは今回のことだけではなく、日々そうですわ」
わたくしの親友であるミラの心配もしてくれるなんて、優しいお方なのねと微笑みを浮かべる。なんせ前回の光属性の女子生徒が凄まじかった故に、どうしてもこちらは最初警戒心を持ってしまう。
心配そうな顔をしているステラさんににこりと笑みを向け、次にミラに視線を向ける。確かに彼女にも日々危険は付き物になってしまっている。それでもミラは、今でもこうしてわたくしの親友でいてくれている。
「でもミラは、このわたくしの親友ですわ――だってとっても素敵な趣味を持っているんですもの」
「趣味、ですか?」
「……コホン、ルフトゥ嬢。世の中には知らないほうがいいこともありますよ。貴女が深追いするには少し純粋すぎるかと」
「あら。その口振りからするとクリスさんは知っておりますのね」
「噂はかねがね、でございますから」
「そうなんですね。残念、お二人にお教えしようと思ったんですけど。主に拷問のしか――」
「ミラ。しーっ」
それはわたくしとミラだけの秘密ですわ、と思わず言葉にしそうになったミラの口を人差し指で塞いで二人が見えないところでウインクをする。
だってわたくしたちの楽しい趣味を誰かに邪魔されるなんて、嫌ですもの。
ミラが何を言おうとしていたのかまったく察していないステラさんは顔をきょとんとさせ、一方その何かを察したクリスさんはポーカーフェイスではあったけれど若干ミラから身を引いた。クリスさんにはわたくしたちの趣味は伝わらない、と頭の中のメモに書き記す。
「それにしても、レオンハルト様は本当にアイビー様を溺愛しているんですね。あの、見てるわたしのほうが恥ずかしくなってしまって……」
「ああ、テーブルの下で指を絡めていたあれですか」
あら、見られていましたのねと口元を手で隠し「ふふ」と小さく笑う。きっとあのときのレオンハルト様はわたくしの頬に口づけを落としたかったのだろうけれど、生徒会員の面々の前ではわたくしが恥ずかしがると思って指を絡めるという行為だけで済ませたのでしょう。
未だにしっかりとわたくしの貞操を守ってくれているレオンハルト様に感謝しつつも、ほんの少しだけ、頬とは言わずに髪でもよかったのですわよと言えばよかったと後悔している。独占欲を大っぴらにしてもらってもわたくしはまったく構わない。
けれど、ステラさんのような純粋な方もいますのね。そうなるとあのときのレオンハルト様の選択に間違いはなかったのですわ。まぁ、恐らく角度的に視界に入る人には見えていたのだろうけれど。
「指を絡めるなんて序の口ですよ。すごいときは本当にすごいですから。例えば拷問器具持ってると――」
「ミーラ?」
「あ、これも言ったら駄目ですか?」
「駄目ですわ」
若干顔が青くなってしまったところを見ると、「拷問器具」という単語がステラさんの耳に届いてしまったようで。誤魔化すようにステラさんに笑みを向けてみる。
でも、なんだか楽しいものですわ。こんな状況でそんなことを言うのは不謹慎でしょうけれど。でもレオンハルト様以外にこうして気軽に話してくれる生徒はミラだけだった。こういうのって、確か言葉があったはず。
「……なんだか、『女子会』みたいですわね」
貴族の令嬢たちが集まるそれとはまた違う、身分や立場など関係なくこうして他愛もない会話をするのがなんだか楽しい。打算も謀略も、いちいち警戒する必要がないんですもの。
「そうだ! この件が解決したら中庭とかでやってみません? 女子会。きっと楽しいですよ」
「お菓子とか持ち寄ったらいいかもしれませんね」
「面白そう。私、おすすめしたい本持ってきていいですか?」
「ミラ、その本は駄目ですわ」
ステラさんの提案にクリスさんも乗り、ミラは不穏な言葉を口にしていたけれどそれでも彼女もどこか楽しそうだった。
レオンハルト様に言ったら不貞腐れるかもしれないけれど、たまには女子だけのお茶会もいいのかもしれないとわたくしの表情も自然と緩んだ。
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