お忍びデート

「アイビー、準備はいいかい?」

「ええ、もちろんですわ」

「よし、行こうか。オーウェン」

「承知いたしました」

 そうして喜々としてレオンハルト王子とアイビー様は馬車に乗り込んだ。二人が向かった先は王都から少し離れている街。王の手腕によって潤ってはいるものの、影を見せている部分もあった場所だ。


 王は以前、その場所を第一王子に任せた。まだ第一王子が国外に逃亡する前だ。彼は自分に務まるか不安だったそうだが、実際一度はその街に足を運んだようだ。そして当時影の部分を管理していた教会の神父に状況を聞き、これで支援してほしいと硬貨の入った袋を渡した。この場所を誰よりも知っている貴方が有効的に使ってほしいと。

 ただ第一王子は人が良すぎた。根が優しすぎてそもそも人を疑うということを知らない。丁寧に対応してくれた神父に対し第一王子は何の疑問を抱かなかった。彼がもし、せめて王族ではなく貴族であったのならば慈善事業としてうまくいき、また人々からも慕われることもあったかもしれない。

 神父は王子からの支援を着服した。第一王子が人々のためにと渡した金はただ神父の私腹を肥やしただけ。周囲の人たちは神父の身につけているものが贅沢品になってきていることには薄々気付いたようだったが、それが王子からの金だとは誰も知らなかった。それもそうだ、神父は周囲に一言も第一王子に支援を受けていることを言わなかったのだから。

 結局その場所の環境は改善されることなく、また神父に信頼を置いていた第一王子ももう大丈夫だろうと安堵してしまい一度もその場所に赴くことはしなかった。

 そんな中、レオンハルト王子とアイビー様がその場所に訪れた。デートと称しての偵察だった。お二人は身分を隠して庶民の格好をし、こっそりと見に行かれた。

 彼らは自分の目で見て確かめ、まずは硬貨よりも物資の支援を優先した。なんせ環境が悪かったのだ、その環境の改善のほうが先だろうと馬車に大量の荷物に詰め込んで彼らは何度も王都とその街を行き来した。もちろん、自分たちが王族または貴族だという身分を隠して。物資を渡すときは仲介役を雇って彼らがちゃんと手渡しているところを遠目から確認していた。

 お二人の支援もあってその場所はまたたく間に環境が改善されていった。不衛生だった場所は清潔さを保たれ、物乞いをするしかなかった人々はそれぞれしっかりと手に職をつけている。

 治安を悪化させていたゴロツキはお二人が秘密の部屋へと連れ出し、それぞれ教育された。どんな教育が施されたのか周りの者は誰も知らない。ただその秘密の部屋から出てきたお二人の表情はとても清々しく、そしてちらりと見えたゴロツキたちの顔はどれもやつれていた。当時十二歳だったお二人に教育をされてプライドが傷ついたのか、それともトラウマを植え付けられたのか。俺たちが知る由もない。

 そのゴロツキたちも今ではすっかり街を守る保安隊だ。言葉遣いや所作も矯正された彼らを新たに街にやってきた者たちは元ゴロツキであるとは思ってはいない。


 そしてあれから四年経った今も、お二人はデートと称して街の偵察に行く。レオンハルト王子はそのキラキラと輝くブロンドを黒に染め、アイビー様は艷やかな長い黒髪をまとめて帽子の中に隠している。服装も庶民の服へと変え動きやすさを重視している。いつもと同じように王都から馬車に揺られ、そして彼らが変えた街へとたどり着いた。

 結局レオンハルト王子は自分たちの行いを王に知らせることなく兄の功績だと報告したようだが、それを王が気付かないわけがない。王は表立ってレオンハルト王子を称賛することはなかったが、未だに護衛一人だけつけて街に行くことに目を瞑っている。

「ほら見てごらん、ヘデラ。早速美味しそうなものを見つけたよ。行ってみよう」

「そうね、ハル」

 馬車から降りればお互い偽名を口にして、手を繋いで視界に入った露店へと駆けていく。高い頻度でやってきているため、街の人たちも「ああまたあの二人だ」と表情を綻ばせているのが視界に入る。

「色んな味があるね。ヘデラはどれがいい?」

「イチゴが気になるわ」

「僕はこっちのチョコにしようかな~。イチゴとチョコをお願い」

「はいよ」

 王族と貴族が露店で買って立ち食いなんて。他の者が知ったら卒倒するか顔を歪めるだろうなと遠目から二人の様子を守りつつ苦笑する。

 そもそも、この街の者たちはすでに気付いているのだ。二人の正体を。未だに隠せているだろうと思っているのは当人たちだけだ。

 例えブロンドを黒く染めようとも、艷やかな髪を隠そうとも、庶民の服を着ようとも。佇まいがすでに庶民のそれではない。綺麗に伸びた背筋、ふとした拍子に出てくる美しい所作、整っている顔に隠しきれていないオーラ。もう色々とだだ漏れでモロバレである。

 ただしこの街にお二人を嫌っている者はあまりいない。一体誰がこの街の環境をよくしてくれたのか、それをわかっているからだ。わざわざ身分を隠してまでこの街に遊びに来てくれていることを内心喜んでいる。ただ、二人が身分を隠しているため表立ってそれを伝えることができないでいるだけ。

「ヘデラ、次はあっちに行ってみよう」

「ええ」

「お二人とも、あまり離れないでくださいね」

 目を離せばすぐにどこかへピューッと走っていくお二人に、一応釘を差しておく。手を繋いだまま振り返ったレオンハルト王子は悪戯っ子のようにニッと笑ってみせた。

「僕たちを見失わないように付いてくればいいんじゃないかい?」

「そうよ、オーウェン。早く来ないと私たち行っちゃうんだからね?」

「……はいはい、わかりました」

 街の様子を見にやってきているわけだが、もしかしたらお二人の気分転換も兼ねているのかもしれない。この場所はお二人を『王子と王子の婚約者』とは見ていない。ただの『ハルとヘデラ』だ。無邪気な顔はちゃんと年相応に見える。

 パタパタと動いて回るお二人から決して離れることなくお供する。色んな露店に目をキラキラさせながら眺め、途中すれ違った保安隊と軽く会話を交わす。

「この間大雨が降ったけれど大丈夫だったかい?」

「ええ。川周辺を補強してくれたおかげで氾濫せずにすんだの」

「それはよかったわ」

 街の状況を確認するのも怠らない。こまめに足を運んでいるからこそそういった部分も見えて先手も打てる。お二人が四年間ずっとやってきたことだ。

「どうしたんだい? オーウェン」

 そんなお二人の姿を見て微笑みを浮かべて軽く頭を左右に降る。別に第一王子が悪かったわけではない、彼も自分でできる範囲で頑張ろうとしてくれていた。ただやはり、影の部分もはっきりと見なければならないのだ。

 レオンハルト王子とアイビー様がいらっしゃって本当によかったと思う。この街の出身である俺がそう思うのだから。俺はお二人が初めてこの街に来たときに見い出されて騎士となることができたが、そうなるまでなかなか変わらない街の状況に歯がゆく思っていた。

「貴方方の騎士であることを誇りに思います」

「これからもっと君を連れ回すけどね?」

「もちろん。どこへでもお供します」

 小さく頭を下げればレオンハルト王子は「大袈裟だなぁ」と小さく苦笑してみせた。


 ちなみに着服していた教会の神父はレオンハルト王子とアイビー様が証拠をしっかりと掴みそれを漏れなく王へ提出した。恐らく第一王子が絡んでなければお二人は独自で罰を下していたに違いない。

 第一王子が絡んでいてよかったなとつい思ってしまった。彼らの「お仕置き」ほど恐ろしいものはない。無邪気な表情の下に隠されている顔を知っている者は皆そう思うだろう。

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