万能メイド

「アイビー! 会いに来たよ!」

「レオンハルト様!」

 まるでひと月も長い間離れていてようやくの再会、という風に見えるこのおふた方。その実昨日学園で会ったばかりである。

 ルゥナー家のこの離れで王子と婚約者であるアイビー様は休日、こうしてここで時間を過ごすことが多い。王子は寮住まいであるけれど周りの目を気にせずに二人きりで過ごすには適していない。ということで、わざわざアイビー様のお屋敷まで王子はそれは喜々として足を運んでいる。

「マリアンヌ、変わりはないかい?」

「もちろんでございます」

 私の主であるレオンハルト王子に深々と頭を下げればそっと安堵の息を吐き出す音が聞こえた。

 初め王子が寮に住むと聞いたときは周りはこぞって反対した。警護するにはなかなかに難しかったからだ。まず人数制限がかかる、それに場所も狭い。寮は基本生徒であれば出入り自由でわざわざ一人ずつ確認を取るわけにもいかなかった。ならばせめて一人か二人でも護衛をつけてほしいとの使用人の願いを、王子は笑顔で断った。そして私たちはその王子に折れた。

 幼い頃より命を狙われ続けていた王子は生き残るために剣の腕を磨き続けた。その結果騎士団長をも唸らせる剣術を身につけたことを我々も知っていたからだ。その辺りの騎士よりもきっと王子のほうがずっと上だ。

 そして王子の護衛を外されたのは、メイドの私も同様にだった。世話係という名目で連れて行くのもあるなのではと進言してみたものの、身の回りはすべて自分でやりたいとのことだった。そうして泣く泣く引いた私は王子から別の指示が言い渡された。

「僕の代わりにアイビーを守ってほしい」

 王子の婚約者、という立場もあって彼女も何かと命を狙われることが多い。学園に行くまではこまめに王子がアイビー様の元へ顔を出し逐一警備に不備がないかの確認をしていたけれど、学園に通うと王子は寮に住まいを移す。物理的な距離も離れてしまいそれも難しくなってしまう。王子は彼女のことをかなり心配していた。

 そういうことであれば、と私はルゥナー家の了承も得て王子のメイドでありながらも今はアイビー様の元で仕事をしていた。彼女が一人きりになることは決してないし、メイドとしての仕事も怠らない。

 ただし、レオンハルト王子そして婚約者であるアイビー様のメイドとなると、『普通』では務まらない。

「もしこういった状況で数人の刺客が襲いかかってきた場合どうする? 武器は? 戦略は? そのあとの処理はどういったことをする?」

「この葉とこの粉で作られた新たな毒に対してどのような解毒剤が効果的だと思いますの? またこちらの毒はどういう症状が見られるのかご存知で?」

 双方から定期的に試験が行われる。どちらも知識も必要であれば実践が行われるときもある。それに合格しなければ二人のメイドは務まらないのだ。暗器は常に持ち歩いておりどのような毒も口に含む。主を身体を張ってお守りしそうして信頼を得ていく。

 けれどそういうこともあって、長年二人のメイドを務めた者は数少ない。精神的にも肉体的にも過酷な仕事だ、余程の変わり者でない限り適応するのに苦労していた。

「ところでわたくし、気になったのですけれど」

 アイビー様が最近お気に召しているハーブティーを淹れている最中に視線をもらい、顔を上げてにこりと笑みを向ける。

「マリアンヌは今何歳ですの? わたくしたちが幼い頃から変わらず、ずっとそのままですわ」

 恐らく二人のメイドとして最も務めているのは私だろう。それはもう、可愛らしく小さく動き回っている頃よりお二人を見守ってきたのだから。レオンハルト様が誘拐されたときは馬車をこの足で追いかけたし、アイビー様に不埒な輩が近付こうとしたときは人知れずこっそりと始末……こほん、処理してきたものだ。

 随分懐かしいですねぇ、とつい昔のことを思い返していると王子のほうから「こほん」と軽い咳払いが聞こえた。

「アイビー、女性に年齢を聞くなんて無粋というものさ。女性には秘密が一つ二つあったほうが素敵なんだから。って、ファルクが言ってたよ」

「まぁ。そしたらわたくしもレオンハルト様に秘密があったほうがいいのかしら?」

「え~? それはやだなぁ。アイビーはそのままでも十分素敵だよ?」

「ふふっ、レオンハルト様ったら」

 二人のこの惚気けも小さい頃からまったく変わっていない。王子はアイビー様が自分の魔力ゼロという秘密を曝け出してからそれはそれは彼女を溺愛し始めた。

 王子はアイビー様が自ら口にする前から魔力がゼロということを知っていた。それを果たしてどこまで隠し通すのか、話を切り出せばさらりとしらを切るのか、どうするのだろうと考えていた。けれど彼女は自ら自分の弱点を口にした。その瞬間アイビー様は王子にとって信頼しうる相手だと位置付けされた。

 まぁ、王子は口にしたことはなかったけれど。そもそもアイビー様は王子のタイプなのだ。多少の秘密があったところでそれでも王子はアイビー様を愛しただろう。

 しかし私がいるというのに二人は気にすることなくこれでもかというほど惚気ける惚気ける。今までメイドを務めた人間の中にはあまりの惚気けっぷりに彼氏がいない寂しさを覚え、おふた方から栄養補給している者だっていた。それほど人目を憚らない。

 というのに、実際普段仕えている者ではない人間が近くにいればまるで見本のように見事な紳士淑女に早変わり。本当にある意味訓練されている。

「どうしたんだい? マリアンヌ」

「いいえ。私はこれからもずっとおふた方にお仕えしたい、そう思っておりました」

「まぁ。マリアンヌが傍にいてくれたら安心ですわね」

「恐悦至極でございます」

 これからも仮に王子が誘拐されればこの足でどこまでも追いかけるし、アイビー様に危害を加えようものならば先手を打つのみ。

 今はまだ学生の身、けれど卒業すればおふた方はずっと大変な立場になられる。そんなおふた方の束の間の休息を誰にも邪魔させるものかと今日も私は笑顔でお二人にお仕えする。

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