いい趣味をお持ちで
カナット学園の図書館はとても広い。色んな専門の本が置かれていて持ち出すことはできないけれど、図書館内ではいくらでも借りて読んでいい。ジャンル別に並べられている棚の間を抜けて、私が向かった先はあまり人が立ち寄らない場所だった。それなのに埃が積もってないところを見るとしっかりと手入れが行き届いているのがわかる。
本棚の中からいくらか本を抜いて、両腕に抱えて机に向かう。本の種類も多ければ生徒が勉強しやすいようにと机も多く置かれている。その中で端のほうを選んで本を置くとドスンという音が響いた。慌てて周りを見渡してみると誰もこっちを気にしてない。ほっと息を吐きだして椅子に座る。
カナット学園に置かれている本はどれも面白い。家で読んでいると怒られる本だってこの場では誰にも咎められない。私にとってストレスなく好きなだけ好きな本を読める、最高の場所だった。
「まぁ。とても面白そうな本を読んでいるのですわね」
「ひっ?!」
今まで声をかけられたことなんて、一度もなかったから。しかもそれが綺麗な声の持ち主からだなんて夢にも思わない。びっくりして急いで顔を上げれば、すぐ目の前にさらりと流れる綺麗な黒髪が映った。
「隣、よろしくて?」
「は、はい」
咄嗟に返事をして後悔した。面白そうだなんて、もしかして社交辞令だったかもしれない。だって私の隣に座ったのはこの国の王子である人の婚約者だったのだから。色んな噂は聞くけれど私は特に興味がなかったから右から左に流していた。
ただ、こうして隣に来てみるとわかる。とても綺麗な所作に滲み出る優雅さ清楚感。噂は所詮噂、実際見てみるとこんなにも綺麗な人がいるだなんてびっくりした。
だからこそそんな綺麗な人にこんな……今まで誰からも理解されなかったものを見せるわけにはいかない、そう思って慌てて腕で覆い隠す。けれど、それはどうやら遅かったみたい。
「『最も効果的な拷問方法』……」
「あっ……!」
「素敵なタイトルですわね」
「……え?」
これももしかして、社交辞令? だってご令嬢が拷問本を見て「素敵なタイトル」なんて言うわけがない。きっと顔だって引き攣っているに違いない、そう思って恐る恐る顔を上げてみる。
でもそこにあったのは、とても、それはとてもとても目を輝かせているご令嬢の顔だった。
「その本、随分端にあるでしょう? わたくしそこまで読み進んでいないからまだそういう系統の本を読んでおりませんの。どう? 面白い?」
「お、面白……」
いです、なんて言ったら今度こそ引かれてしまう。というかこの人ってもしかして図書館内にある本をすべて読破するつもりなんだろうか。彼女の手にある本をチラッと見てみたら経済の専門書だった。如何にも令嬢が、というよりも王子の婚約者だからこそ読んでいそうな本。
読破するつもりじゃなくて、本当に自分に必要な知識だけを選び取っているのかもしれない。でも、これ、私の持っているこの本は彼女に必要な知識だとはとてもそうは思えない。
「あ、無粋な質問でございましたわね。興味があるからこうして読んでおられるのでしょう?」
「あ、う……」
「お気になさらないで? 貴女の趣味趣向に口を出すつもりなんてまったくありませんわ。でも貴女が読んでいるその本、わたくしも興味がありますの」
「興味がある?!」
ついつい素っ頓狂な声を上げてしまって慌てて自分の口を両手で押さえた。だって、貴族の令嬢が。王子の婚約者が。拷問に興味がある?!
びっくりして目をまん丸くするしかない私に彼女はそれはもう、とてもいい笑顔でキラキラとしていた。
「ええとても! だってレオンハルト様の周りには不埒な輩が多いんですもの。その対応もなかなか大変ですのよ?」
だからそういう専門書があれば手数が増えていいと思いましたの。と、おっかない内容に対して彼女の顔がキラキラ輝いたまま。
「ちなみに貴女はどういったものが好みですの?」
「え、え……えっと、ひと思いじゃなくて、じわじわと、苦しめる的な……」
「まぁ! とっても素敵! わたくしたち話が合いそうですわ! わたくしはアイビー・ルゥナーと言いますの。貴女は?」
「わ、私はミラ・トルトゥーラです」
「ミラ、わたくし貴女と仲良くなりたいですわ」
こんな、拷問書を前にして学園で初めて友達ができるなんて思いもしなかった。
アイビー様は噂とは違ってとても話しやすい人だった。王子の婚約者っていう立場を決してひけらかすことなく物腰も柔らか。ただ美しさのあまりに少し話しかけにくい雰囲気はあるかもしれない。
そんな綺麗な人との盛り上がる会話が、拷問に関してだなんて。周りの人が聞いたら血の気が引いて倒れるかもしれないし、私の親は確実に悲鳴を上げる。だって私が家で本を読んでるだけで悲鳴を上げて本を取り上げて外に投げるか燃やすかだったから。
でも一緒の趣味を持っている人がいるって、こんなにも楽しいことだったなんて私は知らなかった。図書館でほぼ毎日本を読むのも楽しかったけど、誰かと意見を交換できるなんてとても貴重なことだった。自分には思いつくことのない、相手の自由な発想は私の脳を更に刺激した。
アイビー様と一緒にいて更に驚いたのは、真っ先に王子様に紹介されたことだった。
「レオンハルト様、わたくしの友人のミラですわ」
「初めましてミラ。アイビーがこんなにも嬉しそうにしているんだから、余程話が合ったんだね」
「そうなんですの! ミラの知識はとても素晴らしいものですわ! わたくしがまだまだ知り得ない方法をたくさん知っておりますの」
「へぇ! 僕も気になるなぁ」
僕も気になるな?! っていうか王子はもしかしてアイビー様のご趣味をご存知?! って思わず口に出さずに堪えた私を褒めてほしい。というか今までの会話で「拷問」の「ご」の字も出ていないけれど、これは絶対に相手に伝わっている。
王子のキラキラとした目が私に向かっていて、なんだか最近似たような瞳を見た気がするなと若干意識が飛ぶ。そうそう、美しい黒髪の持ち主が同じ目で私を見ていた。
色んな噂が流れているけどこの二人。絶対に似た者同士だ。
「もっともっと痛めつける方法ってないかしら。わたくしレオンハルト様と違って魔法が使えないから傷つけた側から回復なんてできませんの」
王子とその婚約者と一緒にサロンで優雅にお茶だなんて、今まで全然想像できなかった。しかも内容がとても周りに聞かせられるものじゃない。でも二人が準備してくれたお茶もお菓子もおいしくて、そして何より話題にしている内容が最高においしかった。
「魔法じゃなくて回復薬使ったらどうでしょう? そもそも回復魔法を使える人って少数ですし、逆に回復薬だったら気軽に手に入れられるんじゃないですか?」
「ミラ……! わたくしったら、レオンハルト様が普通に魔法を使うからその方法しか頭にありませんでしたわ。そうですわよね、回復できる手段は一つだけではないということをすっかり忘れてましたわ」
「そしたらその回復薬の効力を上げる方法を考えてみるっていうのはどうだい?」
ティーカップに優雅に口をつけていた王子がカチャリとソーサーに置いて、にこりとアイビー様に笑みを向ける。その笑みだけで周りにいる女子生徒を卒倒させる効果があるんだけれど生憎今のこの場には私たちしかいないし、私は王子の笑みよりも恐怖で引き攣っている顔のほうが好きだった。
「傷つけたらすぐにその回復薬を飲ませるか浴びせるかして、一瞬にして元に戻す」
「そしてまた同じ方法で……素敵ですわね。レオンハルト様に害を成す者を永遠と苦しめられますわ」
「アイビーに害を成す者も、ね」
会話は素敵なんだけど、ただし結構な頻度で目の前で惚気けられるのはちょっとしんどい。
「回復薬の材料に関してはちょっと伝手があるんだ。とある貴族のご令嬢だけどね、その手の事業にかなり強いんだ。いい値で買い取らせてもらおうかな」
「流石はレオンハルト様ですわ」
「ところで、ミラはどんな方法がいいと思う?」
キラキラと輝いている目が一気に私に向けられる。二人の拷問方法もなかなかいいものだと思うけど、そうだなぁ、私が考える方法は……とつらつらと口に出していく。ちなみに今までこの手の話は誰にもできなかったから、私も多少饒舌になっていた。
長々と話終えてすっきりした私はようやくハッと気付いた。二人の目がまん丸くなって固まっていたことに。まずい、流石にやりすぎた。
「うん、君の頭の中はとても立派だということは理解できた」
「困ったときはミラを頼りますわ」
「す、すみません、引きましたよね……」
「そんなことありませんわ! ただわたくしたちの知識不足だったということだけです。これからもたくさん素敵な知識を蓄えてくださいまし」
「頼りにしてるよ、ミラ」
「あ、ありがとうございます」
この知識が頼りにされるなんて初めて。二人の力になれるんだったらこれからいくらでも知識を蓄えようとグッと心の中で握り拳を作った。
その知識が今後、かなりの頻度で二人の助けになるなんて。このとき想像すらできなかったけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。