似た者同士の婚約者

 父親に連れられて、初めて会ったときはあまりのキラキラに目が眩んだ。

 六歳になったばかりの頃、婚約者ができたという話に一瞬理解できなかった。確かに貴族にはそういった話は付き物だけれど、それにしては早すぎでは? と。でもそれだけ相手との関係性を強固なものにしたかったのかもしれない。

 もしくは王族と親しくするために、ただ捧げられただけかもしれないけれど。

 でも今となってはそんなことどうだっていい。父と母の愛情が多少希薄でも別に構わない。そんなこと、目の前の王子の眩さに比べて些細なことのように思えた。


 王子との関係性がうまく行きつつあったある日、わたくしは王子にカミングアウトした。わたくしには、魔力がないと。

 この国では魔力がない人間はほとんどいない。生まれたときから少量の魔力があって、誰でも使えるものだった。わたくしに魔力がないとわかった瞬間絶望したお父様の顔を今でも覚えている。ルゥナー家は他の誰よりも魔力に優れている家だったから。

 だから、仲良くなった王子には正直に伝えた。数ヶ月一緒にいてわかったことだけれど、この王子には隠し事は通じない。穏やかな口調でありながらも時折目が笑っていないときがある。ひんやりとしたものが背中に伝った……はずだったけれど、なぜそれがゾクゾクという感覚になったのかは未だわからないでいる。

 王子もお父様のような目でわたくしを見てくるのかしら。正直、このときわたくしも王子には期待していなかったのかもしれない。この人だけは、という考えが最初からなかった。きっとこの人も周りと同じ反応をする。きっとそうに違いない、と。

「……そうか。今まで、大変だったね」

 でも王子から出てきた言葉は今まで聞いたことのないものだった。魔力がないなんて。なぜお前にはないのか。本当にルゥナー家の人間なのか。そんな言葉ばっかりでうんざりしていたのに。

「……蔑まないのですか?」

「どうして? だってそればかりは自分で決められないだろう? 長子がいい、男がいい、女がいい、庶民がよかった、王族がよかった。そんなもの誰にも決められない。君の場合はそれが魔力ゼロだっただけの話だ」

 目をパチパチと瞬かせることしかできないわたくしに、このとき王子は初めてふんわりとした微笑むを向けてきた。

「でも腑に落ちた。君の知識量は魔力ゼロということをカバーするためのものだったんだね。とてつもない時間と努力を費やしてきたんだ。君はすごいよ、アイビー」

「っ……」

「僕は君が誇らしいよ。だから君も、決して自分を蔑むことなく大切にして」

 ポロポロと涙を流してそのとき王子に何を言ったのか覚えていない。わたくしもまさかここまで号泣するとは思わなかったし、意外にもこのときの王子は突然泣き出したわたくしにオロオロとするばかりだった。急いで差し出されたハンカチは無駄に力が入ったせいでクシャッとなっていて、なんだか面白くて泣き笑いという器用なこともやってしまったけれど。

 でもこのとき、わたくしはズボッと恋に落ちた。この人のためにもっともっと精進しよう、わたくしが将来この人の足を引っ張らないようにもっともっと勉学に励もう、と。


 とまぁ、わたくしの幼いときはこのぐらいでいいんですけど。それ以上にレオンハルト様ですわ。

 小さい頃の彼は本当に猫かぶりでわたくしの前でもにこにことしていたけれど、まだ第二王位継承者ということもあって周りに馬鹿にされることもままあった。そのときのレオンハルト様の目つきと口の悪さといったら。

「そのうちお前の小さいその×××切り落として晒してやるからな」

 ここは少し言葉を伏せさせていただきますけれど、このとき周りから少し耳にする「愛嬌の第二王子」という言葉とのギャップでときめいて思わず胸を押さえたものですわ。もう少しで医務室に運ばれるかと思いましたもの。

 実際その言葉を実践したかというと、その言葉を言われた当人と言った当人、そしてわたくししか知りませんわ。

「レオンハルト様は普段とても気を遣っておられるのね」

 十歳になった頃、二人で庭の散歩をしているときにそう口にした。他の人間がそれを口にしてしまえば実際に首が撥ねるかもしれないけれど、わたくしは決してそんなことにはならないという確証がすでにこのときにはあった。

「そうなんだよ。気が緩むとついポロッと出てしまうからもう大変で大変で」

「誰か参考にしておりますの? そういったもの難しいのではありませんの?」

「兄上を参考にしてるよ。兄上の口調も表情もとても優しいからね。僕も兄上のように振る舞えば周りは騙されて――こほん、見直してくれると思ってね!」

「わたくし、素のあなたもとても好みですの」

 ぽろっと思ったことを口にすれば、めずらしく目をまん丸くして真っ赤になったお顔が目の前にあった。

「あっ、そ、そう? 僕もね、たまにとてつもないサドっぷりを発揮するアイビーが好きなんだ」

「えっ、や、やだ、そうですの?」

「僕を暗殺しようとしていた相手に思い切り鞭打ちしていた君の顔はとても輝いていたよ……」

 うっとりした顔で言われてしまって、今度はわたくしの顔が真っ赤になる。第二王位継承者でもレオンハルト様は幾度となく命を狙われている。わたくしの、敬愛する、レオンハルト様にッ! 夜這いっ……コホン、寝首を掻こうとしたり攫うふりをしながら直接肌に触れたりとッ?! 決して許せるものではありませんわッ‼

 だからそれをわからせるために鞭を打ったのだけれど……それを見られていただなんて恥ずかしい。わたくし、もっともっと鞭打ちの腕を磨きますわ。

「僕もアイビーみたいになぶり方を覚えたほうがいいのかもしれないね。アイビーが攫われそうになったときに頭に来て真っ先に斬り捨てちゃったから」

「わたくし、あのときの瞳孔開ききったレオンハルト様もとても好みなんですの。雄々しさを感じて……」

「そうなのかい? アイビーがそう言ってくれるならそのままでもいいかなぁ?」

「もちろんですわ」

 当人デレデレになっている顔に気付いていないのかもしれないけれど、その顔だってとてもいい。肖像画を描かせて一冊にまとめたいぐらい。もう色んな表情のレオンハルト様を腕利きの画家に描かせたい。いい値で買おう。


 そういうことで、政略結婚という名目のわたくしたちの婚約はどうやら互いに相手がタイプだったようで、とてもよくいっている。一体今度はどんな一面を見せてくれるんだろう、お互いドキドキしながら過ごす日々はとても素晴らしい。

 数年後、親友となる人物から「似た者同士」と言われることになるのですけれど。

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