4.これってなんのイベント?

「まず君たちは真相がどうなのか確かめもせずに一方の言い分だけを聞いてアイビーを糾弾した。生徒会員の立場としてこれはどうかと――」

「正気に戻ってください、レオンハルト様!」

 まず僕の言葉を遮られたことにもびっくりだけど、こんな状況で前に出てきた彼女にもびっくりだ。ハイロが止めようと軽く腕を引っ張っているようだけれど、それでも彼女は堂々と僕の前に立ち憚った。

「レオンハルト様はその人に騙されてるんです! わたし、そんなレオンハルト様のこと見ていられなくて……だから、わたしの力でどうにかしようとしたんです! それでも、どうにも……ならなくて……」

「セリーナ……君はなんて清い女性なんだ」

「きっと『聖女』っていうのはセリーナみたいな子のことを言うんだよ」

 おっと流れが変わったか? さっきまで静まり返っていた生徒たちが徐々に彼女の言葉に耳を傾けている。どうやら彼女には話術の才能があるようで、その健気な雰囲気も相まって静まり返っていたはずのこの場所に彼女を擁護する声が上がる。

 アイビーの隣で心配そうな顔をしているミラに眉間にググッと皺を寄せるファルク。そんな二人にゆるく微笑む。ちなみにアイビーはまったく心配していないようだ。彼女の厚い厚い信頼に顔がニヤけそうになるところをなんとか堪え、視線を女子生徒に戻す。

「騙されてる? 僕が?」

「そうです! わたし授業で『魅了』の魔法があるって学びました! レオンハルト様はずっとその人にその魔法をかけられているんです!」

「確かに、レオンハルトのアイビー・ルゥナーに対する感情は常識を逸している」

「可哀想、レオンハルト。ずっとその悪女に騙されていたなんて」

 ざわざわと周りがより一層騒がしくなる。なるほど。間違っているのは僕のほうで、僕がそうなってしまったのはアイビーが『魅了』の魔法を使っているせいだから、と。

「……はっ」

 悪女やら可哀想な王子やら、周りはこの空気に流されて言いたい放題。まぁ、鬱憤を晴らすことができる場所があるのは悪いことではないとは思うけど。

「――あっははは! 『魅了』の魔法? アイビーが? この僕に? 面白いことを言うね!」

 突然僕が大笑いしたものだから、周りがピタッと言葉を止めた。再びシンと静まり返ったこの場所で、僕のことを憂いた女子生徒は若干顔を引き攣らせている。

「そ、そうですよ、レオンハルト様。だから……」

「確かに『魅了』の魔法は存在しているし扱える者だっている。でもそれにアイビーは決して、当てはまらない」

「ッ、どうしてですか?! レオンハルト様がそんなこと言ってるのその人のその魔法のせいっ――」


「だってアイビーに魔力はまったくないんだもの」


 まるでピシッと音が付きそうなぐらい、女子生徒とこっちに睨みを利かせていた三人が固まった。僕はそんな彼らの様子を眺めながら、隣にいるアイビーの腰を抱き寄せてる。

「魔法はおろか、魔力で動く魔法具だって使うことができない」

 魔力がゼロの者はこの国ではほとんどいない。しかも由緒正しき、その才を認められ公爵の地位を授けられたルゥナー家の人間であるアイビーがそれだとは誰も思わなかったはずだ。

 アイビーへの心にもない非難中傷を避けるために敢えて公言はしていなかったのだけれど、そんなアイビーの身の潔白を証明するには公言するしかない。

 ごめんね、アイビーと隣に視線を向けてみると目が合った瞬間彼女はゆっくりと頭を振ってゆるく微笑んでくれた。

「僕は確かにアイビーに魅了されてるよ。でもそれは魔力がないとわかった上で、それでもひたむきに努力をし続けているアイビーの姿を間近で見てきたからだ。まぁニュートの言う通り? この感情は常軌を逸しているかもしれないけどね?」

「そんなことありませんわ、レオンハルト様。貴方様がわたくしを認めてくださるからこそ、心折れることなく今日までやってこれましたの」

「アイビー……君は本当に、健気だね……」

 こんな大勢の前じゃなかったら軽く頬に口付けをしていたのに。でもちょっぴり恥ずかしがり屋の彼女はそんなことされたら三日ぐらい口をきいてくれなくなるから、ここはグッと我慢我慢。

 さて、いつまでもアイビーの綺麗な瞳と見つめ合っていたいけれどそういうわけにもいかない。もう回復薬を片手に仕事をこなすなんて懲り懲りだ。

「『魅了』の魔法を使っていたのはアイビーではなく君の方だろう。セリーナ・パートシイ」

「ッ……!!」

「そこの三人にずっとかけ続けているね。おかげでここ数日の彼らの言動がめちゃくちゃだ」

 この場にいた者たちの視線が一斉に例の女子生徒に向かう。その瞳にはさっきまでの尊敬や切望の色はない。疑惑、拒絶、軽蔑、そんなものにスルッと変わる。

「わっ、わたしが『魅了』の魔法?! そんなの使えるわけないじゃないですか! だってわたし、光属性ですよ?! そんな光属性とは関係なさそうなっ」

「君は不思議に思ったんじゃないかい? どうして僕とファルクにはかからないのかって。答えは簡単、僕には元より耐性があったしファルクもあらゆる女性から情報提供してもらっている身だから耐性ができたんだ。よって僕たちには君の魔法は効かなかった」

 ちなみに、その手の魔法に属性は関係ないよと笑顔で付け加える。まぁ多少才能に左右されることもあるけれど、魔力がゼロでない限り会得しようと思えば誰でもできる。その逆にその手の魔法を耐性を付けることも可能なように。

「僕はね、ずっと待ってたんだよ。彼らが自身に『魅了』の魔法をかけられていることに気付いて自分で解除することを。でも……結果は残念だったなぁ」

「ッ……! そ、んな、俺たち……いや、俺は、セリーナを守りたいと……」

「な、何かの間違いなんじゃないの? そんな、セリーナがかわいいって思うなんてこと、誰でも……あ、あれ……?」

「彼女を愛おしく思っていたこの感情は、偽物……?」

「さて。話を戻そう」

 『魅了』の魔法をかけられていると気付かなかったことにショックを受けているところ悪いんだけれど、重要なのだこの先だ。

「さっきの令嬢たちはいいんだよ。ただの虚言だったからね。カナット学園の生徒としてこれから精進してもらえば――でも君たちはそういうわけにはいかないよ。君たちは将来僕の重要な家臣になるはずの立場なのだから」

 学生だから、そんな言い訳は彼らには効かない。

「噂の真相を確かめもせず一方の言い分だけで僕の婚約者を貶めようとした。それがどれほど重大なことなのか、わかっているよね?」

「ま、待って待って! ごめん、謝るよ! だから許してっ」

「コリン・エトワール。君にはとても優秀な姉がいたな? いくつもの事業を展開させ管理し己の腕だけで結果を出している。お父上も、さぞかし鼻が高いだろうなぁ」

「ッ、今は姉上のことなんて関係ないだろ!!」

 顔を真っ赤にしてそう叫んだコリンに微笑みを向けて、次にその隣に視線を向ける。

「ニュート・グラディウス。君の弟はすでに数々の武勲を手にしているね。君より年下だというのに騎士団の副隊長だろう? 立派じゃないか」

「アイツのことはッ」

 プライドの高いニュートは弟と比べられるのを嫌がっているということは知っている。でもしょうがない、だってそれが事実なんだから。

 最後に、事の重大さを一番わかっているであろう彼に視線を向ける。

「ハイロ・ノレッジ。君の従兄弟はすごいなぁ! 魔力がなくとも動かせる道具を発明してくれたそうじゃないか! 僕は彼の研究、開発にとても興味があるんだ。できることなら支援もしたいと思ってる」

 サッと視線を逸したハイロににこりと笑みを向け、そしてそっとアイビーの腰から手を離す。静まり返ったこの場所で足音は随分と響く。コツコツと、一つずつ鳴るために彼らの身体は大きく震える。

「僕はね――家を継ぐ者が長男である必要はないと思っている。優秀な者が家を継げばいい。その方が家も廃ることなく安定するだろう?」

 コツリ、と音は会場の中心部で鳴り止んだ。

「今回の件は君たちの家に報告させてもらう。今後の身の振り方、考えた方がいいかもね」

 引き攣るような声にならない悲鳴が聞こえたような気がした。でもこれは身から出た錆だ。魔法をかけられたことに気付きもせず色事にうつつを抜かして自分たちの責務を放棄した結果だ。同情するところなんて何もない。これがもし、普通の生徒ならば少しは同情しただろう、まだ哀れみもあっただろう。

 でも彼らはそんな甘えが許される立場じゃない。僕たちは小さい頃から耳にタコができるぐらい言われ続けていたことなのだから。

「こんなの……こんなの、ゲームと展開が違うじゃないっ……!」

「ゲーム?」

 不意に聞こえた言葉に首を傾げ、視線を向ける。思わず出てしまった言葉だったようで、彼女は顔を真っ青にさせながら急いで手で口を塞いでいた。

「ゲームと言ったかい? もしかして誰かと対戦でもしていたのかな? 例えば……最近君と良好な関係を築いているとある男爵、とか」

「なんっ……?!」

 この情報はファルクから聞いたものだったんだけど。どうやら最近光属性の生徒に接触を図ろうとしているとある男爵がいるという情報。その男爵がまた色んな、それはもう対応が面倒臭くなるような色んなことを画策していたようで。実行される前に証拠を掴んで手っ取り早く捕まえたいと思っていたところだった。

「卓上ゲームは難しいよねぇ。僕も何度も叔父上と対戦したけれどほとんど負けていたんだ。流石に戦上手の叔父上に勝つなんて無謀なことだったかなぁって」

 彼女が一体どんなゲームをしていたのか知らないけれど、そんな彼女に叔父上から常に負けていた僕からアドバイスでもしてあげようかな。

「君は勝算があるゲームしかしたことがないんじゃないかな? そんな君にゲームは向いてないよ」

 だって、と口角を上げて言葉を続ける。

「君には計略や謀略――何よりもゲームに最も必要な腹の黒さも覚悟も、何もかも足りていない」

 さて! と言いながらパチンと叩いた手のひらの音は小さいはずなのに、今この場ではなぜかとても大きく聞こえた。その音と共に彼女の身体は大きく跳ね、腰が抜けたのかは知らないけれどヘタリとその場に座り込んでしまった。

「そういえばさっき『悪女』という単語が聞こえたね?」

 アイビーが糾弾されている中確かそういう単語をこぼしていた生徒がいたはずだ。それがどの生徒なのか、あれだけわいわいガヤガヤしていた中で特定できたわけじゃないけれど。まぁ僕が魔法を使えば特定も簡単だろうけど流石に一生徒にそこまでするのは可哀想かな。

「生徒会員三名を『魅了』の魔法で誑し込め、嘘の証言を作り上げ僕の婚約者であるアイビーを貶めようとした。この学園がもし一つ『国』であった場合、君の起こした行動はまさに国を破滅へと導く『悪女』のようだ」

「ち、違っ、わ、わたしは、ただっ」

「君の処遇はそうだな、今回の被害者であるアイビーに任せるとするよ」

「わたくしでございますか?」

「そう。ただし僕に相談してくれると助かるかなぁ。あまりにも軽かったら意味がないし」

「いやですわレオンハルト様。わたくしが貴方様の手を煩わせると思っていて?」

「そんなことないか!」

 優秀な彼女ならば任せっきりで大丈夫か! とアイビーに満面の笑みを向ける。

「そうそう。共犯にされそうになっていたミラも加わっていいからね?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん」

 ミラの少し気の弱いところを知っていながらああやって勝手に共犯者に仕立て上げようとしていたのだから、彼女からも何かしらのお咎めがあってもいいだろう。

 確かにミラは遠慮がちなところもあるけれど、アイビーの親友だ。聡明だし何よりその頭は僕たちが予想する以上にあらゆる方法が駆け巡っているはずだ。僕は怖くて、それがなんなのか知ろうとも思わないね。

「さーって! なんだか変なイベントみたいになってしまったね? みんな今のことは忘れて、今日は待ちに待った自分たちが趣向を凝らして仕上げた最高の学園祭をぜひとも楽しんで!」

 両腕を広げて声高々にもう一度宣言すると、会場がワッと沸く。誰も冤罪を生み出そうとしていたよくわからないイベントよりも、自分たちが楽しむだけにそれぞれが必死に考えてそして企画を通した学園祭を楽しみたいはずだ。

 さっきまでの辛気臭い空気は払拭され、僕も急いでアイビーの元に駆け寄る。

「アイビー、僕と一緒に回る予定だっただろう? ものすごく楽しみにしていたんだ」

「わたくしもですわ、レオンハルト様。色んなものを一緒に楽しんで、学生たちが考えた美味しい食べ物を食べて回りましょう?」

「ミラちゃん、そこの二人は二人っきりで回るだろうから余りもん同士俺と回らないかい?」

「え? なんかちょっと嫌なんですけど」

「うっはっ、辛辣~!」

「ファルクたちは後で合流しようか?」

 僕たちのデートを堪能したあとに四人で回るのもいいかもしれない。笑顔で提案してみれば二人とも楽しそうに笑顔で頷いてくれた。僕も二人に笑顔を返し、そして空いているアイビーの手を自分の手とそっと繋ぐ。

 誰であろうとアイビーを貶めようとする行為を、僕は決して許さない。後ろで彼らがどんな様子なのか確かめることなく、僕たちは楽しい学園祭に向かって歩き出した。


「こんなの、おかしいじゃない! ヒロインはわたしよ?! あの女は悪役令嬢だったはずなのに! このゲームどうなってんのよ! バグじゃないの?!」

「セ、セリーナ……? 一体どうしたんだ」

「触らないで! 私はレオンハルトを攻略したかったの! 全然高感度上がらないから仕方なくアンタたちの好感度上げていただけだってのッ!!」

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