3.婚約者がなぜか糾弾されてる

「アイビー・ルゥナー! 貴様はレオンハルト王子の婚約者に相応しくない!」

 いつの間にか周囲にはコリン、ニュート、ハイロ、そして僕の隣にはあの例の女子生徒がやってきていてそんな僕たちと対面する形で向こう側にいたのは何を言おう、僕の婚約者であるアイビーだった。

 一体何が起きているんです??


 あのバカみたいな書類をファルクとすべて終わらせ、そして無事に迎えることができた学園祭当日。広い中庭に集まっていただいた全校生徒に向けて挨拶をした後、各々この学園祭を楽しんでくれとつい先程僕が言ったばかりだった。

 あの多忙な日々を過ごした僕へのご褒美だ、アイビーと一緒に学園祭を回ろうという約束もしていた。だから挨拶を済ませたあとアイビーの姿を探していち早く駆けつけようとしていたのに。走り出そうとしていた僕の動きを封じたのは名前も覚えていないあの女子生徒。振り払って進もうとしたところ、今度はハイロの魔法で足を止められた。

 そして冒頭に至る。いや、いやいや何を突然そんなこと。そんなことを口にする権利はニュートにはないはずだ。一体何が起ころうとしているのか、アイビーとのデートで浮かれていた僕の頭の回転は少し落ちていた。

「……いや、はぁ? 一体突然どうし――」

「俺たちは知っているんだぞ、お前の悪行の数々を!」

「はぁ?」

 いや、僕の言葉はニュートのバカでかい声で遮られてしまったし、そのあとの言葉も首を傾げるばかりだ。悪行の数々? 一体誰が。ニュートの視線からしてアイビーに向かっているから、アイビーのことを言っているのか? 尚更「はぁ?」である。

「何を言ってるんだい、ニュー――」

「セリーナを妬んで色んないじめを繰り返してたってね。随分腹黒いお姫様だね」

「貴族あるまじき行為だ」

 ますます以てわからない。一体誰の話をしているのかなんのことを言っているのか。というか彼らは随分ご立派なことを言っている気になっているようだけれど、その実僕の陰に隠れながら言ってるからね。何か物申したいことがあるのなら前に出て堂々と口にすればいいものの。

 ちなみにこうしている間にも例の女子生徒が僕との距離を縮めてくる。逃げようにも隣は体格のいいニュートがいるから動くに動けない。

「……一体なんのことですの?」

「しらばっくれるな! 見た生徒だっているんだぞ!」

「まぁ……何を言っているのかまったく理解できませんわ。そちらの方に嫉妬? わたくしこうして顔を合わせるのも初めてですのに、嫉妬とはなんですの?」

「レオンハルトと仲良くしてるからでしょ? 婚約者を盗られそうになって焦ったんだよねぇ?」

 待て待て聞き捨てならない言葉が出てきた。僕とこの名前も覚えていない女子生徒が仲良く? え? 彼らが見た僕ってそれ本当に僕なの? 僕彼女と仲良くしたことなんて一度もないんだけど。寧ろ絡んできて面倒だなぁと思っていたのに彼らにはそれがわからなかったということ?

 ……いや、きっとわからなかったんだろうなぁ。ここのところの彼らは明らかにおかしかったし。

 それにしても、男三人から威圧的に責められようとしているのにアイビーは怯むことなく美しく背筋を伸ばして迎撃しようとしている。なんて身も心も綺麗な人なんだ。ますます好きになってしまう。天井知らずのこの感情がとても恐ろしいよ。それがまたとても嬉しくて楽しいんだけど。

「ともかく、知りもしないことを責められる覚えはありませんわ」

「白々しい……! 大方貴様の友人に手伝ってもらったんだろう……?!」

 ハイロの言葉にアイビーの隣にいる彼女の友人であるミラにバッと視線を向けてみれば、彼女は急いで頭をブンブンと激しく左右に振った。そうだよね、彼女はどちらかというと控えめで誰かに何かをしようとする意思は弱い方だ。

「ものすごく怖い思いさせられたんだよね? セリーナ」

「は、はいっ……教科書を破られたり、鞄を池に捨てられたり……! 立場を弁えろって、ほっぺた叩かれたあとに言われてわたしどうすればいいのかわかんなくてっ……うぅっ……」

「可哀想なセリーナ、もうそんな怖い思いをしなくていいんだよ?」

 涙ながら訴える女子生徒に、後ろに隠れていたコリンがそんなことを言いながら彼女の傍に寄って下から見上げているという恐ろしい所業がすぐ隣で行われているんだけど。なんだこれ。

 というかあれか、数日前ファルクから聞いていた女子生徒のいじめのどうのこうのっていう噂はこれのことだったのか。っていうかその首謀者がアイビーだという噂は聞いていなかったんだけどな?! ファルクもそこまで知らなかっただけなのかもしれないけど。

「証人だっている。言い逃れはできないぞ」

「アンタの悪事を今この場で曝け出してあげるよ」

「覚悟するんだな」

 なんか決め台詞みたいに言っているな、と思いつつ証人がいるのならば話は早い。さっきから言葉を遮られていた僕だけれど、流石にこれ以上は遮らせないぞと一歩前に出る。

「証人がいるなら今この場に出てきてくれないか?」

「レオンハルト……ようやくわかってくれたか。お前の婚約者をさっさと追い出してやろう」

「アイビーがいじめをやったのを見たという生徒がいるなら出てきてくれ」

 ニュートの言葉は無視するとして、なんだか騒動が騒がしくなってしまった会場でぐるりと周りを見渡してみる。するとクルクル縦ロールをなびかせて堂々とやってきた女子生徒と、サラサラストレートヘアーを手でサラリと流した女子生徒が前に出てきた。

「レオンハルト王子、わたくしは見ましたわ。アイビー様はそちらの女子生徒に嫌らしいいじめをなさっているところを」

「わざと水をかけたり、背中を押して階段から落とそうとしておりましたの。あまりの所業に黙ってみていられませんでした」

「なんて恐ろしいことを……」

「それが令嬢のやること?」

「まるで悪女みたいじゃないか」

 貴族二人の言葉に周りにいる生徒たちからそんな声が上がる。確かに恐ろしいことだ。階段から突き落とそうとするなんて下手したら殺人未遂で投獄される恐れだってある。

 周りがざわざわとざわめき僕の後ろにいる三人に振り返ってみると、彼らは小さくほくそ笑んでいた。どうやら彼らが思っていた通りに事が進んでいるようだ。スンスンと泣いている女子生徒を見てみると、涙を拭うフリをしながら小さく口角が上がっているのが見え隠れしている。隠すならきちんと隠さないと。

 周りに冷たく厳しい視線を投げつけられていながらも、アイビーは決して背中を丸めなかった。堂々としていて、あまりの美しさに周りはその姿に恐れも抱いたのかもしれない。僕も微笑みを浮かべて証言をしてくれた二人のところへ歩み寄る。二人とも、近付いてきた僕に褒美でも貰えるのかしらという顔をしていた。


「嘘の証言をありがとう」


 辺りの空気に亀裂が走る。さっきまでうっとりとしていた令嬢二人の顔は途端に凍りついた。

「え、う、嘘……?」

「そんなことありませんわ。王子に嘘を付く必要がありまして? 私たちが見たのは本当で……」

「僕は『鑑定』のスキルを持っているんだ。知らなかった?」

「なんだと?!」

 気色ばんだ声色を上げたのはニュートだ。彼らに振り返った僕はにっこりと笑みを浮かべた。

 『鑑定』のスキルは裁判員が基本持っているスキルだ。罪を犯したという証言があった場合冤罪などを生ませないためのスキル。ただ取得するにはかなり時間を要するものだから裁判員は魔法の才能を持った者がその職に就くことが多い。

「なぜ王子であるレオンハルトがそのスキルを持っている……?!」

「こういう時のためにだよ。いざ何か起こった場合それを調べるために人員も時間も割いてしまうだろう? それならば僕がそのスキルを覚えた方が早いと思ったんだ」

 立場上言い寄ってくる相手は嘘偽りが多い。それを一々調べるのも骨が折れるし下手したら疑心暗鬼になってしまう。それならば『鑑定』のスキルを会得した方がいいと幼い頃から学んできた。

「さて、君たちは嘘の証言で僕を騙そうとしたということになる。これは下手したら不敬罪もしくは虚偽罪にも当たるのかな?」

「ヒッ……!」

「も、申し訳っ、ありませっ……」

「……でもまぁ、ここは社交界でなく学園だ。間違いを犯すことだってある。その間違いを今後正していけばいい」

 腰が抜けてガタガタと震えている彼女たちににこりと笑みを向ける。学園は学ぶ場だ、つい先程彼女たちは学んだということになるだろう。もう二度とこういうことがないように、と念を押せば震えながらも二人は立ち上がって逃げるように去っていった。

「さて。今度は僕に喋らせてもらおうかな」

 唖然としている三人にくるりと振り返る。さっきから自分たちだけが好きなように喋っていたのだから、そろそろ僕が好きなように喋ったっていいだろう。チラッと視線を走らせてみればファルクが守るようにアイビーとミラの傍に寄ったのが見えて、彼女たちの身の安全が保証された上で僕は口を開いた。

「まずはアイビーがいじめを行っていたという話。えーと確か、物を隠されたり鞄を池に放られたり……だったかな? 彼女がそんなことするわけがないだろう?」

 コツコツと足を進めると自然と生徒たちが避けてくれて歩きやすくなる。僕は難なくアイビーの元へ歩み寄ることができた。

「彼女がそんな生易しいことするわけないじゃないか。もしやるとなると徹底的に、その家族すらも没落させて再起不能にさせる。立ち上がろうとする気力さえも削ぐ勢いでね。そうだろう? アイビー」

「流石はレオンハルト様、わたくしのことよくわかってくださっているのね」

「もちろんだよアイビー。僕はそんな君がとても好ましいんだ」

 首筋に手を伸ばし、肩にかかっている髪をサラリと手で払いのける。彼女の美しく輝く黒髪はサラサラと流れていった。

 中途半端にしてしまえば後に必ず報復が来る。それによってどれほどの被害が及ぶか、それは僕だけじゃなく聡明なアイビーもよくわかっている。だからこそやるからには徹底的に、大切な人たちに被害が及ばないように根絶やしにする。それが僕たちのやり方だ。

「さて! それよりも君たちの口振りからして目撃者は他にもいるんだろう? 出てきておいで、僕が『鑑定』してあげる」

 くるっと振り返って辺りを見渡す。アイビーをいじめの主犯格だと言うからにはそれなりの目撃証言があったはずだ。あの二つだけじゃないはず。さぁどうぞと両腕を広げてみるも、周りはシンと静まり返ってしまって誰も出てきてはくれない。

「あれ? どうしたんだい? 大丈夫だよ真偽を確かめるだけだ、痛い思いなんて何一つしないから安心して出てきておいで?」

「レオンハルト……! それではまるで脅しだぞ!」

「そうだよ、王子である君にそんなこと言われたら誰も何も言えないよ」

「どうしてだい?」

 反論してきたニュートとコリンににこりと笑みを向ける。ハイロは賢いから流石に今どんな状況なのか気付いたんだろう。顔を真っ青にして若干反論した二人から距離を離している。

「嘘か真か、大切なことだろう? 僕はそれを確かめるだけだ。君たちみたいに一方的に悪と決めつけて威圧的に責めるつもりなんて更々ない」

「ッ……!」

「んー……それにしても証言者、出てこないねぇ? これは困った」

 腕を組んで顎に手を当てる。あれだけざわついていたというのに今ではすっかり静まり返ってしまって僕たちの声がよく響く。それにしても証言者が出ないとなるとこれは困ったことになる。

 彼らは証言があったからこそアイビーを悪と決めつけていた。その根底を翻すことになるのだから。

 まぁ、僕は最初からアイビーがいじめなんてするわけがないと思っていたわけだけど。

「こうなると別問題が生じるね。コリン、ニュート、ハイロ。君たちだ」

 三人それぞれに視線を向ければ彼らの身体がびくりと強張ったのが見えた。残念だなぁ、彼らは決してこんな風に愚かな人間じゃなかったはずなのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る