2.はぁ〜忙しい忙しい牽制牽制
「レオンハルト様~!」
突然名前を呼ばれたかと思ったら、急に誰かが腕に抱き着いてきた。生徒会員の面々はなんだか羨ましそうな顔をしていたけれどその中でただひとり、ファルクだけが「ゲッ」と言いたげな表情を隠さなかった。ちなみに、僕も表情に出さなかっただけで心はファルクと一緒だ。
「君は確か……えーっと」
「セリーナです! お忘れですか?」
「ああごめん、最近忙しくてね」
「この間お会いしたとき忙しそうでしたもんね?」
そうだねこの間お会いしたときは関係者以外立入禁止である生徒会室に堂々と現れた挙げ句、仕事放置した生徒会員と優雅にティータイムを過ごしていたときだ。あれだけあった書類と片手に握られていた回復薬に気付かないとはある意味感心する。
「ところで君、貴族ではないよね?」
「そうですレオンハルト様! わたし庶民なんですけど、でもなんかすごい魔法が使えるらしくって。だからこの学園で勉強しろって」
ああそういえば光属性の魔力を持った生徒が入学したとは聞いたけれど、それが彼女だったのかと一人納得する。なるほど貴族の人ではなかったか。
「貴族ではない君は知らないかもしれないけれど、学園だからと言って簡単に男性をファーストネームで呼んではいけないよ?」
「え? そうなんですか?」
「君らは教えなかったのかい?」
「いいじゃんそんな細かいこと」
最近よく彼らと一緒にいるものだからそういったものもきちんと教えているかと思ったんだけど。コリンの口振りにそういうことかと一瞬気が遠くなる。もしかしてここ最近ずっとこの調子だったんだろうか。僕もそうだけれど彼らにも貴族として婚約者がいる身なのに。肉親でもなければ婚約者でもない人間にファーストネームで呼ばせて肌の接触を許していたのかな。
それがどういう意味なのか、彼らがわからないはずもないんだけどなぁと段々と考えるのが面倒になってきた。僕はそれよりも学園祭のことを考えたいんだけど。ああでも、だからと言って僕がここでなぁなぁにするわけにもいかない。
「それと、婚約者のいる男性にこんな距離の縮め方はよくない」
「これくらいよくないですか? 庶民は普通ですよ?」
「僕は庶民じゃないからね。離してもらおうかな」
「え~……やです……」
「じゃぁ僕が振り払おう」
なかなかにしがみついて離れないなぁとは思ったけどそれは故意だったか。そしたらいいかと思い切り腕を振り払う。簡単に腕は解けて彼女のほうは寧ろ勢いよく腕を振り払われたせいか少しよろけていた。
「レオンハルト! 危ないだろう?!」
「僕には注意するのに彼女には注意しないんだ。ニュート、君の優先順位はそういうことだという認識でいいんだね?」
「っ……! い、いや、それは……」
「やめろニュート、分が悪い」
「それだとまるで僕が悪のような言い草だ、ハイロ」
「……ッ」
「まぁまぁ、お前らそんな怖い顔するなって」
不穏な空気を払拭させようとしてかファルクが明るい声で僕たちの間に入る。果たしてこの場合非があるのはどちらか。少し考えたら誰でもわかるようなものなのに、なぜか彼らは反抗的な態度だ。まさか数年遅れの反抗期っていうやつなのかな。
早くこの場を離れたほうが賢い選択のようだ。相変わらず仕事を手伝ってくれなかった三人はあの女子生徒にべったり。これ彼らの婚約者にチクってもいいのでは? とちょっとだけ頭の片隅で思ってしまう。
「行こうぜレオン。まだまだ生徒会の仕事は終わるんねぇだろ?」
「そうなんだよファルク……今日も手伝ってほしい」
「いいぜ」
またあの五人分の仕事を二人で捌かなきゃいけないなんて泣けてくる。流石に今日ぐらいは手伝うよって言ってくれるかなって思って少し視線を向けてみたけれど、どうやら頭を下げてお願いしても彼らは頷いてはくれなさそうだ。心の中でシクシクと涙を流しつつ、ほんの少しだけ少なくなった書類が積まれている生徒会室へファルクと向かった。
「前にさ、変な噂が流れてるって言っただろ?」
お互いペンを走らせながら視線を上げず口も閉じず、手を走らせる。
「うん? ああ言ってた言ってた。こっちが忙しくてちゃんとした確認が取れてないけれど、ファルクは何か知ってるのかい?」
「仲良くしてる子たちが色々と教えてくれるんだ」
「流石は色男だ」
「褒めてんの貶してんの? まぁいいや。その子たちから聞いた話なんだけど、最近どうやら女子生徒の中でいじめが行われているらしい」
「いじめ?」
まさかそんな噂が流れているとは思えず、つい手を止めて視線を上げる。するとファルクも僕と同じように顔を上げてこちらをジッと見ていた。
「まぁでも、今のところ噂。ただ……よく調べもせずにその噂をまるっと信じてしまう人間が出てくるかもしれねぇな」
「学園祭の準備だけで手一杯だと言うのに……」
「……寧ろそれを狙ったのかもしれないな」
「なるほど」
僕の手が空いていないからその隙きに、ということだろう。その噂が本当かどうかはわからないけれど生徒会室の机から離れられない間、その外では色々と起こし放題といったところか。
そういうの、本当に困るなぁと息を吐き出す。そうならないための風紀があって、他の生徒会員がいるというのに。まぁその生徒会員の半分が機能していないせいもあるのかもしれない。
「早く対策を取りたいな」
「ただ目の前にあるこの量を捌かなきゃなねぇんですけど?」
「そうだった。今日も回復薬が大活躍」
「何も上手くねぇんだよなぁ」
あとでまた大量の回復薬を魔法学部の生徒に貰いに行かないとなぁと再び手を動かす。実際問題王になるときっとこの程度の仕事量では済まされないかもしれない。その分補佐をする人間も増えるだろうけれど、今回みたいに仕事を放棄する人間を選ばなきゃならない。
改めて父上の偉大さが身に染みる。何喰わぬ顔でなんでもこなす父を誇らしげに思っていたけれど、今こうして大量の仕事をこなしていると「本当に人間か?」と父の目の前で真顔で言ってしまいそうだ。
「レオンハルト様~!」
「えぇ……」
翌日の昼休み。僕のドン引きな小声は届かなかったようで、彼女は満面の笑みでこっちに手を振って走ってくる。ちなみに、その彼女の周辺には例の如く御三家が揃っていた。
っていうか、僕はちゃんと注意したはずでは? 気軽に名を呼んではいけない、婚約者のいる男性に接触をしてはならない。そう確かに言ったはずなんだけど。彼女は僕の方に両手を伸ばしてきたものだから反射的にサッと横に躱した。
「なんだい」
「レオンハルト様とお喋りがしたいと思って」
「そう。僕は何も喋ることはない。それじゃぁね」
「そんなつれないこと言ったらセリーナが可哀想じゃん!」
ぞろぞろと歩いてくる三人に顔は笑みを貼り付けつつもげっそりする。君たち、昨日はまさかの一度も生徒会室に顔を出さないという所業。おいおいどうしてくれようと流石の僕でも腹の底で思ってしまうよ。
そんな僕の気持ちなんて知りもせずに今日も変わらず彼女の取り巻きかぁ、と口角を上げつつも目は決して笑えなかった。
「そう言うならコリンが相手をしてあげるといい」
「セリーナはレオンハルトと喋りたいんだよ?」
「そう。でも僕は本当に喋ることなんて何一つない。失礼していいかい?」
「おいレオンハルト……お前、彼女の苦労を知りもせずに……」
「そういう君たちも最近の僕の苦労を知ってはくれないね。もう泣けてくるよ。泣いちゃっていい?」
「ニュート、口でレオンハルトには敵わないぞ……」
最近の彼らは彼女が関わるとどうも我を忘れてしまうようだ。彼女中心に世界が回っているようで、僕の言葉も聞いてはくれない。早くこの場から去りたいけれど、残念ながら頼みの綱であるファルクは今女子生徒にいじめについての聞き込みに行ってもらっている。
そうこうしている間に彼女は僕の腕に抱きつこうとするし、それを躱しながら意識が明後日の方向に飛んでしまう。こんなこと今までなかったのになぁ、本当に僕が泣いたら彼らはどうするんだろ。
「あっ!」
ところがだ、そんな僕の目の前に一筋の光が差し込んだ。流石だ、なんて天使なんだ。
「アイビー!」
丁度アイビーが友人と一緒に歩いているところだったようで、僕の声に気付いて彼女は微笑みを浮かべて挨拶代わりに小さく頭を下げた。その場から脱した僕は急いでアイビーの元へ向かう。
「やぁアイビー。休み時間に会えるなんて嬉しいよ」
「ごきげんよう、レオンハルト様」
「本当は昼食も一緒に取りたいんだけど……」
「生徒会室に籠もっておられるのでしょう? 仕方がありませんわ」
「早く学園祭が終わればいいのにね」
そうすれば放課後だけじゃなくて休み時間だってアイビーと一緒にいられるのに。数日後に控えている学園祭が早くも終わってくれないかなぁと切実に願ってしまう。ここ数日間そのせいでアイビーとの時間が激減してしまったんだ、恨み言だって出てくる。
「ん? とてもいい香りがするね。香油を変えたのかい?」
「流石はレオンハルト様ですわ。違いに気付いてくださるなんて……椿油を使ってみましたの。街にいたイザベラ覚えておりますの? 彼女が自慢の新作だからと贈ってくださったのです」
「流石はイザベラだ。今度お礼を言いに行こう。こんなに素敵な香りをアイビーにプレゼントしてくれたんだから」
綺麗な黒髪を一掬いして鼻を近付けるとふわりといい椿の香りが広がる。その所作だけで周りから黄色い声が上がった。ちなみに周囲にいる生徒が女子生徒のみならず男子生徒もいるということもしっかりと確認済みだ。そのためのこのやり取りだ。
なんせ気品溢れて美しいアイビーは周囲から切望の眼差しを向けられている。男子生徒からしたら『高嶺の花』といったところだろう。実はちゃっかりファンクラブまであることを僕は知っている――ちなみに会員番号一番は僕だけどね。
そういうことで、彼女の婚約者は僕であるということを知らしめなければ。牽制牽制! アイビーがよそ見することはないけれど虫が付く可能性があるからね!!
そんな僕の気持ちをわかってくれたのか、アイビーは微笑みを浮かべたままそっと手を差し出してきた。もうアイビーの所作ももちろんだけれどすべてが美しいし可愛らしい。僕はその手に自分の手を添え、そして手の甲に唇を落とした。
わっと沸く周囲に、あの三人がどんな顔で見ていたのか。例の女子生徒がどうなっていたのか僕は一つも気にすることはなかった。
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