婚約者に断罪イベント?!
みけねこ
1st Season
1.婚約者が大変可愛らしい
ここカナット学園は他の学園とは違い貴族から庶民まで多種多様に渡り通える場所だ。その理由は手厚い保証によって可能となった全校生徒学費免除。この学園の設立者であり我が国の王があらゆる人材を揃えたいとのことで建てられた学園だ。
学園なのだから学園長に理事長が存在しているが、学園の行事やその他諸々は生徒会で取り仕切る決まるとなっている。それはなぜか――この学園は所謂国の縮図、生徒会は将来の指導者を鍛え上げるためと言っても過言ではない。
ということで。俺は近々行われる学園祭の準備に奔走し頭を抱えている真っ最中だ。カナット学園の学園祭はただ好きなように出し物をして楽しむ、という生温いものじゃない。出店をする生徒は食材調達の交渉から安全性などの保証に価格の設定。とにかく、商人の如く本格的にやる。そしてそれは他の生徒もだ。
そういうことで生徒会は彼らの企画に対しての是非を確かめ通すか通さないかの決定。万が一のためのバックアップに諸々、諸々……目の前にはいつも以上に大量の紙が積み上げられていて俺の左手には常に回復薬。
「びっくりするほど終わらない……!」
「ほら、そっち俺がやるから寄越しなって」
「ごめん、助かるよ……それはそうと」
机から顔を上げて目の前に視線を向けてみる。ここは生徒会室、ということでもちろん生徒会員がこの場にいるわけだが。
「そちらの女子生徒は誰かの連れかい?」
見知らぬ女子生徒の姿に首を傾げる。僕の目の前には書類の数々、そしてさっき僕の手から書類を受け取ってくれたのが生徒会員の一人、ファルク。彼も同様に筆を走らせてくれている。が、他三名の目の前には書類などなくティーカップにクッキーと実に優雅だ。
「ほーら、やっぱり話を聞いてなかったよ。レオンハルト」
「生返事だったからな」
「もう一度聞くか?」
可愛らしい容姿で人気のコリン、騎士の家柄であるニュート、常に上位の成績を叩き出しているハイロと次々にそんなことを言いながら女子生徒を囲っている。
「いやいい。僕は見ての通り忙しいからね。それよりもそこの女子生徒さん」
「はい! なんでしょう!」
「女子生徒という名前じゃない。彼女はセリーナ・パートシイという名前がある」
「やっぱり聞いてなかったね~」
ニュートとコリンに突っ込まれつつ、視線を手元に落とす。
「ここは生徒会室。つまり生徒会員が仕事をする場所であって、サロンじゃない」
「えっ」
「サロンは別にちゃんとあるだろう? お茶を飲むならそっちに行ってくれるかな」
「お前っ……その言い方はあんまりじゃないか?!」
「君たちも手を動かさずに口だけを動かすならば一緒に行ってもらっても構わないよ」
いやだってずっと気になってから。書類減らないウーウーと唸っていた僕の目の前でいい香りがするお茶とお菓子で優雅にティータイムってひどくない? 僕だって頭動かしてお腹空いているっていうのに誰一人お菓子を差し出してくれるわけじゃなかったし。
学園の設立者である王のご厚意でサロンもしっかり設備されていることだし、お茶を飲むならそちらにどうぞと言ったつもりだったんだけど。
「……いや本当に行ったよ?!」
「見事に出て行ったなー」
注意すれば口を止めて手を貸してくれると思ったのに。女子生徒が出て行ってあと他の三人もぞろぞろと出て行ってしまって口をポカンと開けてしまった。え、いやいや、君たちも生徒会員だよね? 職務放棄? 残ったのはさっきから手伝ってくれているファルクだけだ。
「……この量を見て何も思わなかったのかな」
「そもそも見てなかったんじゃね? ほら、こっち終わった」
「ありがとう。次はこっちを頼む」
「はいよ。ってかここ生徒会員以外立ち入り禁止だったよな」
「そうだよ、秘密漏洩を防ぐためにね。誰であろうと例外はあってはならない。一つ例外を作ってしまえば示しが付かないから。だというのになぁ」
ペンを置いてフッと息を吐き出す。それも彼らはわかっていたはずなのに、どうしてあの女子生徒をここに立ち入らせてしまったのか。今度は深く息を吐きだして顎を手に乗せる。
「誰でも入れていいというのであれば、僕だって入れたい人いるよ」
「その様子を見る限り、うまくいってるみたいだな」
「君のアドバイスのおかげだよ、ファルク」
つい先日のことを思い出そうとして、いけないいけないと我に返る。思い返すだけで顔がデレッとにやけてしまう。
「言われたとおり花言葉をちゃんと調べて贈ったんだ。博識な彼女だからね、しっかりと意味にも気付いてくれてとても喜んでくれた」
「それはよかったじゃねぇか」
「本当に感謝してる。流石数多の女性の間に関係を持っているだけはあるね!」
「それって褒めてんのか貶してんのかどっち?」
「褒めてるよ? 君の培った経験に助けられたんだ。僕は彼女としか親しくしたことがないからそういう経験は皆無だし……」
「貶されてんのかな??」
「ああいけないいけない。僕たちも手を動かそう」
「それもそうだな。なんかスルーされた気もするけど」
お喋りはここまでで、ということで僕たちは再び業務を再開する。本来なら五人でやる仕事だけれど残念ながらその内の三名が出て行ってしまったため、二人でこの量を捌かなければならない。すごいことにいくら筆を走らせたところで書類が減らないんだからびっくりしたものだ。回復薬がこれでもかというほど腕を振るっている。
高く積まれていた書類の半分ぐらいを消化できたかなと息を吐きだした頃、その残りの半分をファルクがヒョイと持ち上げる。
「今日会う日なんだろ? あとは俺に任せて行きな」
「ファルク……! 君はやっぱりいい男だ! ありがとう、恩に着る!」
「今度いい店教えてくれたらそれでチャラだ――ああ、そうだ。レオン」
彼のおかげで早く帰れるといそいそと帰り支度を済ませ生徒会室から出ようとする僕の背中にファルクが呼び止める。なんだろうかと振り返ると彼は軽く肩を上げた。
「最近変な噂が流れてるんだ。知ってるか?」
「……ここのところずっと生徒会室に篭りっぱなしだったからなぁ」
「そうだよなぁ。ただまぁ、噂だとしても気を付けたほうがいいぜ」
「ありがとう、ちゃんと覚えておくよ」
彼が助言というかそういう忠告をしてくるということは、噂だからと言って簡単にスルーするなということだ。
本当に僕はいい友を持っている。彼の忠告をしっかりと受け止め、せめて仕事山積みである学園祭が終わってからしっかりと調査しようと足早に廊下を歩く。今日は待っていてくれてると言っていたけれど、そう長い時間待たせたくない。
というか、僕がただ単純に早く会いたいだけなんだけど。
足早に校門のほうに向かうとそこに佇んでいる美しい姿を見て無意識に頬が緩む。彼女はどんな場所でもどんな姿でもまるでそこにパッと花が咲いたように儚げで美しい。
「ごめん、待たせたね」
「いいえ。生徒会のお仕事お疲れ様です、レオンハルト様」
「早めに終わったから少し談笑でもしよう」
「はい」
僕の隣を歩いている女子生徒、アイビー・ルゥナーは六歳のときに僕たちの親同士が決めた婚約者だ。もう十年の付き合いになる。勝手に決められた婚約者だけれど僕としては何一つ不満はない、そう思えるほど彼女はとにかく素敵な女性だった。
「ごめんね、もっとこうして君との時間を増やしたいんだけど……」
「わかっていますわ、学園祭の準備が大変なのでしょう? わたくしはこうしてわたくしを気遣い時間を作ってくださることだけでも十分に嬉しいのです」
「そうか……でも実はというと、僕がもっとアイビーと一緒にいたいだけなんだ」
「まぁ、レオンハルト様ったら……」
お互い目を合わせてはにかむ。小さい頃の婚約なんて貴族にとってはほぼ政略結婚のためだ。お互いの利益のために契約を交わすようなもの。でも僕たちにとってはきっと政略結婚という名になることはない。
ふと彼女の胸ポケットを見てみると見覚えのあるものがそこを彩っていた。つい破顔しファルクがいれば確実に「デレッデレの顔」と言われてしまうであろう表情でアイビーに視線を向ける。目があった瞬間、彼女は少し恥ずかしげに視線を逸らした。
「……魔法で加工してもらったのです。あのまま枯らしてしまうのはもったいなくて」
「ありがとう、君にすごく似合っている。素敵なブローチになったね」
「ありがとうございます……」
彼女は少し照れ屋だから僕の気持ちをありのまま言ってしまうと頬を少し染めて視線を逸らしてしまう。けれどそこがまた可愛らしい。社交界で出会う女性に一言「(ドレスが)素敵ですね」と言ってしまうと扇で口元を隠しながらも喜びや打算を隠しはしない。そういうのを幼い頃から見ているから尚更、婚約者であるアイビーを僕は全力で推す。
……話がやや脱線してしまったような気もするけれど。まぁともあれ、僕は今後色んな出会いがあったとしても選ぶ女性はただ一人、アイビーだけだ。
「学園祭が終われば時間ができるはずだから、一緒に出かけよう。どこか行きたいところとかある?」
「そうですわね……ならばまた街を一緒に歩きたいですわ」
「……それって、お忍びの調査ってことだよね?」
「ふふっ、いいではありませんか。庶民の方々の暮らしを自分の目で確かめることも大事なことでしょう?」
「うん、アイビーの言う通りだ」
貴族はあまり庶民の人たちが住んでいる下級層には行きたがらない。そこを人々の暮らしを見るために行こうと提案してくるアイビーがとても誇らしい。
アイビーがそう望むのであれば、こっそりと隠し持っている庶民の服を着て護衛を一人だけつけて、二人並んで人々の暮らしをこの目で確かめよう。ただし、これが初めてというわけじゃないから街の人たちからはすでに偽名で親しくさせてもらってはいるけれど。
「そしたらまた『彼女さん』という言葉に慣れなきゃいけないね、アイビー」
「が、頑張りますわ……」
「ふふっ」
街の人たちは僕たちを貴族という認識じゃなくて庶民の普通のカップルだと思ってる。だから露店で何か買うとき度々アイビーは「彼女」僕は「彼氏」と呼ばれる。僕としては間違ったことじゃないし寧ろそう言われて嬉しいからにこにこしてるんだけど、アイビーはちょっぴり恥ずかしいらしい。普段使われる「婚約者」には義務感があるけれど、「彼女」という響きにはそういったものがないから。
今度のデートに向けて予習しようとブツブツ言っている彼女の隣で、にっこにこ顔の僕はとにもかくにも早く学園祭を無事終わらせることばかり考えていた。
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