あと乗せサクサクが一番うまい。

海月

年越しの季節

 社会人になって、5年が経とうとしている。大学を卒業してから実家に戻ってきたが、今年の冬もしっかり年越しそばの準備は進んでいた。


 クリスマスが終わって、街は一斉に年越しムードに早変わりを果たす。

大学に通うため実家から離れたこの街も例外ではない。通学に利用しているこの通りも、大きなショートケーキのポスターは剥がされ、おせちのポスターに変わっていた。大学は休みに入ったが、バイトはまだまだ休みにならない。今年は28日までバイトのシフトを入れることにした。シフト提出期限ギリギリまで、早めに帰省するか迷ったが、今年は他の子もほとんどが帰省を考えていたらしく、シフト表がさみしいことになりそうだと店長に相談されてしまった。しぶしぶではあるが特に入れない用事もないので、その日のうちにシフトを提出した。後日シフト表を見ると、見事に希望日はすべて採用されてしまっていた。バイト先のカフェは、年末はそこまで忙しくなることはなく、ピーク時も普段よりお客さんは少なかった。気づけばバイト最終日の後半になり、洗ったコップを拭きながら店長と雑談タイムに花を咲かせていた。

「ごめんね、たくさん入ってもらっちゃって」

店長は、特に申し訳なさそうにするわけでもなく、自分の仕事の手を止めずに話しかけてくる。

「いいですよ。予定もありませんでしたし、しっかり給料もらえれば」

こちらも仕事の手は止めず、少し声色を高くして応える。店長はよく冗談を言ってへらへらしているが、根は真面目な人だ。お互いよく冗談を言い合う仲ではあるが、たまにうまく伝わらず気まずくなってしまうことがあったためだ。

「他の子たちは帰省しているけど、帰省のご予定は?」

「一応、30日に帰省しようと思ってます」

「そうかい。それはよかった。ご家族と年越しそばが食べれるね」

店長は、うちも買い出ししとかないとな。と言いながら奥の事務所に入ってしまった。

実家の年越しそばといえば、一番古い記憶から常に緑のたぬきだった。中学生になってからは、思春期に入り、母親に天ぷらをサクサクで食べたいからと先に入れるなと注文しても、抜けている性格のせいか、自分が先入れ派だからといって、いつも先に入れられては、毎年のようにケンカしていた。

大学生になってからといえば、去年は帰省しなかったので、実家で年を越すことがかなり前のことのように感じる。今年はどうだろうか。そう思うと、目的のなかった帰省が少し楽しさを帯びてきた。

 帰省当日、新幹線で最寄り駅まで帰り、駅の改札を出ると父が車で迎えに来てくれていた。車の中では大学やバイトの話を少ししたあと、窓の外を見るだけの時間が30分ほど続いたが、気まずくはなかった。実家について自分の部屋に荷物を置くと、すぐにベットに寝ころび長旅が終わったことを実感し、安堵のため息がこぼれる。目を閉じそうになったが、小腹が空いていたので、一度1階に降りようと、重たくなった体を起こす。降りてみると、リビングには誰もいなかった。夕方になっているから、晩御飯の買い出しにでも行っているのだろう。放っておけばいずれ帰ってくるので、特に気にすることもなく、何かお菓子類がないか引き出しを開けて回るが、一切お菓子はストックされていなかった。自分が実家を出てからお菓子を食べる人間が居なくなったのだから、なくても不思議ではないが、これには少し寂しい気持ちになった。しかし、次の瞬間にはそんな気持ち忘れてしまっていた。なぜなら、次に開けた引き出しの中に、緑のたぬきと赤いきつねが各3個ずつストックされていたのだ。帰省の予定を連絡していた際に、ちゃんと天ぷらの注文をしておいたのだが、当日が楽しみである。

帰省したのが30日だったせいで、これと言って地元の友人に会う予定も入れられなかったので、バイトと授業から解放され、のんびりとした時間に最初は落ち着けなかったが、翌日の朝になればゴロゴロすることに罪悪感も感じなくなっていた。夜になり、家族みんなで紅白を観ながら、晩御飯の鍋を囲んだ。今年中にお風呂に入ることにこだわる父を見て、去年は大学の友人と年越しをして、お風呂にいつ入ったかなんて覚えていないなと、ふと思い出し、自分も今年中に入らねばという気持ちに駆られた。早めに入らないとそばに間に合わないのだ。お風呂から上がったのは23:00を少し過ぎた頃だった。台所の横を通ると、すでに母が年越しそばの準備を始めていた。そういえば、母はいつも年を越してからお風呂に入っていたのかと、今まで気にもしていなかったことに気付いた。そんな母の後姿を見て、ありがとう。と言葉にはしないが、頬が緩んだ。コタツに入り、終盤戦の紅白の行方に目を移す。5分もしないうちに全員分のそばがテーブルに並び、さらに少し待つと、キッチンタイマーの音が鳴り、それを合図に、全員が自分の前にあるそばのふたを剥がしていく。すると案の定一番に目に入るのは、天ぷらだった。天ぷらはあと乗せサクサクがおいしいに決まっている。けれど、今日に限っては、この光景を楽しみにしていて、喜んでいる自分がいる。父からは、ついに天ぷら論争が終わったのかといじられてしまったが、そんなことは気にならなかった。なぜなら、お風呂上がりのときから天ぷらの行方を確信していたのだから。あのとき母に声をかけていれば、注文通りのそばが食べられただろう。でも、あえてそうはしなかった。あの年、やっとケンカせずみんなで笑って年を越すことができた。今まで食べたそばの中で、一番おいしかったと今も自信をもって言える。

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