第2話 何気ない日常

鍵を開け部室に入ると、窓からの陽光に熱された空気が満ちていた。

「これじゃあ外のほうがマシだな」

「全くだ。とりあえず窓開けて空気入れ換えるか」

昨日帰り際にカーテンを閉めなかったことを後悔しつつ、窓を開ける。

真夏の陽射しに焼かれる構内の景色を眺めつつ、日陰の床に寝転がる友人に声を掛ける。

「それで夜斗、今日の進捗は?」

夜斗と呼ばれた青年がほとんど埋まっていないメモ帳を表示したスマホを向けて言う。

「さっぱりだな。お前はどうなんだよ、霊斗」

「一切手ぇ着けてないな」

「創作サークルとしてどうなんだそれ」

冬風夜斗ふゆかぜ よると緋月霊斗あかつき れいとは同じ大学の創作サークルとして活動をしていた。

とはいえ目立った実績などもなく、細々と二人で小説を見せあったりするだけの場だ。

冷房が効きはじめたのを確認し、霊斗が窓を閉める。

「んで、本題だが」

防音カーテンを閉め、部室中央のソファーに腰掛ける霊斗。

対面に夜斗が座り、間に置いてあるテーブルをトントンと二回タップする。するとガラス張りの天板に様々な情報が表示される。

「昨晩上から通達のあった仕事だ。今回はツーマンセルで動けとさ」

そう言い、夜斗がウインドウを拡大する。

「大規模魔薬組織の摘発ね…。抵抗するようなら消してもよしと」

「最近多いな、魔薬」

心底うんざりしたように夜斗はため息をつく。

魔薬とは魔道薬物の略称だ。使用する事で本人の限界を超えた能力を発揮できるようにする。当然副作用も大きく、死に至るケースもある。

「あんな危険なもん使ってまで力が欲しいかね」

「さぁな。本人にしかわからない欲があるんだろ」

興味ないけど、と付け加えて現場の見取り図を霊斗が開く。

場所は二人の住む街から少し離れた郊外。山中にある廃工場だった。

「お前は何で行くんだ?」

霊斗が問うと、夜斗はポケットから鍵を取り出し笑う。

「愚問だな、俺は愛車で行くぜ」

「バイクかよ。社用車なら足代浮いたのに」

「発想がセコいんだよ」

仕方ないとため息をつき、自分の車のガソリン残量がどのくらいあったか記憶を掘り起こす。

「それじゃお互いに麓の事務所に集合して、そっから歩いて行くか」

「そうだな。取り引きの時間が日付変わって一時だから…零時ごろ集合でいいな」

「時間あるからって寝過ごすんじゃねぇぞ、霊斗」

「はいはい、お前こそ無茶な運転して事故るなよ」

再び夜斗がテーブルを叩くと表示が消え、元の天板へと戻る。

それを確認して、霊斗はリュックを持って立ち上がる。

「なんだ、もう行くのか?」

「一旦帰って風呂入るんだよ。汗だくで気持ち悪いし」

「どうせ汚れんだし変わんねぇだろ」

「気分の問題だよ。あと時間までゲームしてたいし」

「そっちが本音じゃねぇか」

呆れたようにツッコミを入れると、夜斗も帰り支度を始める。

「んじゃ戸締まりよろしく」

「はいはい。また後でな」

欠伸を噛み殺しつつ部室を出る。

一応扉を閉め、部室のネームプレートを見る。

創作サークルは表向きの名前。要は二人集まって機密情報のやり取りをできれば良かった。

二人が所属する組織、その正式名称は"裏公安第一課・魔族部門"といった―――。

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