第二部 死亡の希望

 ある午後、目を覚ましました。やはり生きています。いつも通りでした。しかし、立ち上がって遠くを見ると、いつも通りで無いことがありました。

 人間が居るのです。ボクは視力が良いので間違いありません。遠くに見えるものは確かに人間です。驚愕し、暫くそれを見ていました。すると、あることに気が付きました。こちらに向かって来ています。あちらも認識したのでしょうか、確実に一歩一歩と動いています。ボクは嬉しくなり、走り出しました。どんどん近づいていき、相手の姿がはっきりしていきます。

 そして、驚くべきことが分かりました。その人間はボクにそっくりなのです。思わず立ち止まり、もしかしたら幻かもしれない、とも思いました。とても不安になりました。

 しかし、ボクはまた進み始めました。ボクにはそれを確認する義務があるような気がしたからです。間が二百メートル程になった時、その人は止まりました。あとはお前が来い、ということでしょうか。とにかく、五メートル程まで近づきました。

 予想は間違っていました。彼はボクにそっくりなのではありません。ボクでした。ボクと全く同じ人間が目の前に居るのでした。おかしな話ですが、そうとしか考えられませんでした。暫く黙って見つめ合っていましたが、彼が先に話し出しました。

「驚いたかい」

 その声もやはりボクの声でした。

「あなたはボクですか」

 少し混乱していたのでそう訊ねてしまいました。言った後、何を訊いているのだろうと思いました。しかし、返答は意外なものでした。

「そうだね、ボクは未来の君だ。信じられないかもしれないけど」

 彼は笑顔でこう言いました。ボクは何を言えばいいか分からなくなり、再び黙ってしまいました。また、何故か彼の言うことを信じており、どのように来たのか、どのような訳でここに居るのかを考えていました。

「何でここに居るのか、今から説明するよ。そうして欲しいと思っているだろうし」

 一度、驚きました。ボクが考えていたことをその通り言われたからです。しかし、彼が未来のボクだということをすぐに思い出し、そういうことかと分かりました。単純な話でした。

「これから何が起こるんですか」

「実はね、タイムマシンを作ったんだよ、ボクが。つまり、君がこれから作り始めるということなんだけど」

「タイムマシン? 何のためにそんなものを」

「ハハハ。普通は、作れるんですかとか訊くんだけど、さすが君、いや、ボクだね。そんなことはどうでもいいか」

 彼はそう言った後、咳払いを一つし、そして続けました。

「君は死にたいと思っているだろう? 実は、時空を超越するのが死ぬ方法の一つなんだよ。時を超えることが不死の消える条件らしい」

「そうなんですか!」

 つい叫んでしまいました。この退屈な生活を終わらせる方法が遂に分かったのです。ボクはどうしても興奮してしまいました。

「それはどうやって作るんですか」

 その勢いのまま訊きました。しかし思うような答えは返って来ませんでした。

「それは教えない」

「え」

「君に自力で作って欲しいんだよ。大丈夫、時間はたっぷりあるんだから」

 一度冷静になって暫く考えてみました。すると、その方が良いかもしれないと思い始めました。それは死ぬための生き甲斐になりそうでした。彼の言うことはやはり、何故か納得してしまうのでした。

「あなたが完成させたということはボクに出来るということですよね。分かりました」

「そうだね。ボクがここに居るということが出来るという証拠になっているね。君、やっぱり頭が良いね。あ、君はボクだからそりゃそうか」

 彼は笑いました。ボクも面白くなって、一緒に笑いました。

「これからどうするんですか。もう未来に戻るんですか」

「いや、今から一日ここにいるよ。うん、久しぶりに人と話したけど、会話って良いね」

「そうですね、よく分かります。あ、でももう夜になるんで寝ましょうか」

 西の方角では、地平線が太陽の接線となっていました。

「暗いと何も出来ないからね」

 そして二人で眠りました。二人という言葉を使ったのはいつ以来でしょう。また、死ぬための生き甲斐を見つけたからか、よく眠れました。




 太陽の光で起きました。地球の上はこんなに荒れていても星の動きは変わらないので、地球外に出れば何も起こっていないように見えると思うと、何時も少し不思議な気持ちになります。

 ボクが起きた時、彼はまだ眠っていました。肩を叩くと、数秒間は薄く目を開いた状態でしたが、すぐにガバッと起き上がりました。そして大きく欠伸をしながら、こう言いました。

「おわぁ。君が先に起きていたのか。どれくらい前に?」

「さっきですよ」

「そうか。まあ、何でもいいや。しかしこれから何をしよう、しりとりでもする?」

「忘れたんですか。あれは始めるけどすぐに飽きるゲームですよ」

 ボクは強めに反対しました。しりとりは暇潰しでやるから良いのです。本気でやるものではありません。

「ああ、そうだった。忘れてた。あれって気が付いたら止めてるんだよね。逆にめっちゃ続けてる人もいたけど」

「それは多分、そうしているのが周りに面白いと思っていたんです」

「とにかく、しりとりは駄目か」

 しりとりは却下となりました。しかしボクには別のアイデアがありません。それを気付かれないようにしながら少し黙っていると、彼が別の案を出しました。そしてそれはよく分からないものでした。

「じゃあ第四次世界大戦ごっこでもする?」

「何ですかそれ」

 何か面白いものかと思って無駄に期待していました。だから、その次の言葉にボクは正直に言うとがっかりしました。

「いや、ただのじゃんけんのことだよ。この世界にボクたちしか居ないから、世界大戦」

「何ですかそれ」

 ボクは敢えてあからさまにがっかりした様子を見せました。

「まあ、その反応で良いんだけどね。ほら、じゃんけんぽん」

 ボクはとっさにグーを出しましたが、彼はパーを出したのでボクは負けました。

「お、ボクの勝ちだ。ん、どうした?」

 ボクは自分の手を暫く見つめていました。それはあることに気付いたからでした。くだらないことでしたが、さっきの世界大戦の冗談よりは面白いと思ったので言うことにしました。

「アインシュタインの言った通りになりましたね」

「アインシュタイン? 何て言ったんだっけ」

「第三次世界大戦でどんな武器が使われるかの予想を聞かれて、第三次は分からないが、第四次大戦なら分かる、石と棍棒だ、と答えたっていう話があったんですよ。ボクはさっきグーを出したじゃないですか。だから、アインシュタインの言った通り第四次世界大戦では石が使われたっていうことなんですけど」

 ボクがそう答えると、彼は少し考えていましたが急に叫びました。

「そうだそうだ! ボク、そんなこと言った。ああ、ここに他の人が居ればなあ」

 声が大きくなり興奮した様子を見て、自信が出てきたボクは次にこう言いました。

「凄く良いジョークだと思うんですけどね」

「笑える人が二人しか居ないのが本当に残念だ」

「二人居るだけで充分じゃないですか。一人ぼっちよりはマシですよ」

「そうか、そうだね」

 今までの生活だったらこの一つのジョークは形になるまでもなく消滅していたでしょう。しかし、やっとボクの言葉が意味を持ったのです。久しぶりにはっきりと今日は良い日だと思えました。勝手に記念日にすることにしました。意味はありませんが。

 それから、

「あと、敬語もういいよ」

 彼がやっとこう言いました。




「帰るよ」

 遂に彼がそう告げました。非常に寂しく、二人で居たい気持ちもありましたが、仕方ないと分かっていました。別れのせいでしょうか、永く生きてきた中で一番美しい夕日が見えました。

「ボクはこれからタイムマシンを作る。飽きなければ良いんだけど…」

「大丈夫、それは心配ない。だってボクが作れたんだから。そうだヒントを上げる。東に向かうんだ。方角は星の位置で分かるだろう? 進み続ければそこに色々あるから。まあ、何かは言わないけど」

「ありがとう」

「うん。死ぬために頑張ってね」

「……寂しい」

 彼を見ていたら、ついそう漏らしてしまいました。

「やっぱり一人っていうのは寂しいよな。でも、君は孤独には慣れているはずだろう。ボクだって寂しいけど、別れないと」

「……そうだね」

「結局、死ぬまでは誰も生きなきゃいけないんだから。一人ぼっちになっても、何が起こっても、ね」

「深いようでそんなことも無いな」

「止めてくれよ」

 二人で笑いました。この会話が本当に最後の会話になると、この瞬間お互いに分かりました。だからボクは笑うのをを止めたくありませんでしたが、諦めました。

「さよなら」

 それにボクは返します。

「さよなら」

 歩き出して手を振りながら、彼はもう一度言いました。

「さよなら」

 それから、こちらを向くことはありませんでした。どんどん小さくなっていきます。声が聞こえるだろうかギリギリでボクは叫びました。

「さよなら!」

 彼は振り返りませんでした。そのままで居ると、夕日は完全に沈み、姿は見えなくなりました。ふと上を見ると、戦争の前と変わらない星が瞬いています。夜は何も出来ないと言っていましたが、そんなことも無いのでした。一人ぼっちでは無いような心に成るのでした。

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