第十七話 静かな庭での告白

 星使いを継ぐということは、男に戻れないことを意味する重要な決断だ。


「えっ……その……」


 即断できるわけもなく、貴治の脳内ではさまざまなことが錯綜しひどく混乱している。


「別に、すぐに決めなくてもいいのよ。じっくり考えてからでもいいの。別に、戻ろうと思えば戻れるんだし」


 静の言う通り、男に戻る方法に時間制限などない。何十年経った所で戻る術を使えば戻れる。

 そうは言われた所で、ここまで重大な決断はそうそうない。未だに混乱していた。


「とりあえず、宗亭くんと一緒に考えてみたら?」


 先程から衝撃の展開ですっかり固まっていた大祐は、静から目配せをされていることに気がつく。貴治の方を見ろという合図だ。

 大祐から見られた貴治は、驚いた様子で視線をキョロキョロさせた。親友なのだから、見合って話し合うことなど珍しいことでもない。

 しかし、不思議と見られたくないという初めての思いが浮かび上がってきた。瞬きを連発したりしながらも、顔を真っ赤に染め貴治は大祐の方を向いた。


「ねえ、大祐……。ど、どう思う?」


 貴治は大祐に近づいてどう思うかを聞こうとしたのだが、やはり吃ってしまう。

 自分はなぜこんなにも緊張しているのだろうかと、原因を思い出してみる。

 そして、真っ先に思い出せたのは、昨晩のことだ。貴治が襲われそうになった時に必死に助けてくれた大祐の姿。その姿を見てから、どうもいつものように大祐を感じることができなくなってしまっている。大祐に近づいたり声を聞いたりすると不思議と心臓の音がひどくうるさく感じられたのだ。

 とはいえ、この現象が何なのかは貴治もうっすらとだが思い当たる節があった。だが、認めたくないものでもあった。


「ど、どうって言われても。俺としては……」


 男に戻ってほしい。少なくともそう思ってた。だが貴治がこれほどまでに悩むのを見て、大祐も考え方を変えた。

 貴治にとっての最善はどちらなのだろうかと。即決できないあたり、貴治は迷っているのだ。

 関係者とはいえ、大祐は所詮他人なのだ。最大限貴治を尊重しなければならない。

 それに、大祐は貴治が異常なほどに緊張しているのを察していた。理由はわからないが、重大な決断だと感じていることは確か。無責任な発言はできない。


「貴治の判断を尊重するよ」


 それしか言えなかった。


「じゃあ、私はいろいろ準備があるから二人だけでどこか行ってきたら? 庭とかさ」


 静と遥がこの場から立ち去ったことで、今いる部屋にいるのは貴治と大祐の二人。

 元は親友だったにもかかわらず、急に気まずい雰囲気になってしまう。そんな慣れない親友との空気にもどかしさを感じながらも、貴治は大祐の目を見た。


「と、とりあえず外の空気吸って話さない?」


「そ、そうだな」


 このままあの部屋の中に居ても、きっと何も喋れない。そう考えた貴治は、庭へと向かった。

 大祐は庭を歩く靴がないため、玄関を出て庭の中に入る。

 とはいっても、やることなど何もない。

 ただ無意味に庭を歩いて一周すると、二人でベンチに腰掛けた。


「ねえ、大祐。午前中に電話したこと覚えてる?」


「ああ、覚えてるぞ」


「戻れなかったら養ってくれるって話、あったよね」


「……ああ」


 大祐は、貴治が何を言いたいかをすぐに察知した。


「戻らなかった場合でもいいの?」


 大祐は、まさかこんなとになるとは微塵も想定していなかった。即答などできず、後頭部を掻きむしったりとわかりやすいような動揺を見せた。


「それは……」


 戻れるのであれば、戻ってほしいと思う。

 しかし、事の発端は大祐。何か言えたものではない。それに、最大限貴治のことを尊重したいとも思う。結局、この先に続く言葉は出なかった。


「僕ね、性転換してから、いっぱい大変なことがあったんだ」


 主に体の違いだ。排泄時や、入浴時などさまざまなことで戸惑った。服装だってそうだ。静は特に性別に対して固定観念のようなものを押し付けることはなかった。しかし、外に出るとなれば話は変わる。レディーススーツを着る羽目になり、着方など覚えてしまった。


「でもね、楽しいこともあったんだ」


 女性だからできたというよりかは、ただ星使いの静の雑用としてだ。

 星使い会議で、今まで知らなかったことを沢山知ることができた。沙苗を含めて、遠くのショッピングセンターに買い物に行った。太陽系儀が壊れてしまい、結局鉄道で帰ることになった時もあった。その時は大変だったが、夜遅くに橡平良駅についた時は背徳感があって少し興奮したりもした。


「僕さ、今までさ勉強しかしてこなかったからさ、新鮮でさ」


 学校と塾と家を往復するような毎日。運動は学校の授業しかやらない。家に帰っても概ね勉強だ。

 友だちは大祐がいれば、それで十分だと思ってた。

 最初は授業についていけなくなるのではないかと心配していた。しかし、今ではそんなことどうでもよくなった。


「僕ね、星使い継ぎたいよ」


 貴治は言い切った。

 大祐は内心覚悟していたがやはりあっさりと受け入れられるものではない。


「理由、聞いてもいいか?」


「かっこいいなって思ったの。ただ、それだけ」


 作り笑いを浮かべ、自虐する。


「僕さ、勉強さえしていればいいと思っていたからなりたいものなんてなかったんだ。でも、星使いになりたい。なって、もっと天占術を使ってみたいの。瞬間移動したり、天気を占ったり。そりゃあ、楽しい事ばかりだけじゃないだろうけどね」


 星使いになってからのことを嬉々として語る貴治は、どこかまだ何かを引きずっているように見えた。


「親御さんのこと、心配か?」


 貴治と大祐は親友だ。何を考えていたかくらい、わかるものだ。


「そりゃあね。僕の両親にもいつかは伝えないと」


 貴治が最後まで悩んだのは、そこだ。今まで自分を沢山のお金をかけて育ててくれたのに、突然失踪したと思ったら、わけもわからない太陽系儀をいじりだして。

 もし親とまた堂々と会えたならば、相当な説得が必要である。


「このまま元の生活に戻っても、絶対後悔するし、いつも考えてると思う」


 少し、貴治の顔が明るくなった。


「そうか、ならわかったよ」


 了承したと言わんばかりに、大祐は貴治の肩に腕を回した。親友同士がするような、気兼ねないスキンシップだ。


「ああそれと。昨晩ありがとうな、貴治」


 大祐は笑みを浮かべると、貴治を頭を無意識に撫でた。貴治の身長が縮んだことにより、ちょうど撫でやすい位置になったのだ。

 だが、すぐに大祐は自身の行動に気がつく。


「ああ、悪い。気持ち悪かったか?」


 すぐさま大祐は貴治から腕を離した。

 しかし、貴治は大祐の腕を気持ち悪いなどとは全く思っていない。むしろ、逆だった。


「ねえ、大祐僕ね。多分なんだけどね、大祐に恋してると思うんだ。だから……別に撫でてもいいよ……?」


 顔を真紅にした貴治は、大祐のいる隣ではなく真正面に向かってただ雑音として認識されそうな小さな声で呟いた。


「えっ……」


 大祐は残念なことに鈍感キャラではない。そんな微かな声も見事に聞き取ってしまった。

 途端に、大祐も思わず顔が紅潮する。

 ただの聞き間違いだったと済まそうとも思わない。かつてない緊張感の中、顔を真っ赤にしてまで言ってくれた言葉だ。真剣に向き合わなければそれは失礼になると。

 しかし、親友から告白された所で答えに詰まるのは必然。


「……少し、考えさせてくれないか?」


「……わかった」


 貴治は、どんな答えになるのかと卒倒しそうな程にひどく緊張していた。おかげで握った拳は汗まみれだ。少し猶予ができたとはいえ、緊張しないわけではない。悶々としながらも大祐の言葉に頷くしかなかった。


「あらあら」


 そんな二人の様子を、眺めている人影があった。

 静である。実家に帰る準備をしていた所、ふと庭を覗いてみたのだ。


「自信持てたのね。よかった」


 静は手を止めていた家へ帰る準備を再開した。

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