第十五話 高飛車少女の設計図 後編

 静は洋館を前にした時、不思議な力を感じた。

 山の中に佇む謎の洋館。しかし、こんな場所に噂があるなど聞いたこともない。

 だが、そんな事を考えている間にも静の体は引き寄せられた。そして、本人も気づかない内にドアノッカーを鳴らしていたのだ。


「……はい? どちらさん?」


 扉が開くと、中から出てきたのは黒い髪など一本もない白髪。腰が曲がった高齢男性だった。


「あの、ここは?」


 この家を訪ねてきた眼の前の少女に、男性は目を細めた。


「……ここが見えるのかい?」


「……この洋館のことですか? どういうことです?」


 静にとっては、全て見えていた。だからこそ、見えるのかという答えに対しても理解ができない。


「まあいい、入るかい?」


「ええ」


 静には警戒心なんてなかった。大事に巻き込まれてあの父親に迷惑をかけられるのであればそれは本望だとばかりに。何より、不思議と引き寄せられる感覚が心地よかったのだ。

 そして、中に入り太陽系儀へと近づくと、静は目を輝かせた。触りたくなってしまう不思議な太陽系儀に。


「あんた、星使いの才能があるかもな」


 太陽系儀にに引き寄せられる静を見て、男性はそう語った。


「星使い?」


 これが静と彼──師匠の初めての邂逅だった。

 今まで読んだ本に一言も書いていなかった星使いという存在。橡平良山の頂上という他の人から見つけられにくい場所。いろんなことを教えてくれる彼。

 居心地がよくないわけがなかった。

 この頃からしょっちゅう通うようになり、彼を師と仰ぐようになった。星使いのことを身に着けていった。またある日には銃火器を使い射撃訓練もしたり、星使い会議に参加させてもらったり。

 特に、星使いでは沙苗という年上の女性と仲良くなった。

 多くの技術を身につけ、児童養護施設から逃げてきた少年を保護したりもした。

 だが、いくら橡平良山での居心地がよくとも家に帰れば途端に現実に引き戻される。


「ねぇ、静。最近どこ行ってるの?」


 静は学校には休みがちになり、また朝早くから出かけ帰ってくるのは夜遅い。姉である遥は、当然だが静のことが心配だ。


「星使いの館」


「星使い?」


「そう、星使いの館」


 静は、これ以上は教えなかった。いくら姉妹とはいえ、あの心地よい空間を邪魔されたくなかったから。

 そして、翌日もその翌日も。一日中橡平良山へと向かい、一日を過ごす。

 いつしか、ほとんど学校に行かなくなった。だが、親を偽りファックスなどで体調不良ということにすれば問題はない。


「師匠。大事な話ってなんですか?」


 ある日、大事な話があるといわれ師匠から呼び出された。


「実は私はね、もう長くないんだ」


「え……どういうことですか!?」


 静にとって、師匠との関係は非常に大きかった。数ヶ月であったが、ほぼ毎日一緒にいて、いろんなことを教えてくれた存在。とうに実の父親よりも信頼していたのだ。


「ごめんな、静。後数日だ。もう寿命なのかもな……」


「え、嘘……やだ。師匠、なんでそんな……。もっと一緒にいたいです!」


 母親まで失い、父親同然の師匠まで失ってしまったら? などと静は考えたくなかった。そして、なぜ自分までこんなつらい目に合わなければならないのかと考える。


「なぁ、静よ。最後に私の頼みを聞いてくれないか?」


 師匠が死ぬなんて、静には到底考えられないことだ。しかし、冗談を言うような性格ではない。もし本当ならば。そう思うと、何かせずにはいられなかった。


「な、なんでも言ってください師匠」


「……星使いを、継いでくれないか?」


 静は即決せずに考えた。いつもどおりつまらない学校に通う日々を送るのか、星使いになるのか。一体どちらの方がよいのかと。だが、天占術で先を見通せかつ年上の多い星使いと交流できる星使いは魅力的だった。


「私、星使いを継ぎます。だから、最期の数日間は、ずっと一緒にいさせてください!」


 了承してくれた師匠を残し、嬉々としながら静は泊まる準備をするため家に帰った。しかし玄関前、そこには父親がいた。

 ひどく怒っているように見えた。

 断定できないのは、今までに怒られた思い出がないからだ。


「静、一日中学校に行かずにどこへ行ってるんだ。学校から連絡があったぞ。体調不良と偽っているらしいじゃないか」


 ついに来たかと思った。いくら体調不良の連絡をしていても、さすがにあまりにも長期間だと学校側は怪しむ。保護者に確認などしてそれで事態が発覚したのだろう。


「それは……」


 言えるわけがない。今から数日間、泊まりに行くのだから。


「何だ。言えないのか」


 父親は静を猜疑心の孕んだ視線で睨んだ。


「ええ」


 言う必要性を感じなかった。どうせ父親のことだ。また明日には元気に仕事に打ち込んで、二人のことなど放っておくのだ。


「まさか、危ない奴らと!? 脅されているのか? だったら俺が」


 父親は、静が誰かに脅されているの思えた。腕まくりをするなり、覚悟を決める。だが、乗り込んでほしくはないし父親の勘違いだ。


「違う! そんな人じゃない!」


 静が必死に否定すると、父親もわかってくれたそうで少しばかり顔が綻ぶ。


「そんな人じゃないなら、別にいいだろ。たまにはお父さんと一緒に過ごそう」


 父親は、まさしく父親だった。

 だが、なぜ今なのか。一緒にいたいときはずっといないくせして、離れたい時に限って一緒にいる。もうわけがわからなかった。


「……やだ」


「何だ? 俺と一緒は嫌なのか?」


「そうじゃないけど、私行かないとだめなの!」


 師匠の寿命はもうほとんどない。だからこそ、最期の日まで一緒にいたい。その思いは決して変わらなかった。


「だからそれは誰なんだ! 何のために!」


 父親は、相手を聞き出すために静へと近づく。

 静にとって、父親のことは嫌いだった。

 けれども、こんな時に限って父親面する父親を見て、静は腸が煮えくり返りそうになって、近づいてきた父親を払い除けた。


「だから言えないって言ってるじゃん!」


「やっぱり危ない奴らといるんだろ! だから言ってくれ! おまえのためを思って言ってるんだぞ! なんでにすら言わないんだ!」


 その時、静の脳裏に家族のいう言葉が引っかかった。国語辞典で見た家族の意味的には問題ないのだが、目の前の父親が言っている家族の意味と自分の中における家族の意味が合っていない気がすると。


「ねえ、家族って何?」


「……何が言いたい?」


「前にね、国語の時間に調べたんだよ。家族って。そしたら『婚姻している夫婦と、その血縁関係にある者を中心に共同生活をする集団』って書いてあったの。その点さ、私たちって家族なのかなって」


 国語の授業で、国語辞典の使い方を学ぶ時があった。多くの本で知識を貪欲に吸収してきたとはいえ、辞書には知らない言葉が多く書かれている。

 そんな中で静は、曖昧にしか理解していない家族という概念を辞書で引いてみた。

 そして、静はますます家族というものがわからなくなってしまった。


「家族に決まってるだろ!」


「だって、ほとんど共同生活してないじゃん」


 国語時点に記載されている定義と一致しない。静はそう言いたいのだ。


「俺だって一緒に暮らしたいさ! おまえたちを養うのでいっぱいなんだ」


 必死で解説する父親だったが、静はその発言に強烈な違和感を覚える。


「お小遣い月に二万円もくれるのに?」


 月に二万円は、小学生のお小遣いにしては高すぎる金額だ。静も、自分以上のお小遣いを貰っている同級生を見たことがない。フィクションにも広げても、某青い狸のキャラクターが登場する漫画における成金キャラクター月一万円という設定だ。


「おまえに寂しい思いをさせた分の埋め合わせだ」


 遥も同額貰っているため、小遣いにかかる必要は月四万円。それだけ余裕で捻出できるのであれば、毎月に一日くらい休んでもほとんど困らないだろう。

 むしろ、静としては小遣いを減らしてもいいからもっと家族と一緒に触れ合っていたかったのだかから。


「埋め合わせ? お小遣い減らしてもいいから何かしてほしかった! でも、……何にもしてくれないじゃん!」


「俺は、おまえにいろいろしてあげただろう!」


「じゃあお父さん、あなたは私に何かしてくれた?」


「毎日の生活費を払っているだろう! 学校の教材費や給食費だって払ってる。大学費用だって貯めているんだぞ! 不自由はさせてないはずだ。何が不満なんだ」


「違う! そうじゃないの。お金の問題じゃないの! どうしてわからないの!?」


 静はただ愛されたかった。万人に愛されなくてもいい。ただ、一人しかいない親に愛されたかった。友人が家族と一緒にどこかへ行ったと聞くとき。ただ、相槌を打つしかできなかった。

 運動会のとき、姉妹二人でお弁当を食べることしかできなかった。

 やがて、遥が友だちと遊び始めてしまい、静は本当に一人になった。

 物質的には満足できているはずなのに、精神的には全く満足できていない。

 どうしてわかってくれないのか。そんな思い出静の思いはいっぱいだった。

 にもかかわらず、こんな時に限って父親面。もう我慢の限界だった。

 そして、一つの結論に達する。この家から出ていこうと。

 静は、反省した振りをすると深夜まで待つ。そして、深夜荷物を抱えて館へと向かった。

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