第十四話 時計の針は戻らない

 実の姉である遥との邂逅。

 最後に会ったのは静が小学四年生の時だった。

 静は何をするでもなく、この世の闇を見たような悲愴な顔で遥を見る。

 そんな表情をされたところで、遥は静に近づくのをやめない。今ここで逃してしまえば、次に会えるのはいつかわからないのだから。

 一方の貴治は、こんな状況下でどうすればよいのかわからなかった。

 静は歓迎していないが、遥は静との再会をどこか嬉しそうにしている。

 静の思いも重要だ。しかし、家族間の問題に口出しすべきではない。そう考え、一歩後退りする。

 だが、貴治が一歩後退りした所で姉妹を取り巻く空気は何も変わることなくただ時の流れが過ぎていた。

 そして、言いたいことをまとめ終わったのか、静は口を開く。


「なんでここがわかったの?」


「学校帰りに見かけたんだ。大声で泣いている人がいるなーと思って、近くにいったらあの子の隣にあなたがいたから」


 暗い言い方をする静と、明るさを保っている遥の言葉は実の姉妹だとは到底思えぬものだ。


「帰って。私は絶対に帰らないから。それじゃ」


 静はそう言い残すと家の中に入ろうとする。だが、遥は静に駆け寄るとその肩を掴んだ。


「待って静! お願い、聞いて」


 遥の必死の叫びは虚しく、静はその肩に乗っかった手を払い落とした。


「待たないし聞かない! あの人のいる家なんて、二度と戻らないから」


 そう言い捨てて静は家の中へと入り、家の前には遥と貴治が残される。

 家族に会いたいという思いは、貴治は強く理解している。いくら居候先の家主が、拒絶するからといって貴治は遥を無下に扱うことなどしたくはない。

 そう思っていると、家の扉が開き一人の男性が出てきた。

 波照間島の星使いであった。彼は沖縄風のアロハシャツを着ており、何ともこの重苦しい場において場違いだ。


「とりあえず、二人とも中に入ったら?」


 あれだけ家の前で叫んでいれば中、もといリビングまで聞こえていてもおかしくはない。彼は雨の中にもかかわらず外から聞こえる会話を、少なからず不憫に思ったのだろう。

 彼の提案に同意し、貴治は家へと近づく。だが、遥の様子がおかしいことに気がついた。実の妹から拒否されればおかしくもなるだろうが、それとこれとは別だ。

 遥は何やら目をこすったり、瞬きをしている。貴治は、遥が何をしているのかと考えてあることに気がついた。

 今日は十月二十二日であり、月齢的にはどちらかというと満月に近い。そもそも、貴治がこうして認識できているのは認識できるように静が天占術で調整してくれたからだ。未調整のはずの遥が、この館を認識できないのは極自然なことだった。

 彼はその辺の事情をよくわかっていないようなのだが、すぐに家の中へと戻っていってしまった。


「……家?」


 遥はそう呟くと、家の壁の目の前まで立ちその手を壁に触れた。その瞬間驚いたような表情をするもすぐに迷いなく覚悟を決めて家の中に入っていく。

 その時、貴治は思い出した。素質のある人が血縁関係にあると、素質を持って生まれやすくなるということを。

 静の姉であり強い血縁関係を持っている以上、素質を持っていたとしても不思議ではない。

 貴治はようやく合点がいき納得する。だが、貴治が納得したのはほんの些細なことだ。急いでリビングへと向かった。

 しかし、リビングの空気はとても重く淀んでいた。波照間島の星使いがそんなことを気にせずに太陽系儀の点検を行っていて少し和むのが唯一の救いである。

 静が家の中に入ってきた遥を見て、何か納得したような表情を浮かべた。


「……そう、あなたも素質があるのね。とりあえずたっちゃん、そこの人にお茶出してくれる?」


「は、はい」


 貴治にとって、この提案は本当にありがたかった。ただでさえ一触即発しそうな姉妹と同じ場所にいるのだ。波照間島の星使いのように何かしなければならない作業があるならまだしも、静の雑用である貴治はこの居心地が悪い空間で常に待機してなければならないのだから。

 貴治は食器棚から来賓用のコップを取り出すと、お茶を入れて遥の前へと出した。

 だが、その間二人は一切の会話を行わず何一つとして状況は進展していない。静は遥を睨み、遥は静を眺めている。

 一体いつまでこの状態なのかと、貴治が思った時予想外の人が動く。


「点検終わったよ。故障箇所はなかったけど、動かなくなった理由はわかるよ」


 呑気にも二人が火花を散らしながら見つめ合っているテーブルへとやってくる。


「そして、君のこともね」


 そう言って見てきたのは、貴治だ。


「え? 僕ですか?」


 貴治はこの太陽系儀は二回触っただけの関係である。太陽系儀から自分の何を読み取ったというのか。そんなことを考えている余裕もなく波照間島の星使いは喋り始めた。


「長谷川くんだったか? あなたには星使いの才能がある」


 それを初日に聞いていれば驚いただろうが、そもそも見え隠れしていた壁を触って顕現化させている。貴治が星使いとしての素質を持っているのではないかということは、静も貴治自身も薄々気がついていたことだ。

 だが、一つ引っかかることがある。

 波照間島の星使いは、太陽系儀の点検と修理のために来たのだ。貴治の素質云々は全くそれらと関係ないのだから。


「長谷川くん、あなたは半月の日に最も力が出る体質だ」


 静が満月や新月の日に力を発揮できるように、貴治は半月の日に力が発揮できる。ただそれだけのことなのだが、何かを悟った静はひどく驚いたような表情を見せた。


「……やっぱりそういうことだったのね」


 だが、静は何も語らず波照間島の星使いが説明してくれるのを待つ。


「太陽系儀はね、他人がうかつに触れてはいけないんだよ。素質がないんだったら影響はないけどね。力が発揮できる月齢が近かったりすればほとんど影響はないけど、もし正反対の月齢だったりしたら大変なことになるんだ」


 その言葉を受けて、貴治は背筋が凍る思いだった。実際に、貴治と静の月齢は正反対なのだ。


「君が性転換したのも、それが原因だ。正反対の月齢の星使いによって使い込まれた太陽系儀を使ったのだからね。太陽系儀はただの道具じゃない。星使いにとっての神具なんだから。そして倉敷くん」


 波照間島の星使いは静の方を向いた。


「君への悪影響は長谷川くんのものよりもよっぽどひどかったようだ」


 貴治には性転換というわかりやすい悪影響が出たのに対して、静はほとんど見られない。にもかかわらず性転換を凌ぐ悪影響とは何か。貴治はひどく動揺し、話をほとんど理解できなかった遥も実の妹に悪影響があると聞き居ても立っても居られない状態だ。


「倉敷くん、君の寿命はもうほとんどないだろう?」


「ええ、そうね」


 静は何の驚きもなく首肯する。

 貴治も、遥もひどく驚いていた。だが、今思い返せば静は星使いとの会話の際に意味深な話をしていたのだ。

 波照間島の星使いは、元よりそれらを知っていて二人にわかりやすく説明したということだろう。


「どういうことですか? やっと会えたと思ったのに寿命がないんですか!」


 遥は波照間島の星使いの元まで足音を立てながら向かい、その肩を力強く掴んだ。


「落ち着きなさい。元よりわかっていたことよ。あなたが慌てることでもないでしょう?」


 静は、遥と何年も会っておらずそのまま死ぬつもりだったのだから。


「はぁ? 何を言っているの!? こんなことで落ち着けるわけがないでしょう! それに、何? あなたは私のこと姉として見てくれてないの? ねぇってば!」


 剣幕を立てて静に対して強く怒鳴る遥は、静の肩を強く掴むなりそのまま歔欷の声を上げ始める。

 いくらなんでも家族に対してこの仕打はないだろうと考えた貴治は、行動にできることにする。


「あのー、倉敷さん?」


「何?」


「姉妹の間に何があったのかはわからないですけど、もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないですか?」


「はぁ? 今のあなたの立場わかってる?」


 静はとても不機嫌そうな顔を浮かべていた。


「……わかってます。わかってますよ! でも、家族と会えないのってつらいと思うんです」


 貴治は多感な中学生だ。親子仲が良いとはいえ親のことを疎ましく思ったことなど沢山ある。それでも、いざ急に会えないとなると寂しくなるものだということを貴治はこれまでの経験で深く理解している。

 居候先の家主とはいえ、物怖じせずに貴治は強く言い切った。


「へぇー。あなたの体験談か何か?」


「はい、そうです」


 貴治は力強く頷き静の目を見た。静は、貴治の真っ直ぐで綺麗な瞳を見て妥協することにする。


「……わかった。たっちゃんがそこまでいうなら明日聞いてあげる。明日土曜日でしょ? 十三時頃に来なさい。まあ、別に姉妹の間には何もないからね」


「……ごめん、明日また来るね?」


 落ち着いた遥は、涙を袖で拭うと逃げるように家から立ち去っていった。実の妹に、涙を見せるのが恥ずかしいからだ。


「じゃ、修理も終えたし僕も帰りますね」


 修理を終えた波照間島の星使いも、自身の持っている携帯用の太陽系儀を取り出すとそのまま瞬間移動していった。

 一気に二人いなくなり静の家のリビングは急に音がしなくなった。

 静は何も言わず、テーブル横の椅子に腰掛ける。


「ねえたっちゃん。星使いが徴兵検査の時に素質も調べたのは話したわよね?」


 お茶を一口含んだ後の静は、突如貴治に話しかけた。


「ええ、覚えています」


「どうやって素質を調べたかわかる?」


 静の言う通り、いざ考えてみても納得のいくような方法が思い浮かばなかった。貴治の場合は、不安定な壁を視認したり太陽系儀に触って気絶したりしている。

 だが、全員に太陽系儀を触らせていては多くの人から意味不明だとして問題になっているはずだし、気絶でもしたら大変だ。

 不安定な壁も何ともいえない。対象者を全員隠している壁に触らせるのであれば、素質がない人からすれば意味不明なことで先程同様、逸話が残っていても不思議ではない。


「星使いはね、強い天占術に自然と体が引き寄せられるんだって」


 その言葉を受けて、貴治はあらゆることに合点がいった。橡平良山の頂上に登った時に不思議と家の中に引き寄せられて太陽系儀にも触れたくなってしまったことを。


「別室で強い天占術を発動しておけば素質がある人がふらふらと寄ってくるの。まあ、中には引き寄せられているのに他に人が行ってないから自分も行かないようにした人もいるでしょうがね。……これ以上は明日にしましょうか」


 静は一方的に話を切り終えて夕食の準備にと取り掛かる。

 もちろん貴治には、夕食が作られるのを見ていることしかできなかった。

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