第九話 津々浦々の星使いは 後編


 驚きを隠せない視線を静に注いでいると、静は胡麻煎餅を咀嚼しながら別の星使いの方を見た。


「彼──えーっと。名前忘れた。まあいいや、が修理してくれるのよ」


 静が目配せをしたのは中年男性の一人で琉装をしている。聞くところによると五十六歳で、波照間島に住んでいるらしい。

 沖縄生まれ沖縄育ちかと思いきや、東京生まれ東京育ちであり大人になってから波照間島に移住してきたようである。


「一年中温かいから冬の時期に当番が彼だと最高よ」


 沙苗が興奮したようにガドガドを咀嚼しながら語る。


「あ、でも北海道の赤井川村に住んでる──えーっと、名前出てこない。まあいいや。彼に冬場に当たると最悪よ。昔ながらの家屋でしかも暖房器具何もないから死ねる。本人にそのことを告げても本人は寒いと思ってないっていうけど、氷点下なのに寒さを感じないってさすがにどうなの……?」


 沙苗は特に赤井川村の星使いに恨みはないのだが、部屋の気温をどうにかしてほしいと愚痴を言い続けた。

 そのため、冬場に赤井川村の星使いが当番になった際はみんな厚着を着て向かうそうだ。


「本当よね、兄弟とは思えないわ」


 ふと静が零した一言に、貴治が大きく反応した。


「え? あの二人兄弟なんですか?」


 衝撃の事実だった。少し見ただけでは、格好などが大きく違うのだ。


「そういえば星使いって素質のある人が血縁関係にいると素質を持って生まれやすくなるらしいよ」


「へー」


 興味のなさそうな静に対して、またしても貴治は大きく反応する。血縁関係云々ではなく素質のところに。


「素質とかあるんですか?」


「ええ、もちろん。昭和二十年の頃には星使いの素質がある人は一万人近くいたらしいから」


 静は、この星使い会議の歴史について語ってくれた。

 星使いのルーツは、陰陽道に通じる。陰陽道の一分野である天文道の内、天文方の研究者から分派したもの使い手が星使いだという。

 その後、開国により西洋天文学の影響を受け明治政府は諮問機関としてや天文密奏を行うために秘密裏に保護し星使い会議が発足。素質は徴兵検査などで検査し、最盛期には素質のある人は一万人。星使いは千人近くいた。しかし、GHQによる民主化により政府より切り離されて一部の有力政治家などに対する占いなどにより収益を得ていたが、徐々に星使いを知る者も少なくなり今現在に至るのだという。


「今でもたまに、ご高齢の方から占いを請け負うの。それが資金源よ。でもかなり財政は厳しいわ」


「なるほど」


「でもね、知っている人が占いを依頼したくない理由の大半はみんな僻地に住んでいるからなの」


 沙苗曰く、星使いは街中に住むのが嫌いな人が多く、しかも住宅も古いので困っているのだという。

 実際、住んでいる場所は赤井川村、羽黒市、橡平良町、姫路市、竹富町で姫路市の街中のマンションに住んでいる沙苗が一番都会人のようだ。


「そんなの、東京への一極集中が悪いのよ。私は悪くないわ。でも、郊外だからこその利点もあるわよ。部屋は広いし、騒いでも文句言われないし。部屋が狭くて壁が薄いマンションを断念し結局駅前の貸し会議室借りてる沙苗からしてもそこはいいでしょ?」


 以前沙苗はマンションで会議を開催したら騒音で苦情が入ったのだという。


「まあ、そこはいいわ。それにしても、貸し会議室って思っている以上に高いんだよ」


 愚痴を延々と述べ続けそうな沙苗の一言に、貴治はふと疑問を抱いた。


「そういえば倉敷さん。生活費ってどうしてるんですか?」


 静は家賃も水道光熱費もかかっていない。だが、生活に決してお金がかからないわけではない。先程話した太陽系儀の修理の時だって、ホームセンターに買いに行っていると言っていた。少なからず定期的な収入はあると考えるべきだった。

 当初は星使い会議とやらから援助があるのかとも思ったが、こんな状況ではないといってもいいだろう。


「……。あなたが気にする必要はないわ」


 静の顔色が変わった。

 和気藹々としていた顔から急に冷静になって。


「なんかすみません。余計なこと聞いちゃって」


 三人で仲良く話していたというのに急に空気が悪くなる。


「そ、そんなことよりも静は波照間島の星使いと話して点検の日程とか立てないと」


 沙苗は、無理に静を排除して空気を明るくする方法に打って出た。


「それもそうね」


 そう言い残すと、波照間島の星使いの元へと向かっていった。


「ごめんね、静は家のこととかになると顔色を良くしないのよ。だから多分、お金のことも家族絡み何だと思う」


 だと思うと言っている以上、仲が良い沙苗ですら静の家の事情には詳しくないようだ。


「こちらこそすみません。なんか暗くしてしまって」


 貴治は、自分が場違いのように感じられた。

 静は現在波照間島に住んでいる星使いと日程の調整をしている。羽黒市と赤井川村の星使いはカモウニアを吟味している。沙苗だって、先程まではガドガドを食べていたのだ。貴治がいなければ、二人はもっと楽しめていたのではないかと思う。


「どうしたの?」


 見かねた沙苗が優しく話しかけてきた。


「いえ、自分が場違いだなって」


「そんなことないよ。星使いって年々減ってるから会議の参加者は一人でも多いほうがにぎやかで楽しいって」


 沙苗が参加した当初は、七人いたのだという。だが、二人ともある日を境に連絡が取れなくなった。沙苗は焦ったが、他の星使いは何の動揺もしていなかった。


「え? 参加者がいなくなったのに?」


「うん、そうなの。私も後で知ったの。これが星使いなんだって」


 意味深長に語る沙苗は、いつもの明るいキャラとは違う。理知的で、不思議な感じがした。


「つまり、参加者は一人でも多いほうがいいってこと」


 沙苗が強引に結論づけると、赤井川村の星使いが二人の近くにやってきた。


「都窪くん、長谷川くん。君たちもこのカモウニアの味見をしてくれないか? ──おや、大事な話の真っ最中かな? これは失敬」


 カモウニアというのは、北アフリカ料理の一種でいわゆるシチューのことだ。

 そんなカモウニアを持ったまま立ち去ろうとする赤井川村の星使いを引き止めると、ありがたく二人はいただいた。


「思ったよりあっさりしてますね」


「ええ、そうでしょう。野菜を多めに入れてアレンジ」


 沙苗は舌が肥えているようだが、貴治にとっては初めての味だ。そもそもアレンジ前の料理を食べたことがないのでよくわからない。


「もしかして食べたことない? まあそうだよね。羽黒市の星使いって料理が趣味だから当番の時はいろんな料理出されるからみんな味覚えちゃうんだよね」


 赤井川村の星使いは、羽黒市の星使いの料理をどうしても二人に食べさせたいようだ。

 もしかしてカモウニアは日本では一般的に食されていると一瞬思ってしまったが、そんなことはないようだ。


「そうかそうか。ならばもっと食べるべき。しっかり舌を肥やさねばな」


 作ったのは羽黒市の星使いなのだが、なぜか赤井川村の星使いが自分のことのように誇っている。


「もっと食べようか? こういう経験も新鮮だろうし、男に戻る前にね」


「はい」


 貴治は男には戻りたい。だが、まだ先は見えない以上今を極力楽しむほか無い。見たこともない料理をその後も食べ尽くし、胃もたれを起こすほどまでになってしまった。

 そんな中、静は吐き気でうずくまっている貴治を目にして呆れながらに言った。


「たっちゃん……食べすぎね。沙苗、あなた唆したでしょう」


 視線を沙苗へと送る。


「ええ? まあ、そうかもね」


 愛想笑いをして誤魔化そうとしている沙苗だが、一応の罪悪感はあった。


「その……ごめんね?」


 謝意をあまり感じられなかったが、貴治はあんまり怒っていないため特に問題はなかった。


「まあいいわ、帰りましょうか」


 静は先程転移した部屋に移動すると、瞬間移動のための言葉を述べ始めた。すると、目の前にある太陽系儀は一秒に数回という速さで回転し始めた。

 これが普通の速度なのだと感心していると、静はふと太陽系儀を見上げた。


「あれ?」


「どうしたんですか?」


「移動できないのよ。なぜかしら」


 静は、たしかに正しい言葉を述べたはずだった。太陽系儀が正しく動いているのがその証拠だ。だというのに、橡平良の太陽系儀からの反応がない。

 再び言葉を述べるも、橡平良からの反応がなかった。


「もしかして、壊れた?」


 壊れてしまったら瞬間移動はできない。おとなしく電車で帰る他ない。


「……あなた、今いくら持ってる?」


 貴治は財布を取り出し、お札と硬貨を確認した。


「……2,803円です」


 その言葉を聞いた静は、少し微動だにしなかった後手で顔を覆った。


「沙苗から借りるか……」

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