第九話 津々浦々の星使いは 前編

 十月二十日、ついに会議の日がやってきた。

 実のところ、星使いに正装といったものはない。昔は服装に関しての規定が存在したが、今現在ではTPOを弁えていれば特に何か言われることもない。

 とはいえ、一応会議ということのため参加者は礼服がほとんどである。

 静は私服は和装だが、一応スーツで行くようで準備をしている。なお、振り袖もあるのだが着るのが面倒らしい。

 貴治の方は先日に買ったばっかりのスーツを着る。当然だが女性物なわけで着るのにも時間がかかる。さらに、男性のときなら一生身につけることがないと思っていたストッキングやパンプスも履かねばならないのだ。元男性としては、非常に複雑な気持ちだった。


「……。女性はスーツ姿の場合ストッキングを履くのが普通よ。恨むならそういう風潮になった世界を恨みなさいな」


 まるで貴治の心を盗み見ているかのように静は答えた。慣れた手付きですぐに着替えてしまったので、貴治の着替えを待っていて退屈なのだろう。


「ところで、会議って何するんです?」


 貴治は会議についてはあまり知らされていない。ただ、貴治が男に戻るための方法を審議してくれるとしか聞いていないのだ。

 静の様子からして前例はなさそうだが沙苗などの反応から察するにあり得うることなのだろう。


「……ほとんど何もしないわ」


「……はい?」


 貴治は思わず着替えの手を止めて聞き返した。

 会議は週一回のペースで行っているのだ。ほとんど何もなかったら週一回はあまりにも多すぎるのではないか。そんな風に考えた。


「昔はもっと議題があったらしいけど、今じゃただ駄弁り場よ。とはいっても数週間に一度くらいは真面目な議題もあるから、きちんとあなたのことについても考えてくれると思うけど」


 伝聞から察するに、静が星使いになった時点でもうそのようになっていたのだろう。こんなことを考えていると静から睨まれる。


「手が止まってる。さっさと履きなさい」


 レディーススーツにストッキング、そしてパンプスを履き終えた貴治は、今一度姿見で確認する。

 写っているのはどこからどう見てもスーツを着こなした少女だ。男だったとは思えない。


「そういえば、どこで会議するんです?」


「安積県の羽黒市よ。そこに住む星使いがいるの。会議を行う星使いの家は定期的に当番が回ってくるの」


 安積県の羽黒市。

 インターネット上に上がっているまとめサイトでは、親殺しの殺人犯が潜伏していたり、中世ヨーロッパみたいな武装をした不審者が大量に出現したり、狐耳の生えた少女が居たりと何かと話題性に事欠かない街だと書かれていた。


「仮にも十万人以上が住んでいるんだから大丈夫よ。さあ、行きましょうか。たっちゃん」


 静は太陽系儀を動かし始めた。だが、太陽系儀の動きは非常に遅い。人を瞬間移動させるという大掛かりな術であるというのにこの体たらく。貴治は本気で先の一件により壊れてしまったのではないかと考える。

 四人を姫路に転移させるときよりも、二倍近い時間と異音を発生させながら太陽系儀を回転させるとようやく準備が落ち着いたのか静は裾で汗を拭った。


「全く、今度修理に出そうかしら」


 静が鬱憤を口にすると、すぐに静が貴治の服を掴んだ。


「ちゃんと掴まっているように」


 貴治は頷くと、全身が光に包まれたような光景と、全身が光速度で移動しているような感覚を覚える。数秒も立たない内に移動の感覚は収まり恐る恐る目を開ける。

 そこは、先程の光景と大きく変わっていた。

 静の暮らしている館にある部屋よりは小さい。だが、人が集まるには決して狭くはない和風建築だった。近くには太陽系儀もあるが、静の家にあるものと比べるとだいぶ小さい。近づいてみようとすると、静から襟を掴まれた。


「たっちゃん、他人の太陽系儀にはうかつに触らないでね」


 理由は気になるが、禁止されている行為を無理して触ろうとも思わない。貴治は諦めて周囲を見渡すことにした。

 外を見れば転移したという実感が湧く。辺り一面の松の木が生えているからだ。ここは羽黒市の中でも郊外なのだろう。

 そして何より部屋の気温が明らかに違う。緯度的には橡平良とあまり差はないが、橡平良は沿岸部にあるのに対し羽黒市は内陸部。羽黒市の方が冷えやすいのだ。


「倉敷さん、こんにちは。そして彼女が例の?」


 貴治が外の景色を眺めている間、静の隣に近づく中年男性がいた。彼こそが、ここ羽黒市に住む星使いであり今回の会議の当番だ。


「ええ、力になってくれると助かるわ」


「そりゃもう喜んで。それにしても、こんな形で再会できるとは。以前が最後だと聞いていたのでね? 心残りなんて嫌でしたか?」


「ええ、そうよ。後、まだ言ってないの。彼女の前じゃ控えてくれる? ところで他の星使いは?」


「ああ、彼らなら別室に居ますよ」


「わかったわ。じゃ、たっちゃん。着いてきて」


 静に呼ばれた貴治は、会議が行われる貴賓室へと向かった。

 貴賓室は先程いた部屋よりも広く、立食パーティーなどができるほどの十分な広さを有していた。

 そして、その部屋には先客もいた。沙苗もいれば、見知らぬ中年男性が数人。女性陣は沙苗と静だけで、それ以外は全員中年男性だ。


「驚いた? 星使いって中年男性が何故か多いのよ」


 慣れている静は今さらおかしいとは思っていないのか、ただ事実を淡々と告げるのみ。

 だが、貴治は不思議なことに中年男性の視線が怖かった。特に何かされたわけでもないのだが、厳つい中年男性がいるというだけで心做しか身が竦む。


「じゃあそろそろ開始の時刻になったし席に座って」


 主催者に呼びかけにより、全員が着席した。


「連絡したように、彼女が貴治さん。まあ、性転換なんて珍しくないんだけど、なんか戻れないらしいよ」


 主催者は、さも軽く言ってのけた。

 貴治は性転換なんてこんな平然と言ってしまっていいのかと内心驚いていたが、他の出席者の反応を見ると「ああ、性転換あるよね」「あるある」「この前なったけど戻れたわ」などと隣の席で談笑していた。

 性転換はよくあるらしいので、安堵する。ところであの中年男性たちが性転換したらどうなるのかを考えてしまったが、何も考えないようにしておく。


「誰か理由分かる人いない?」


「うーん」「太陽系儀側に問題があるのでは?」「当時の事象を占ってみよう」などといった意見が飛び出す。天占術については貴治は無知なため、ただ聞く側に徹する他ない。

 結局、念の為太陽系儀の点検を占うことで合意した。


「倉敷さん、点検ってどれくらいかかるんですか?」


 貴治が性転換して一週間が経過している。さすがに元に戻らなければ家や学校側にも多大な迷惑をかける。

 塾にはさほど迷惑はかからないだろうが、貴治がいるのは塾の中でも一番成績の良いグループだ。授業についていけなくなることを一番危惧している。


「そうね、一瞬ではできないけどそんなにかからないわ。でも、点検中は瞬間移動に使う太陽系儀が使えないの。まあ、小さいものなら一時間程度ね」


 静は海苔煎餅を咀嚼しながら思い出したようにいう。


「その点、静の太陽系儀は古いし大きいからね。数時間かかるかもしれない」


 近くでナシゴレンを食べていた沙苗も会話に参加する。


「一応私は師匠から簡単な修理くらいは学んだけど、さすがにもうガタが来てるのかも」


 静が長年古い太陽系儀を使えていた理由がこれだった。天占術は思ったほど太陽系儀に負荷はかからないため、比較的長年使っていても壊れにくい。だが、さすがに経年劣化には耐えられないものだ。定期的にホームセンターなどで部品を調達し修理していたがそれももう限界だという。


「そういえば専門の修理業者とかいるんですか?」


 日本に住む星使いはここにいる人たちで全員のようだ。さすがにこれでは修理業者も採算が取れないのではと思っていたが、静も沙苗も首を横に振った。


「え? じゃあどうやって修理するんです」

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