第八話 別の少女と隠せぬ現実 後編

 貴治は、二人に連れられてこられた店の奥で、良さそうな服を二人が見つけるたびに着ることを強制させられた。

 あまり羞恥心を刺激しないただ変な英語が書かれているシャツやパーカーなどであればよい。ただ、変にガーリーなものを着せられると二人しか見ていないとわかっていても恥ずかしいのだ。


「たっちゃんは髪が短いからね、ボーイッシュなのもガーリーなものもどっちも合うね」


 沙苗はスマホで貴治の写真すら撮っている。貴治にできることは早く終わらないかと願うことだけ。


「あの、これいつ終わるんです?」


「私の気が済むまでだね、でもまあ心の問題もあるしあんまりガーリーなものは止めておこう。こういうのはね、恋に落ちたりして自発的にそういうのに手を出すからいいんだよ。決して強制されるべきじゃないんだよ」


 何やら熱心に持論を語り始めいつしかゲインロス効果の説明に入りだした沙苗は置いといて、静の方を見る。静はブラジャーを取り出してこちらを輝いた目で見ていた。


「あのー? 倉敷さん? それは一体……」


 一生つけると思っておらず、ただふとしたきっかけで見えることこそが尊いと考えていた下着。それを今から自分がつけるなんて、貴治は信じたくなかった。


「あのねー、たっちゃん。意地でもつけたくないっていう気持ちは想像できるけど、なんで日常的に使われているのか知ってる? 人によっては乳首が擦れて痛かったりするのよ? それに、今じゃメンズブラなんてものもあるの。私は着用することをお勧めするわ」


 貴治は、全てを諦めた。

 居候だし、痛いのは嫌だからだ。


「ついでに私も下着も買っちゃおうか。そういえば静は何つけてるの?」


 いつのまにかゲインロス効果を解説をしきった沙苗が沙苗に気軽に聞いた。


「襦袢よ? だってこれで十分だもの」


 それを聞き、沙苗はもちろんとして貴治すらも呆気に取られたように凍りついた。


「じゃ、じゃあ下半身は」


 恐る恐る沙苗はもんぺにより隠された静の股間部に注目した。


「湯文字」


 それを聞いた沙苗は、切羽詰まったように静に訴えた。


「あのさぁ……。どこの世界に襦袢と湯文字、半纏ともんぺ着る女子中学生がいるのよ!」


「いや、私女子中学生じゃないし。一応在籍はしているけど、あと一応裾よけも着けてるし」


 冷静に静は返した。


「おしゃれしたいと思わない?」


「あんまり外でないし。むしろ目立つといろいろまずい。むしろ人のおしゃれしたほうが楽しくない?」


「まあ、わかるけど……」


 結局、沙苗は年下の女子中学生に口論で敗北することとなったまま服屋を出る。

 大祐と合流したのだが、沙苗は燃え尽きたように、貴治は未だに呆気に取られたようにしており一瞬何が起こったのか気になった。だが、これ以上は詮索してはいけない。そう思い込むと、考えるのをやめた。


「なんか、久しぶりに歩き疲れて小腹空いちゃった。なんか軽食屋とかないの?」


 静は、基本的に館から出ることは少ない。館は大きいが、使わない部屋も多く生活範囲は限られているためつまり歩き回ることもないのだ。


「えーっとね……あーここここ」


 やってきたのは某海外資本のファストフード店である。ある程度人はいるが、その多くが読書をしていたり勉強していたり、パソコンをいじっており落ち着いた雰囲気だ。

 すっかり元の状態に戻った沙苗や静が店内へと歩みをすすめるが、貴治は振り返り大祐の方を向いた。貴治もまた、道中元の状態に戻った。

 様子のおかしい大祐に、貴治は声をかける。


「大祐? 疲れたの?」


「ああ、そりゃ疲れもするさ。いきなり呼び出されたと思ったら姫路に連れて来られて困惑してるよ。それにしても、まさか天占術で瞬間移動ができるとは……」


 大祐は、下校時にメールで貴治から連絡を受けたのだ。

 『早く来てくれ』と。

 その内容から、何か貴治に危険が迫っているのかもしれないと文面を解釈した大祐は山道を全速力で登って急いで館へと向かったのだ。しかし、到着するや否や天占術によってすぐに五百六十キロ離れた姫路へと飛ばされてしまう。そして、あまつさえ荷物持ちとして連れてこられているのである。疲れもするだろう。


「瞬間移動っていっても、別の星使いの太陽系儀があればだけどね」


 瞬間移動は世界中どこでもできるというわけではない。瞬間移動先にも太陽系儀があり、かつ起動してなければならない。とはいえ、星使いの太陽系儀は基本的にどこも起動しっぱなしのため問題はないのだ。


「それにしても、星使いって他にもいるんだな」


 大祐は沙苗に目をやるが、彼女は静と仲良く喋りながらカウンターで注文をしていた。

 聞く所によると彼女は十九歳の大学生らしい。


「俺たちも休憩するか」


「ああ」


 貴治たちはポテトとドリンクを注文し受け取ると、静たちのテーブルの隣のテーブルへと移動した。

 大祐は早速ポテトとドリンクに手が伸びるが、貴治はテーブルにあるコンセント目掛けてスマホの充電器を挿してからポテトとドリンクを摘んだ。

 その動作と、メッセージの反応具合からとあることを大祐は考えた。


「そういやあんまりメッセージの返信ないけど、充電できないの?」


「そうなんだよ。コンセントなくてさ。聞いたら電化してないって言われたからこういうときに充電しておかないと」


 そんな話をしていると、隣から静と沙苗の会話が聞こえてきた。


「静も街中に住めばいいのに。今どきネットどころか上水道通ってないのはどうかと思うよ?」


 沙苗は静を街中に住むように誘っていた。事実、静の家は明治時代に建てられたものらしいので、ネットや電気どころか上下水道も通っていない。そもそも登記簿にも乗っていないし、秘匿術をかけられているのでので固定資産税も払っていないのである。

 そのため、貴治はスマホが充電できないのだ。

 静は昔電化しようとしたことがあったのだが、電気工事は無資格の者がやると最悪漏電し火災が起こる。ほとんど知識のないあまりにもリスクが高いと感じ断念したのだ。


「そうね、でもあの家は大切なの。というか、仮に引っ越すとして、引っ越しどうするのよ。引越し業者に山の中にある住所登録されていない中学生だけが住んでいる洋館に来てもらうつもり? 私が引越し業者だったら即座に通報してるわ」


 静は沙苗の提案を一蹴する。それほどまでに引っ越す気がないのだ。


「確かに……。で、太陽系儀さえ設置すれば業者呼ばなくても自分で──」


 太陽系儀の瞬間移動を用いて荷物を移動させればよい。そう言いたかったのだろうが、またしても静は沙苗の会話中に割り込む。


「あの太陽系儀入るかしら? たしかあなた、マンション住まいでしょ? 私の家にある太陽系儀を瞬間移動したら天井に届かない? もしかしたら上の階の部屋の床破壊するかもしれないわよ?」


 マンションであることを前提の話だったが、一軒家だったとしてもあの太陽系儀は随分と巨大だ。一応静の住んでいる洋館の天井は高いが、それでも太陽系儀は天井との差は数センチ。ほとんどの家は瞬間移動で持ってきた途端に上の階の部屋か、あるいは屋根が悲惨なことになる。

 そう言うと、沙苗は黙ってしまった。そして、何かを思いついたらしいが静の顔色を窺いながら言った。


「太陽系儀、買い替えない? あの太陽系儀古いでしょ。確か静の師匠が若い時の奴の中古品。確か50年ぐらい?」


 太陽系儀は別に作れるため、古いものを固執して使う必要は全くない。それどころか手のひらサイズの太陽系儀もある。

 沙苗は意気揚々と提案するが、静は呆れたようなため息を付いた。


「あなた、私があの太陽系儀大切にしているの知ってるでしょ? というか、50年も経っていない。今年で49年よ」


 大した差はないが、静にとっては譲れないことなのだ。


「……中古品を使うのは危険なのよ。で、あの太陽系儀、最終的にどうするの? 捨てるの?」


 沙苗が突如話を変えた。

 貴治たちが聞いた限りでは、意味がわからない会話だ。すると静が貴治と大祐の方を見る。両者とも二人の会話に聞き入っていたので当然ながら振り向いた静と目が合ったが、何も言わず沙苗の方へと向く。


「まだ二人には言ってないの。控えてくれる?」


「そう、わかった」


 そんな様子を見ていた貴治と大祐は、顔を互いに見合わせた。途中から言っている意味がわからなくなったが、何やら意味深な会話をしているということはわかった。


「そういえば、この袋何だ?」


 二人に配慮して、大祐は貴治と会話しようと考えた。そして、大祐はわけも分からず袋を持たされていた袋のことを思い出す。いきなり持たされたため、何なのかわからなかったのだ。

 が、その瞬間貴治は無言でその袋を隠した。そして、大祐に対して首を横に振り訴えかけた。

 ちょっと覗こうとしていた大祐だったが、貴治の反応から察するにおおよその検討をつけた。そして一言。


「済まない」


 大祐は頭を下げた。

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