第八話 別の少女と隠せぬ現実 前編

 午後一時、貴治と静はリビングで食事をしていた。

 食事の内容は、肉うどんという洋館に似合わぬ代物。

 当然だが、調理を担当したのは静である。貴治は調理経験がないと自覚しているし、経験がないにもかかわらずやれると大言壮語するほどの自信家でもないのだから。

 それでも手伝おうとして、静に迫った。そして、静は考えた。うどんに入れるネギの葉身を小口切りにするくらいのことはできるのではないかと。

 そういうわけで、仕事を得た貴治は貴治なりに切ろうとは努力した。

 しかし、切ったものを見て静は呟いた。


「なにこれ?」


 貴治なりに小口切りをしたはずなのに、どういうわけか歪な縦切りになってしまったのである。

 とはいえ、貴治をキッチンに立たせた静にも責任はある。ただ何も言わず、貴治に二度と調理場にキッチンに立たせないことを決め食事を取ることにしたのだった。


「ごちそうさまでした」


 貴治はうどんを食べ終えて丼をシンクへと持っていこうと立ち上がったが、真正面に座っている静は貴治の腹部をずっと眺めていた。


「……なんです?」


 あからさまに見られるというのは決して気分が良いものではない。にもかからわず、静は貴治のことをずっと見続けている。静の顔を見ると、嬉々としているとは言えない。眉を顰めたり、手を口元に当てているあたり考え込んでいるようだ。

 ネギの縦切りのせいで怒らせてしまったのではないかと、貴治は考えおとなしく動かないようにしていた。

 そして、静はようやく口を開く。


「たっちゃんさ……。服買いましょうか」


 何を考えていたのかと思いきや、静の口から飛び出したのは服という単語。


「えっ……?」


 思わず声を出してしまったが、確かに性転換した影響で体のサイズと服のサイズがあっていないのは事実だ。

 一応静の私服もあるが、必要最低限しか持っておらずほかのものは全てボロボロだったりする。さすがにそれらは貸し出せなかった。


「星使い会議、その格好で出席するの?」


 貴治は改めて自分の服を眺めてみる。もちろん全て男性用の私服だ。似合っていないし、若干ぶかぶかである。おまけに会議なのだから私服で出れるわけもない。


「そうですね……。でも、服を買いに行くための服がありません」


「その台詞を本当に日常生活で聞くとは思ってなかったわ。しかし、それは問題ね」


 悲しい哉、この家は他の人からは見えないのでオンラインショッピングをしたとしても配送員が渡すことができない。そもそも、ここには住所がない。

 配達の際の備考欄に『頂上碑においてください』とでも書けばよいのか。山頂まで登るのに、速めに歩いて往復四〇分はかかる。ただでさえ電子商取引の発達により配送量が増加している今日なのに、配送員がこの備考欄を見たらびっくり仰天すること間違いないだろう。

 コンビニ受け取りやロッカー受け取りも考えたが、そもそもそういうロッカーはだいたい街なかにあるしコンビニも店員と顔合わせしなければならない。どちらにしても外に出るための服がないということになる。


「そういえばたっちゃん、朝ここに来るまではどうやって来たの?」


 外に出られないと言っているが、先程まで外に出ていたのである。そのことを静は疑問に思った。


「変な目で見られないように、人の目を掻い潜って橡平良公園に」


 貴治が移動したのは午前十一時頃。学校や仕事であまり人通りがない時間帯である。見られた可能性は決して否定できないが、人通りの少ない道をできるだけ選んでここまできたのだ。人の目を最小限に抑えつつ移動するのと、人のいる場所に行くのでは明らかに難易度が違う


「ふーん」


 静は納得したようなしていないような曖昧な態度を取る。

 そんな中、貴治にある考えが浮かんだ。


「あ、あの! 家を隠すことができるなら、人を──」


 ──人を隠すことはできないか。

 そう聞こうとしたのだが、その質問を予見していたかのように静は貴治の言葉を遮った。


「無理ね。あなたがずっと突っ立ってるっていうならわかるけど。この家は動かないから、かろうじて隠せているのよ? 動くものにかけると座標が安定しないから周囲のものまで隠れたりして超常現象呼ばわりされるわよ」


 静曰く、動かない状態でなんとか成功できるらしい。

 もしも動く人間に掛けようものなら、手を伸ばした際などにも対処しなければならない。その上、少し座標がぶれてしまえば近くにあるものも隠されたり、半分隠されたりと中途半端な状態になってしまう。もし、第三者が見ていれば超常現象だとして大変な話題になってしまう。

 提案を一蹴され悩む貴治。参加しなければいいという手もあるが、一刻も早く戻るためにも参加したいというのがあった。


「とりあえず、知人に聞いてみるから」


 知人なんていたのかと驚いている貴治はさておき、静は太陽系儀をまたもや呪文のようなもので回転させ始めた。しかし、回転速度は先程よりもさらに悪い上に異音もする。静は汗ばみながらも言葉を続け、なんとか思うような結果が出たようで回転が止まった。

 随分と満足げだが、貴治からすれば何をしたのかがわからない。

 そんな中、ふと別の足音が聞こえた。


「静? どうしたの? 忙しいんじゃないの?」


 中から現れたのは、静や貴治たちよりも年齢が上の少女だった。高校生くらいだろうか。

 静は突然現れた彼女に何も動じることなく近づくと、貴治に目配せをする。


「かのじょ……いや、彼?? ……どっちでもいいや、そこの人に最低限外に出られるだけの格好をさせたいんだけど」


 静は、貴治に使う三人称に戸惑いながらも少女に対し服を見繕うように言うと、彼女は貴治の方を向いた。


「ん? ああ。……というか、なんでそんな変な格好なの?」


「性転換したんだって」


 特に強調することなく性転換した事実を平然と言う静。貴治は目の前の少女がどんな反応をするのか心配したのだが、そのことを聞いても少女の顔色は何ら変わらない。


「ふーん」


 性転換という話を聞いたのに、反応が薄く何の躊躇いもなく見つめながら目を細めた。

 思えば、静も性転換についてのことを聞いた時も同じような反応であった。彼女もまた、星使いということだろう。


「あなた、名前は?」


「長谷川貴治です」


「私は都窪つくぼ沙苗さなえ。とりあえず、パーカー貸してあげるから買い物に行きましょう」


「え?」


 急展開に貴治は一向についていけないのだが、沙苗は形振り構っていないようだった。


「いいわね。でも荷物が多すぎると……あ」


 静も賛同するが、一応引っかかる所がある。少なくとも貴治の会議に出席するための服。そして、現段階では男性時の服を私服として着ているが、これ一枚しかない。汚れてしまったときのためにも私服はほかにもあったほうがよい。そんなことを考えると、どうしても荷物の量が多くなってしまい億劫になるのだ。

 しかし、あることを思いついたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。


に持ってもらいましょう。ちょうど下校時刻でしょ? それに、テスト週間って言ってたし」


 静の人間関係など貴治は知りはしないが、誰のことかはすぐにわかった。


「え? 彼って誰? もしかして──」


 沙苗は興奮した状態で貴治に話しかける。別に貴治だからではなく、基本的に誰にもこのような感じで接しているのだ。


「ち、違いますよ!」


 貴治は沙苗の考えていることはわからない。が、絶対に変な妄想を広げているということは確実であるため必死に否定する。

 しかし、あまりにも必死に否定する貴治を見た沙苗は、逆に疑ってしまいさらに興奮するのであった。


「やっぱりこうなったか。まあ、いっか」


 追い回す沙苗と追い回される貴治。その二人の様子を、静はただ呆れつつも気にすることなく眺めていた。



 大祐は、顔を引きつらせながら明るい屋内を歩いていた。

 近くには大量の人々が往来し、騒々しい。

 鼻に意識を集中させればどこからか食べ物や鼻、アロマオイルといったさまざまな芳しい香りが鼻に入り脳を惑わしていた。

 目の前にいる、歓談する女性陣(定義による)たちの後ろを両手に大量の袋を持って。


「俺、何しに来たんだ?」


 大祐がそう嘆いてしまうのも仕方ない。大祐の数歩先には、貴治、静。そして沙苗が和気藹々と話しながら歩いているのだから。


「さて、次はどこ行こう……」


 沙苗はモール内の地図を見ながら次に行く店を見繕っており、静も興奮しながら同調している。一方で貴治は落ち着かないのか周りを見渡していた。二人にとっては慣れていても貴治にとっては慣れていないのだ。もちろん大祐も。

 というのも、ここは二人の通う橡平良中学校から直線距離で560キロメートルも離れたショッピングセンター内。見知らぬ店が多く、見知っている店であっても商品は見知らぬものばかりだ。


「たっちゃんの会議出席用の礼服は買ったし、私服でも選ぼうかしら」


 先程から大祐が持っていたのは、貴治の礼服だったのだ。無駄にストッキングやパンプスまで買ったために、荷物が多くなったのだ。


「いいね、私もたっちゃんを着せかえ人形にしたい!」


 静の意見に沙苗が激しく同意。貴治の呼び名すらも伝染し、被害者となる貴治が抑え込むのは不可能だ。

 とはいえ、いくら羞恥心があろうと貴治に拒否権はない。輝いた目をしている二人に引っ張られて服屋へと連れて行かれた。


「……元気で帰ってこいよ」


 大祐は服屋の入り口で、ただ連れて行かれた貴治の無事を祈っていた。

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