第三話 みんな変わった不思議な話

「……ん?」


 貴治は、気がつくと柔らかい物の上に横たわっていた。確認すると、今横たわっている場所はベッドの上。とはいっても、シーツは皺だらけで布団もかけてくれてはいない。丁寧に寝かされたわけではなく、雑に放り投げられた可能性が高い。

 しかし、そんな状況もうまく把握できないほどに貴治の脳は覚醒していなかった。ただ、違和感のみを覚えるもそれが何なのかがわからない。

 そして、貴治が至った結論が諦めだ。再びまぶたを閉じると力を抜く。


「……あれ?」


 この頃になって、ようやく脳が覚醒し始めたようだ。そして、違和感の正体もすぐに気がついた。


「ここどこ?」


 貴治は完全に覚醒すると、急いで上半身を上げた。見渡せるのは屋内であれど見慣れた貴治の自室ではない。初めて見る部屋だが、どこか似たような場所を見たことがあった。


「星使いの……家?」


 貴治の最後の記憶にあるのは、星使いの家と呼ばれる場所にある巨大な太陽系儀のあったリビング。壁の模様などの部屋の雰囲気が、リビングと酷似していた。そうなると、考えられるのはただ一つ。ここが星使いの家だということである。

 しかし、ここは巨大な太陽系儀のあったリビングではない。誰かが意図的に移動させなければ意識のない人間が別の部屋に行くことなど夢遊病でもない限りはないのだから。


「……大祐を探さなきゃ」


 貴治は、大祐を探そうとしてベッドを降りるも何かに躓いてそのまま倒れた。


「いった……」


 膝を強打し、痛みに悶える中で躓く原因となった物を確認する。


「って、大祐!?」


 なんと、貴治が躓いた原因は大祐の背中だったのだ。そして、その大祐は白目を向きながら気絶してる。


「大祐! 起きて!」


 貴治は必死になって大祐を揺さぶる。すると、大祐の手足が若干ながらに動いた。


「うーん……? っていうかなんか背中がめっちゃ痛い」


 大祐は意識を取り戻したようで、背中をさすりながら上半身を起こし辺りを見渡した。


「……あれ? ここどこ?」


 しばらく部屋を眺めていた大祐だったが、続いて自分を起こしてくれた貴治の方を向いた。

 しかし、大祐は貴治を見ると時間が目を大きく見開いたまま何も反応を起こさなかった。そして、動き始めたのと思ったらすぐに顔をそむけてしまう。なぜなのかと貴治が疑問に思っていると、貴治が答えた。


「っていうか君は……誰?」


「……ふぇ?」


 思わずそんな声が出てしまった。何しろ、大祐とは長い付き合いである。いきなり貴治の顔を見るなり『誰?』と言われればそんな変な声も出てしまうだろう。


「僕は貴治だよ? 大祐大丈夫? どこか打った?」


 親友の顔すら覚えていない大祐に向かって、貴治は当たり前のように自分が自分であることを伝えた。

 なお、大祐の背中を強く打った原因が自分にあることを、貴治は発言後に気がついたが何も言わないでおく。

 しかし、大祐は混乱していた。貴治からしれみれば、親友が自分の顔を覚えていないのだ。記憶喪失だろうかと心配している中、大祐が困惑しながら喋りだす。


「本当に、貴治なのか?」


 記憶喪失かと思っていた貴治だったが、その言葉から察するに貴治という存在を完全に忘れているわけではないらしい。


「そうだけど」


 きっと、単語は覚えているが具体的な顔が思い出せないのだろう。そんなことを貴治が勝手に思っていると、大祐は息を呑み恐る恐る口を開いた。


「なんで女になってるの?」


「……は?」


 大祐の発した一言により、二人が寝ていた部屋──客間かそれに近い部屋は静まり返る。ほんの数分前までも静かだったが、その静寂さと今現在の静寂さを比べた時に今のほうが静だと断言できた。


「冗談きついなー」


 驚くくらいの棒読みだった。なぜなら、大祐の発した一言により無意識のうちに貴治は全身の違和を感じ取った。

 実際、声もどことなく高くなっている気がする。そして、言われなければ気づかないほどのほんの僅かな違和。股間に、何もないのだ。

 とはいえ、ただ神経の異常かもしれないという可能性まで捨てきりたくはない。股間に手を伸ばすが、ないものはない。


「……もしかして、顔とかも結構変わってる?」


 女性になったのなら、顔や背丈も変わっている場合がある。それが不安で仕方なかった。


「うん、変わってる。でも、よく見れば貴治とはなんとなく察しが付くけど、普通の人は別人だと思うよ。それに、雰囲気? も若干違う。ああ後、体が一回り縮んだかな? そんな調子だったから途中で自分でも何言ってるのかわかんなくなったけど、やっぱりそうなのか」


 貴治は、すぐに目に入った姿見の目の前へと向かった。

 そこに立っていたのは、ひどく怯えている男子中学生とは到底思えない美少女だった。どことなく貴治の面影こそあれど、貴治とは異なる存在。クラスメイトに見せればきっと、貴治の親戚かと聞かれ本人と思う人はいないに違いない。

 顔以外では、身長が一回り小さくなっている。身長は160前後だろうか。四肢の様子までは服で見えないが、自分で触れば明らかに華奢になっていることはわかる。そして胸部は──さほど変わっていないような気がした。若干の丘陵はあるがBカップもないだろう。


「それにしても……」


 貴治は、性転換ものの作品を小説漫画問わず読んだことがある。その場合、なぜか髪が伸びてることが多いのだ。性転換と髪は関係ないのでは? と思ったりもしたが、貴治の場合は髪の毛の長さには全く変化がない。


「ふぅ」


 一通り姿見の前で自己に起こった変異を確認し終えると、深呼吸して心を落ち着かせる。


「それでさ……。どうしよ」


 貴治は性転換後の姿に混乱していたが、いざ冷静に考えたときにそれらはさほど大きな問題ではないことがわかった。真っ先に解決するべき問題は、これからのことだ。


「と、とりあえずあの太陽系儀に触れれば戻るかもしれない」


 大祐は原因を考えてみた結果、やはり太陽系儀が原因に違いないと考えた。

 貴治を元に戻そうと部屋を出ようとして扉のドアノブに手をかけるが、その瞬間扉が貴治の方へと開きそのまま顔面を直撃してそのまま仰向けに倒れた。


「全く、やっと起きたのね? 二人とも……」


 室内に入ってきたのは、貴治や大祐と同年代に見える赤黒い地味な半纏を着た少女だった。彼女は、眠そうにあくびを手で押さえながら部屋に入ると倒れている貴治を眺める。


「あれ? 起きてるのは一人だけだった?」


「起きてるけど」


 貴治は起き上がりながら反論した。


「あら? そうだったの。これは失礼」


 少女は気にしていないように軽く謝罪の言葉を口にした。


「で? 私は色々準備があるの。さっさと帰ってもらえる?」


 言葉選びこそ厳しいが、言い方そのものに厳しさは感じない。

 そんな中、大祐は両手を握りしめながら俯いていた。そして、思い切った様子で顔を少女に合わせた。


「勝手に入ったこと、本当にすみませんでした。不躾なお願いではありますが、僕の友人のを元に戻してもらえませんでしょうか」


 普段の言動からは想像できないような大祐の振る舞いに、貴治は驚きながら反応を見るため少女の方を見る。しかし、少女は何が起こったのかわからないといった様子だ。


「彼? あなた男なの? いや、別に私は性別を理由にとやかく言うつもりはないけど一応確認ね。それで、元に戻すって何かしら?」


 少女は、貴治の性別が変わったことに全く気がついていないようだった。そうなると、意図的ではない。何らかの不慮の事故による性転換。そんな考えが貴治と大祐二人の脳裏をよぎった。

 不慮の事故となれば、元に戻すのは難しいのではないか。そんな考えも同様にだ。


「実は、太陽系儀を触ってから、女になったみたいで……」


 貴治は、どう伝えようかと悩んだ挙げ句ありのままを伝えることにした。


「……。なるほど。そういうことだったのね。とりあえず、試してみましょうか。ついてきて」


 目の前の人物が何者なのかはわからないが、彼女以外に縋れる人物もまたいない。貴治と大祐は互いに顔を見合わせると、貴治は頷き彼女についていくことにした。

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