第四話 星の下の少年少女
どうやら二人が寝かせられていた部屋──貴賓室は、洋館の二階にあるようで、部屋を出ると廊下がありそこの窓から山の斜面が見える。廊下に沿って歩くと、階段がありその階段の下はリビングへと繋がっていた。
「太陽系儀ってこの太陽系儀よね?」
「はい、そうです」
リビングの中央に鎮座している巨大な太陽系儀。貴治が触ったもので間違いなかった。しかし、よくよく見れば星々は動いておらず、また光ってもいない。
彼女の話から察するに太陽系儀は他にもありそうだが、そんな余計なことを考える余裕などないのである。
「女性になったときと同じように触ってみてくれる?」
いいんですか? と口にしようとしたが、折角の厚意を無下にするわけにはいかない。この機会を逃したら二度とないかもしれないのだ。
貴治は巨大な太陽系儀の直ぐ側まで来ると恐らく手をついたであろう場所に手を触れる。しかし、何も起こらない。
叩くように触れてみるが、やはり何も起きない。
「何も起きないわね……?」
不審に思った少女は、太陽系儀の台座部分にあるカバーを開ける。そして、そのまま体をどんどん中へとねじ込ませていく。
「故障ってわけじゃなさそうだけど……」
何も異常はなかったのだろう、体を台座から抜くと静かにカバーを閉めた。
貴治は、不安だった。女にされて、このままじゃ家族にも面と向かえない。きっと、男に戻れる方法はあるのだろうが、今か今かと待っているにも限度がある。もしかしたら──という考えが、着実に貴治の中に現れ始めているのだ。
「困ったわね……」
少女は机の上に置かれた卓上カレンダーを確認する。
「貴治を元に戻せる方法は、あるんですか?」
少女に確認したのは、大祐だった。さすがに、今は不安が見える。
しかし、少女の返事はそんな大祐を嘲笑うかのようなものだった。
「さあ? 私にはわからないわ」
大祐は真剣に聞いたのに、少女から返ってきたのは二人のことを何とも思っていないととれる返事。大祐は拳を強く握りしめた。
「何? 怒っているの? 言っておくけど怒りたいのはこっちのほうよ? 勝手に家に入られて、太陽系儀を勝手に触られて挙句の果てに勝手に気絶していたのよ?」
紛れもない正論である。おかげで、大祐はこの苦しみを発散することができない。そして、さらに深刻なのが貴治である。大祐に唆されて、大祐に押されて女になってしまった。今一番怒りたいのは貴治のはずだった。
「こっちだって時間がないのにわざわざ──」
あからさまな嫌味だった。
しかし、これ以上少女の機嫌を損ねては、男に戻すヒントすら失ってしまうことになる。そう考えた大祐が行動に移すのは早かった。
「何の真似かしら?」
大祐は、恥を忍んで少女に深く頭を下げる。続く言葉でまだ誠意が足りないと思ったのか、土下座に移行した。
「俺が、俺が全部悪いんです。貴治を連れて星使いの家を見ようって唆したのも、太陽系儀に触れさせたのも全部、俺が」
星使いの館に入ったのは貴治だが、それは敢えて言わない。全部大祐が罪を被る所存だった。
少女はリビングにある椅子に座ると、足を組む。大祐の誠意に、心を動かされるどころかむしろ胡散臭さがましたように嫌悪感を示すと怯えている貴治の方を見る。
「ふーん。あなたは被害者ってわけね……」
一見するとどうでもよさそうだと感じられるが、しっかり貴治のことを見つめている。ちゃんと考えているのだ。
「わかったわ。私もちゃんと探して見るし、星使い会議で諮ってみることにする」
星使い会議が何なのかはわからないが、まだ希望は潰えていないということに二人とも安堵した。
「ところで──」
安堵していたために、貴治は自信が彼女から見られているということに気がつくまで時間がかかった。
「あなた、どうするの?」
「どうするとは?」
貴治は意味が理解できなかった。
「あなたのこれからよ。家に帰るの? 親御さんは説得できるの? 第一学校はどうするの?」
貴治は時計を確認するが、現在時刻は十月十四日の深夜四時。普通に出歩いたら補導対象となるのは免れない。だが、問題はそこではない。
両親に会って、女になったと説得するのか? そもそも、信じてもらえるのか? では、学校は? 塾は? どうなってしまうのか?
貴治はすっかり黙りこくってしまった。
「あーその……。うち、来るか?」
大祐が貴治から目をそらしつつ誘ったのは、貴治が黙ってしばらく経ってからだった。
「う、うん……」
貴治は、何度も大祐の家に行ったことがあり勝手もわかる。ただ、こんな体になってしまっている以上、少し戸惑いが発生するのは仕方ないことだ。
同じように大祐もまた、戸惑いがある。先程から目をよくそらしているのは、面と向かっていたら美少女さ故に貴治が男だという事実を忘れてしまいそうになるからだ
「学校行かないなら学校の時間にこの子、借りていい? どうせ暇でしょ?」
学校のことも心配ではあったが、星使い会議とやらで答えが見つかるかもしれない。貴治も、同様に考えていた。
「まあ、貴治はその方がいいかもだけど……」
少女は大祐に対して話しかけていたため大祐は答える。しかし、気に食わなかったのは貴治だった。
「なんで当事者抜きで話進めてんのさ」
ご立腹な貴治は二人を半開きの、物言いたげな眼で見つめる。
「だって、おたくらいい感じじゃん。付き合ってるの?」
少女が見た限りでは、貴治のために大祐は行動しているように見えたのだ。
「はぁ? な、何言って」
全く互いを意識したことがなかった二人は、予想外の言葉に慌てふためいた。大祐が反論しようとするがうまくまとまらず、その間に少女が話を続ける。
「だってあなた、必死に自分が罪を背負おうとしたり率先して土下座したりさ。そういう関係としか考えられないよ」
「そ、それは──」
元々は自分が悪いから。すべての責任は自分にあるから。せめてもの贖罪のために、行動していた。
言いたかったが、それよりも少女の言葉の方が早かった。
「大丈夫大丈夫。私は他人の恋愛観に口を出すつもりなんてないし、周りに吹聴もしないから」
たった一時、貴治を男に戻すためだけに関係を持つだけの少女だ。別にどう思われたところでどうにかなるわけでもない。とはいえ、大祐は噂を流さないにしてもそういう風に思われるのは気に食わなかった。
「違う、そんな関係じゃないしなることもない!」
大祐は少し意識してしまい顔を赤らめながら強く否定した。
貴治はすぐに男に戻る方法が見つかるのだ。そうすれば二度とそんなこと言われないし、意識することもない。
大祐は少女になった貴治を見てしまった時にその少し愛らしさを感じてしまったが、落ち着いて見ればうっすらと貴治の顔が思い出されてそんなこと考えられないことに気がついたのだだから。
「はいはい」
大祐は本気で否定するも、少女は軽く受け流す。
「よろしくね、貴治……くん? さんと呼んだ方が良い? なんて呼んだらいいかしら?」
少女は話し相手を貴治へと移し、呼び方について相談していた。
「よ、よろしくお願いします。呼び方は何でも」
「何でも……? まあいいや、たっちゃんにしましょう。それが一番しっくり来るので」
自分のために男に戻る方法を探してくれる存在なのだから、無理に自分の呼び名を強制したくなかった。しかし、少女が決めたのは今まで一度も呼ばれてことがない呼び名である。とはいえ、特に否定する理由もない。
「お願いします。ところで、お名前を伺っても?」
貴治たちは少女としばらく会話していたが、一度たりとも少女の名前を聞いたことがなかった。少女も、言った気になっているような顔をしていた。
「あれ? 言ってなかったっけ? 私の名前は倉敷静」
静は自己紹介をしたのだが、貴治たちはその名前に聞き覚えがあった。
「ん? ああ! 不登校の!」
本人の目の前でその言い方はどうかと思うが、大祐は同級生であることを思い出した。
「へー。あなた達同級生なのね」
どうでもいい雑学を知ったような顔をする静。彼女にとっては、その程度の情報なのだ。
「じゃ。今日はもう遅いから寝るわ。十二時くらいまで寝てると思うからたっちゃんが来るのはその後でいいわ」
「じゃ、おやすみなさい」
貴治が礼をして、続くように大祐も礼をするとそのまま館の外へと出た。深夜四時であり、かつ周囲には何もないことも相まって本当に何も見えない。そんな中、館から漏れる光が全て消える。静が就寝したのだろう。
だが、ここは山なのだ。猪の一匹や二匹いてもおかしくはない。昼であれば遠くから視認でき隠れることもできる。しかし、明かりがないため視認できたときには至近距離まで来ているはずなのだ。恐怖は桁違いに大きい。
「ここから帰るのか……」
今から帰ることに不安を覚える大祐。貴治の方へと振り返るが、貴治は頭上を嬉々としながら眺めていた。
「きれい……」
明かりがない分、星々の小さな光でも見える。夜の地上で見る夜空とは、また別の世界にいるように感じられた。
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