最終章
第66話 花火
ドンッドンッドンッ
打ち上げられた花火が、色とりどりの大輪の花を咲かせ夜空を彩った。
そして、その花火は、大きな歓声を鎮めるかのように闇に溶け消えた。
テラは、夜空を染めては消えていく花火を見ながら、幼い頃のことを逡巡していた。
あの時の花火は、今でも鮮明に憶えている。
確か、前皇帝陛下の即位を祝したもので、その時の花火もやはり美しかった。
当時、まだ幼かった私は、初めて見た花火に胸を躍らせ夜遅くになってもなかなか寝付けなかった。
その翌朝、いつもよりも遅く目覚めた私には、前世の記憶があった。
そして、その前世の記憶と現実が綯い交ぜになり混乱した私は、家族はもとより侍女までもを困惑させてしまったのだった。
あの日、何故前世の記憶が蘇ったのだろうか。
前日に見た花火が契機となったのだろうか。
前世でみた打ち上げ花火と重なったのだろうか。
わからない。
でも、前世の記憶があったからこそ、エスプリ様が話された私の魂についても驚きはしたが、受け入れることが出来た。
また、前世の記憶は、疫病への対応にも生かすことが出来た。
そして、今、私の隣には愛するデレク陛下がいる。
前世も異世界も全てが、今のわたしと繋がっている……そんな気がする。
「テラ、疲れたのではないか」
その声に我に返ると、心配顔をしたデレクと目が合った。
「いいえ、陛下。花火があまりにも美しくてただ見入っていただけですわ」と、微笑んだテラの頬は少し赤かった。
今日は、デレクが皇帝となった記念すべき日。
戴冠式の様子をテラは、控えの間から見ていた。
「テラ様~、本当にお美しいです」と、長い間専属侍女として仕えたリンが鼻をすすった。
純白の白いドレスを身に纏い髪を結い上げたテラ。
金色の髪の上には色とりどり大小の宝石があしらわれたシルバーのティアラが、テラの美しさを引き立てるとともに威厳を醸し出していた。そのティアラは、デレクの亡き母である先の皇后陛下が着用していたものだった。
戴冠式に続き行われたデレクとテラの婚姻の儀。 新しい皇帝の誕生と婚姻は、貴族のみならず多くの民からの祝福を受けた。祝賀行事は日が暮れても続き、広場が暗闇に覆われても数多の民衆が集い歓声を上げた。
「新皇帝陛下、ばんざい。ご婚姻、おめでとうございます」
「テラ様、ご婚姻おめでとうございます」
「新皇帝陛下、皇后陛下。おめでとうございます」
集まった群衆の中には、テラが見知った顔も多くいた。愛馬のシャーリンと駆けてよく訪れていた領地民であるウルジルの民や疫病に対応すべく訪れた遠征地の人々。遠い北の地のアイの村や海沿いの村の者もいた。
「テラ、お嬢様~おめでとうございます」と、ひと際高い声の主は、シンリで友人となったダリアだった。ダリアは、腕を上げ大きく手をぶんぶんと振っていた。
デレクとテラは、広場の民衆に手を振り応えていたが、花火が終了したのを見計らってテラスから離れた。
広場に面したデレクとテラが立っていたテラスのある館内では、貴族たちが宮廷楽団の奏でに合わせダンスをしていた。
その中には、セシリア皇女とテラの兄であるシリウスの姿もあった。テラたちよりも先に婚姻していた二人は、周囲を気にすることなく度々見つめ合っていた。
「さあ、私達も」デレクがテラの耳元で囁くと、テラのドレスの裾がまるで白いユリの花が咲くように広がった。
テラの額の紫いろの光とデレクの紫の髪色が、テラの金色の髪とデレクの額の金色の光が、くるくると万華鏡のように円を描く。
魔法の国の新しい皇帝と皇后のダンスは、軽やかで美しく、見るものを楽しく幸せな気持ちにさせた。
(幸せはな気持ちは、拡がるものなのね)と、テラは、周囲の笑顔と目の輝きを見て心の中で思った。
「テラ、君を幸せにすると誓おう」
「陛下、私は今この時、すでに幸せですわ」
「ああ、そうだね。私もだ」
演奏の終了と同時にステップを止めた二人は、そっと口づけを交わした。
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