第64話 解放された光

 都へ戻ったシリウスと入れ替わるように、アイの村にリンとドロニスが到着した。リンは、テラの幼いころからの専属侍女。ドロニスは、魔法団の団員でデレク皇太子からテラの護衛の命を受けたのだった。

 アイの村への魔法団遠征時にテラに同行したリンは、ドロニスと出会いお互いに惹かれあっていた。テラは、惹かれあう二人をその表情や仕草から気づき、二人の幸せを願い見守っていたが、その関係性が発展することなく遠征は終わりを迎えてしまっていた。

 (もしかして、デレク殿下もリンとドロニスのことに気付いておられたのかしら。粋な計らいだわ)

 

 テラとリンは、以前使用していた空き家を滞在場所とし、ドロニスも近くに滞在した。隣家は、以前と同じくナーナたち家族が住んでいた。

 ある日、ナーナの母親からお茶に誘われた。家の中に入るのは、遠征の時以来、二度目のことだった。以前のがらんとした殺風景な冷たい室内は、暖炉の火がオレンジ色に辺りを染めて暖かい。質素ながらも温もりのある調度品があり、その上には母親の手織りと思われる美しい織物が掛けられ、可愛らしい木彫りの人形などが飾られていた。

 「お嬢様。このパイは、ナーナとユーユがお嬢様のために焼いたのですよ。是非、お召上がりになってください。少々、焦げたところは、愛嬌だと思って」

 「ごめんなさい。お嬢様、少し焦がしちゃいました」と、ナーナが恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

 「ナーナ、ユーユ、ありがとう。嬉しいわ。頂くわね」と、パイを口に運ぶと、サクッとした生地の中からベリーの甘酸っぱい香りが拡がった。

 「美味しい」と、テラは、目を輝かせた。

 その様子を嬉しそうにナーナとユーユ、その両親が見遣った。

 「お嬢様、こちらは、ナーナが初めて織ったのですが、」

 差し出された織物は、紫色に金糸が混じる花びらが光を放っているように見える。

 「わあ、とても美しいですね。素晴らしいわ」

 「ええ、親バカかもしれませんが、初めて織ったのに素晴らしい出来だと私も感心したのです。それで、よろしければ、お嬢様にお持ちいただきたいのですが」

 「えっ、嬉しいのですが…でも、ナーナの記念すべき初めての織物を私が頂いてもよろしいんですか」

 「私は、お嬢様にお渡ししたくて、お嬢様のことを思いながら織りました。だから、……」と、再び恥ずかしそうに頬を赤らめながらナーナが言った。

 「では、頂いてもいいのかしら。ナーナ、ありがとう。大切にするわね」

 ナーナが嬉しそうに微笑んだ。

 

 翌日、ナーナの父親の勧めで砂金の採取場所を見学に訪れた。辺りは、雪に覆われているが川は凍らず風もほとんどなかった。高い崖に囲まれていて陽射しは強く差し込まないが、穏やかな天候だった。

 テラとリンは、ドロニスが川に入り砂金採集を村人に倣っている様を岸から見遣っていた。

 楽しそうなドロニスを見てリンは、微かに頬を染めていた。テラがその様子をほのぼのとした気持ちで見ていたその時だった。

 突如、地鳴りが響き地面が揺れた。

 そして、大きな岩が崖上からドンッと側面に当たり崩壊しながら落ちてきた。

 リンが咄嗟にテラを突き飛ばした。

 

 揺れが収まった時には、赤い血が白い雪を染めていた。その血液はリンの額から流れていた。

 「リン、リン。」

 「お、お嬢様。お怪我は、」と、リンは痛みに顔をゆがめながらもテラを気遣った。

 「私は、大丈夫。でも、リン。あなたは、私を庇ってこんな傷を、」

 (どうしたらいいの。私にはもうエスプリ様の欠片は無い。でも、でも助けたい。お願い)

 突如、紫いろの光がリンを包み込んでいった。

 砂金採集を共に行っていた村人を救助していたドロニスが、その光に気付いた。

 怪我を負わなかった他の村人もその光に見惚れた。

 「美しい光だ」

 「何と優しい光なんだ」

 紫色の光のカーテンが、まるでオーロラのようになびいている。

 「やはり、テラ様は、聖女様なんじゃあないか」

 「ああ、聖女様、」

 目撃していた者たちが口々に声にした。

  

 テラの額の家紋からは、癒しの力である紫色の光が放たれていた。粉砕した岩が直撃して負ったリンの大きな挫滅創は、血を洗い流すと跡形もなく消えていた。幼いテラを庇った際にできた額にあった小さな古い傷跡も見えない。

 

 テラは、自分の額に光があることを信じられないでいた。光が無くても幸せだと思いながらも、子供の頃からずっと願っていた光。

 鏡の前で、金色の前髪を持ち上げヒイラギの葉の形の家紋を見つめ呟いた。

 「ああ、本当に光が放たれているわ。でも、この光は、ひと時で消えてしまわないかしら」

 不意にどこからともなく声がした。

 「テラ。額の光は、本来あなたが持って生まれたもの。シェリー夫人から受け継いだものよ」

 「エスプリ様、の、お声ですよね」

 声はするけれど、姿がない。

 「ええ、聖なる泉から話しかけているの。声だけで許してね。額の光のことなのだけど。今までは、私の欠片、精霊の力が強くって、あなたの持つ力が抑え込まれていたの。でも、欠片が消え、そして、助けたいと強く願ったことで本来の力が開放されたわ。だから、邪鬼に囚われることが無ければ、その光は無くならないわ」


 光を取り戻したテラは、アイの村に滞在中、村人たちの怪我や病を癒していった。

癒しながらテラは、それまで光りを持たないことで感じていた自身の心の傷も癒していったのだった。

 

 アイの村を離れる頃、リンとドロニスは、お互いに愛の言葉を伝えあっていた。契機になったのは、リンが大きな怪我を負ったこと。傷は、テラの力で直ぐに治り傷跡もないのだが、愛の言葉を伝えないまま命を失ってしまっていたかもしれないと思うと、その恐ろしさが愛に向き合う勇気に繋がったのだった。

 

 


 

 

 

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