第63話 再びのアイの村
移動魔法の光の柱が降り積もった雪に反射して眩しい。
村人たちは、目を細めながらテラとシリウスが降り立つのを見守った。
国の最北であるアイの村。かっては、貧困のために村から人が去り、廃村の危機に瀕していた。そこに追い打ちをかけるように疫病が蔓延し、救援のためテラがデレク皇太子率いる魔法団と共に訪れた場所。
テラの機転とデレクの功績によって、速やかに疫病は終息し、この地独自の織物によって貧困から脱出した。その織物は、都で人気となり今では入手困難なほどになっていた。
「移動魔法の際に発するこの光にも慣れたつもりでいましたが、やはり、眩いですね。やはりシリウス様の魔法力の強さ故でしょうか」
声を掛けたのは、ユーユとナーナの父親だった。杖を突き一歩一歩確認するように左足をひこずりながら近づいてきた。
困窮から抜け出すために、家族を残したまま単身都に働きに行き、不運によってすべてを失った父親。デレクの采配で帰村し家族と再会を果たした彼は、今では村の中心的人物となっていた。
「お嬢様、お久しぶりでございます」と、ユーユとナーナの母親が落ち着いた声で挨拶するとにっこりと微笑んだ。その後ろからナーナとユーユも笑顔を向けた。
「ナーナ、ユーユ、元気でしたか」
「はい、お嬢様」と、少し大人びたナーナが答えた。ユーユは、相変わらず照屋さんのようで母親の後ろにいたままだ。以前と違うのは、姉の後ろではないということだろうか。
(幸せそうだわ)と、テラは、嬉しくなった。
「この前は、すまなかった。おかげでセシリア皇女様も回復され、無事に城へ戻ることが出来た。皇女様からも感謝の意をお伝えするようにと言付かった」
「いえいえ、恐縮なことです。皇女様がお元気になられたのもシリウス様のご尽力があってのこと。何よりもお助けいただいたのは、私たちの方です。あの時、お止め頂けなければ、この村はどうなっていたことか」
シリウスが地下牢から救出したセシリアと共に訪れた直後、テラが捕まったとの情報がアイの村に流れた。最北の地であるアイの村も転送魔法が定着し始め情報誌が届くようになっていた。流石に水晶映像を村民が持つことまでは出来ていなかったが、それでも随時届く情報誌は、都の状態を知るに十分だった。
「テラお嬢様を、捕まえるなんて」
「あれだけ、心優しく才知あるお嬢様を」
「聖女ともいわれれる方を」
「皇帝の謀略だ。テラ様をお救いしよう」
「立ち上がろう」
「老いぼれだって、最後の務めだ。ともに闘うぞ」
村人たちは、集会所で声を上げた。
そして、ナーナとユーユの父親に転送魔法で自分たちを都に送ることを迫った。
そのことを知ったシリウスは、セシリアの世話をナーナとユーユの母親に任せ集会所に駆け付けた。本当は、シリウス自身が直ぐに家族を救出すべく都に戻りたかったが、その気持ちを抑え込み村人たちの説得に当たった。
説得は、容易ではなかった。
だが、止めなければキリア家抹殺の皇帝の言い分が増えてしまう。それに何より、アイの村そのものが殲滅されてしまうだろう。そのようなことだけは、避けなければならない。
三日三晩、説得は続いた。
そして、四日目の朝を迎えたとき、キリア伯爵家が開放されたという情報が届いた。村民たちは「良かった」と、安堵の言葉を発し疲労感を滲ませながら各家へと帰っていったのだった。
「お兄様、そのようなことがあっただなんて」テラは、納得した。あの窮地に兄が駆けつけなかったことは、セシリア皇女様のお傍を離れることが出来なかったからだと推測したものの、少し不思議に感じていたのだった。
「ああ、あまり話して良いことではないからな」
「シリウス様、おめでとうございます」ユーユとナーナの母親が目を輝かせながら言った。
「へっ、」とシリウスが素っ頓狂な声をだした。
「セシリア皇女様とのご婚約の記事を読ませていただいたのですが、違いましたか」
シリウスは見る間に耳まで赤く染まった。
テラは、デレクとの婚約を迷いまだ返事をしていなかったが、シリウスとセシリア皇女は近々婚約パーティを開く予定だった。
「ええ、そうだと思いましたよ。だって、お二方様のやり取りを見ていたら分かりますよ」
「も、もうやめてくれ」と、シリウスは懇願した。
「あっ、申し訳ございません。つい嬉しくて余計なことを。お許しくださいませ」
シリウスは、セシリアとの婚約式準備のため、村民たちに礼を告げると都へと帰っていったが、テラは、もう少しの間アイの村に滞在することにしたのだった。
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