第62話 再びのシンリ

 「聖女様、」

 「ああ、聖女様がお越しになられた」

 「聖女様がおみえだ」


 シリウスと共に移動魔法でシンリに降り立ったテラを目にした人々が、わらわらと集まってきた。

 「お兄様、どうしましょう。やはりここは、目立ちましたわね」

 二人が降り立った場所は、シンリの中央に位置する広場だった。広場にある泉には潤沢に水が湧き、高く上がった噴水は、陽の光を受けキラキラと輝いていた。

 (美しいわ。でも、どうしたものかしら人垣ができてしまったわ)

 「ちょっと、こんなに囲んでしまって。テラお嬢様が困ってらっしゃるじゃない」と、勢いよく大きな声を発しながら一人の女性が速足で近づいてきた。懐かしい元気な声だった。

 「ダリア、」

 「テラ、お嬢様」

 ダリアは、テラにきつく抱き着くと、感極まったのか大声で泣きだした。

 「テラお嬢様、とても心配していたんです。会いたかったです」

 「ダリア、ありがとう。私も会いたかったわ」


 疫病の遠征で此の地を訪れ、役割を果たした後も暫く残留していたテラ。友人になったダリアの店へ幾度も通い、カモミールティーと焼き菓子を味わいながらダリアとの会話を楽しんだ。

 そんなある日、ダリアの店からの帰りに路地裏で危うく暴漢に襲われそうになった。そのことが原因で急遽帰還命令が下された。

 そして、ダリアへ別れを告げることもできずに、この地を去ったのだった。


 ダリアが泣き止んだ頃には、民衆に囲まれたテラも落ち着きを取り戻していた。

 周囲を見渡すと、シリウスは、いつの間にか民衆の輪の外側からテラを見守っていた。テラを囲む人々もそっと、二人の様子を見守っていた。

 「あ、あのう、私は、キリア伯爵家のテラと申します。皆様は、私のことを聖女とお呼びくださっていますが…違います。以前は、確かに少しばかり癒しの力があったかもしれません。ですが、今では、特別な力は何も持っていません。もちろん、奇跡を起こすこともできません……だましてしまったようで…ごめんなさい」

 テラの言葉に、人々は沈黙し顔を見合わせた。

 その沈黙を破るように、男の子が足音を響かせた。

 「おねえちゃん」と、にこにこ顔で話しかけた男の子の後ろから白髪の老婆が息を切らしてやってきた。

 「お嬢様、孫の無礼をお許しくださいませ」と、見覚えのある笑顔を見せた。

 「あの、もしかして。あの時の方でいらっしゃいますか」

 「はい、お嬢様に救って頂いた者です。ありがたいことで、あれから孫と二人で平穏な日常を過ごさせていただいております。孫も背が伸びましたでしょう。相変わらず落ち着きは、ありませんが。ふふふ、」

 二人とも、顔色も良く以前より頬もふっくらとしていた。男の子も元気に成長していることが窺える。

 「確かに、あの時お嬢様は、癒しの力で私の命を助けてくださりました。泉も浄化してくださって、今ではこの様に美しい場所に復活しました。でも、それだけではないのです。お嬢様は、いつも私たちに心を寄せ、何が必要なのかを考え動いてくださりました。お嬢様がなさったことは、特別な力だけでは成し得ないことです。だから、今、お嬢様にその特別な力が無くなっていたとしても、私たちにとってお嬢様は、大切な方なのです。聖女様という呼び名が、お嬢様に負担を与えてしまうのであれば、私たちは、その言葉をつかわない方が良いのでは、ありませんか」と、老婆が民衆を見回した。

 「おお、流石は年の功だ」

 「そうだな。私たちは、お嬢様ご自身をお慕いしている。奇跡を起こせなくても関係ないさ」

 「ああ、困らせたくはない。ただ、感謝の気持ちをお伝えしたかったんだ」

 「ええ、本当にありがとうございました。テラお嬢様」

 

 テラの心に民衆の温かな思いが染みていった。

 ダリアのカモミールティーを一口飲むと、テラの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

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