第61話 迷い
皇帝との謁見からの帰りの馬車の中は、とても静かだった。時折、石をはじいた振動がいつもよりもはっきりと伝わった。
テラは、そっと隣のシリウスの顔を見た。
(お兄様、お顔がまだ赤いわ。もしかして、私もかしら)
テラは、自身の顔を両手で触れてみると、まだ火照っているような気がした。
前に座る両親は、窓の外に目を遣っていた。
皇帝からもたらされた婚姻話は、衝撃的で頭の中が混乱していた。
もともと魔法力である光を持たなかった私には、結婚なんて想像できなかった。ましてやデレク皇太子殿下となんて、いくら愛していても想像することさえいけない気がしていた。
セシリア皇女様とシリウス兄様の婚姻は、とても嬉しい。お似合いだと思うし、内心期待もあった。
でも、私がデレク殿下の后だなんて、不釣り合いで、殿下の足を引っ張ってしまうのではないかと不安になる。
馬車の揺れと共に不安の渦が大きくなっていく。
「テラは、殿下との婚約をどうしたいのだろうか」と、中庭のテラを見つめたキリア伯爵が隣に立つシェリーに言った。
皇帝の謁見から五日が経つが、時が経つとともにテラから笑顔は、消えていった。今もテラに笑顔は無く、風に揺れる花や木々の葉をただぼんやりと見ているだけだった。
「ええ、迷っているようですわね」
「皇帝から告げられた時は、喜ぶものだと思っていたのだが、」
「もう少し見守りませんか。テラ自身が答えを出すまで」
「ああ、あまり長く返事をお待たせするのも良くないだろうが、もう少し見守るとするか」
中庭のテラの元へシリウスがやってきた。
「テラ、久しぶりにシンリへ行ってみないか。そのあと、アイの村へも訪れたいのだが」
デレク殿下の瞳の色と同じ紫の蝶が、ひらひらと舞うように木々の中に消えていった。
シンリは、デレクと共に初めて遠征に赴いた場所である。
そして、アイの村は、テラがデレク殿下に付いていきたいと感じた場所でもあった。
(このまま邸で迷っていても仕方がないわ)
「お兄様、ありがとうございます。訪れたいと思います」
「ああ、私も行きたかったんだ。特にアイの村の人たちには、いろいろと世話になったから礼もしたいしな」と、シリウスが微笑んだ。
翌朝、テラとシリウスは、移動魔法を使い旅立った。
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