第60話 謁見の間

 シリウスは、父親から手渡された書面を読むと険しい表情になった。

 その書面は、皇帝からのキリア家に対する呼び出し状であった。

 「父上、皇帝からの呼び出しに無防備に赴いても良いのでしょうか」

 二人のいる執務室の窓には眩しいほどの夕日が射していた。その夕日を背にキリア伯爵が重厚な黒い机をトントンと人差し指で幾度か叩いた。その仕草は、考え事をするときのキリア伯爵の癖だった。

 「ああ、私達だけでなくシェリーとテラにも呼び出しがかかっているからな。無防備にとは、いかないだろう」

 「では、いかがいたしましょう。もう、母上とテラを危険な目に合わせることは出来ません」

 「そうだな。皇帝の邪鬼は払われたが、全く安全であるとは言い切れない。かといって、無礼な真似もできない。どうしたものか……ああ、サングリア侯爵に声を掛けてみよう。そうすれば、侯爵が信頼できる部下をそれとなく配置してくれるだろうからな」

 サングリアは、テラがシェリーを救った奇跡を目の当たりにした以降、テラを崇拝し、テラから精霊王の娘であるエスプリの欠片が消えた今もその思いは変わらなかった。

 だから、地下牢から裁定の間へ移る時にも、テラたちの両手を縛っていた縄を締め直す様に見せかけて実際には、いつでも解けるように緩めてくれていたのだった。

 裁定の間で皇帝の指示で押さえつけられたキリア伯爵の息ができないように見えたのも、そのように見えるように予め魔法をかけ、部下にも指示していたことだった。キリア伯爵家を助けるために。


 「キリア伯爵家の者たち、よく来てくれた」と、謁見の間の皇帝が声を発した。

 「皇帝陛下にご挨拶い…」

 「挨拶はよい。それよりも」と、皇帝がキリア伯爵の声を遮った。

 謁見の間を沈黙が包んだ。

 暫しの時が流れその沈黙を皇帝の声が破った。

 「すまなかった」

 「……」

 「わしは、自分の力が無くなっていくことに怯え、民から聖女と噂されるテラを妬ましく思った。そして、邪鬼に憑りつかれていたとはいえ、キリア伯爵一家を抹殺しようと企てた。それなのに、シリウスは、セシリアを。テラは、デレクの命を救ってくれた。もう少しで自ら愛おしい我が子たちの命を奪うところであった。本当にすまなかった」

 「…いいえ、皇帝陛下。私どもにも落ち度は、ありました。セシリア皇女様をお助けするためとはいえ、シリウスが地下牢を破ったことも事実。そして、デレク皇太子殿下は、テラを庇い命をお失いになるところでした。ですから…大変申し訳ございませんでした」と、深くキリア伯爵が頭を下げるとシリウス達も伯爵に倣った

 「流石だのう、キリア伯爵」と、言うと皇帝は、頷くそぶりを見せ再び話し出した。

 「わしは、近いうちに帝位をデレクへ譲ろうと思っておるのだが、その時までに婚約者をたてねばならぬ。それでだ、テラを后にどうかと思うのだが」

 「テ、テラをですか。テラは、まだ淑女としては未熟でございますゆえ」

 「直ぐにこの場で返事をせずとも良い。じっくりと話し合ってみてくれないか。それとも、テラはデレクのことが嫌いか」皇帝がテラの顔を見た。

 「いっ、いいえ」見る間にテラの頬が赤くなり耳までも染まった。

 「うん、うん。ところで、もう一つ提案があるのだがな。シリウスよ、セシリアを妻にどうだ」皇帝がシリウスに笑顔を向けた。

 「は、はあ……」シリウスは驚きのあまり素っ頓狂な声を出した。

 

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