第58話 キリア家の人々

 「ご主人様、奥様、お嬢様、お帰りなさいませ」執事のリールの声は、変わりなく落ち着いていた。

 だが、その表情は、感慨深げで目元が少し潤んでいた。

 リールの後ろにはキリア邸で従事する者すべてが揃っており、キリア伯爵は皆を見渡すようにして言った。

 「皆、心配をかけたが、問題は解決した。安心してこれまで同様、これからも勤めに励んでくれ」

 その言葉を聞き、鼻をすする音が聞こえてきた。


 「本当にご無事で……」テラの専属侍女であるリンが涙声で言うと、テラは、リンを抱きしめた。

 「リン、心配をかけたわね。でも、あなたたちもサガで大変な思いをしたでしょう」

 「いいえ、お嬢様。私たちは、それほど深刻ではございませんでした」と、笑顔でリンが応えた。

 リンの話では、最悪だと聞き及んでいたサガの牢獄は、キリア家の従者たちにはそれほど苦痛ではかった。いや、苦痛が無かったとは言えないのだが。

 その理由は、キリア家に従事する者たちが揃っていたからこそだった。


 高い塀で囲まれたサガの牢獄。

 無機質な石造りの建物は、管理するものもおらず時折外部から充分だとは言えない食材が届けられるだけだった。

 だから、自身で生活の術を持たない者たちの多くは、寒く不潔で食料の乏しい環境下に曝され心身ともに急激に衰弱し命を奪われた。

 そのために、これまでサガは、最も劣悪な牢獄と言われていた。


 だが、キリア家の従者たちは、違った。

 管理する者のいない牢獄では、塀の中では自由だった。

 執事のリールが采配すると、掃除に励む者や塀の中の敷地で食材探しをする者、少ない食材で工夫しながら調理をしたり、保温のために薪を探す者や皆の体調管理に励む者など各々得意とする役割をこなしていった。

 したがって、劣悪な環境と言われたサガの牢獄は、瞬く間に清潔な暖かい健康的な環境へと変わっていった。

 ただ、そのように行動できた根底には、主であるキリア伯爵家への信頼があったからこそのことであった。


 「伯爵様たちは、罪を犯していない。必ずお戻りになられる。だから、その時に直ぐにお仕えできるような状態でいようではないか。いま、私たちができることは、私たち自身がへこたれないことだ」

 サガへ移送された直後にリールが発したその言葉が、主であるキリア伯爵家族を出迎える者たちの心の中に蘇っていた。

 

 

 騒動からひと月後、アイの村で静養していたセシリア皇女が回復した。セシリアと共にシリウスが帰還するその日、キリア邸では、早朝からその準備に余念がない。

 「シリウス様が、やっとお戻りになられる」リールのその言葉が、まるで復唱するかのようにキリア邸の使用人たちに広がっていった。

 危機を乗り越えやっと家族が揃う。

 キリア邸の人々は、誰もが目を輝かせていた。

 まるで神の祝福のようにキリア邸には、暖かな春の陽が降り注いでいた。

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