第57話 母の愛

 裁定の間で意識を失ったテラは、念のためにベッドで休まされていた。

宮廷の来賓用の居室は、言わずもがな調度品全てが豪華で、蠟燭立て一つでさえも細かい金細工が施されていた。

 (美しいのだけど、落ち着かないわ)

 「あ、あのう。もう大丈夫ですので」と、言いながら起き上がろうとしたテラをシェリーが止めた。

 「いいえ、だめよ。もうしばらくベッドで寝ていなさい」

 「そうよ、テラ。まだ休んでいた方が良いわ」

 テラを見守る二人が、目を見合わせた。

 エスプリとシェリー、魂の母と現世の母である。

 テラが仕方なく再びベッドへ横になるとエスプリがゆっくりと語りだした。

 「テラ、あなたの魂に結びついていた私の欠片のことなのだけど…もう、そこにはないの」

 「えっ、どういうことですか」

 「あっ、シェリー夫人も、私の欠片については、テラから聞いて知っておられますよね」

 「はい、存じております」シェリーが頷いた。

 「じゃあ、話を続けますね。テラが、そ、そのう……デレクを救うために口づけをしたわよね」 

 テラの頬が瞬く間に赤く染まった。

 エスプリは、テラの顔を見ると何も無かったかのようにゴホンっと、咳払いをしてから話を続けた。

 「恥ずかしがらなくてもいいのよ。私が初代皇帝の夫を救った時と同じなのだから。精霊の欠片を瀕死の人間に与えることで、その人の命は救われる。ただし、今回は、テラに結びついていた私の欠片は僅かなものだったから、そのすべてをデレクに与えてしまったのよ。その影響でテラは、一時的に意識を失くした。だから、もう、テラの中に私の欠片は無いわ」と、言ったエスプリの顔は、寂しそうに見えた。

 「ごめんなさい」

 「謝ることでないわ。もともと私の寂しいというエゴから娘の魂に欠片を結びつけたのだから。どちらにしても欠片を外す時だったの……」

 「では、デレク殿下の中にエスプリ様の欠片があるのですか」

 「いいえ、テラは、意識をなくしていたから知らないのだけど、デレクはあの後、皇帝に憑りついた邪鬼を消すため自身が作り出した魔法の矢に、私の欠片を閉じ込め放ったの」

 「それでは、欠片は穢れてしまったのではありませんか」テラの声が、動揺していた。精霊の欠片が穢れてしまうと取り返しがつかない。

 「いいえ、大丈夫だったのよ。デレクの魔法の矢は穢れのない光に包まれていたから。欠片は穢れることなくその役目を終え、無事に私の元へ戻ってきたわ」

 その言葉にテラは、安堵の息を吐いた。


 だが、エスプリは、やはり寂しそうに見えた。


 「あのう、エスプリ様。私はテラの現世での母親です。ですが、エスプリ様もまたテラの母親であることにお変わりはないのでしょう」

 その言葉にエスプリは、驚きシェリーを見た。

 「だって、欠片が無くなっても魂の母であることにお変わりありませんわ。エスプリ様も私もテラの幸せを願う母でしょう」と、シェリーが微笑んだ。

 「あ、ありがとう……」エスプリの声が涙で途切れた。

 テラは、ベッドの左右に立つ二人の母を交互に見ながら、母の愛というのは、美しいと思った。

 「ああ、私は大変な幸せ者ですね」

 窓辺の花が温かな陽射しを受けながら、優しい風に揺れていた。

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